無邪気なキャロルと驚愕する俺
選んでしまったのは、もうどうしようもない。
俺が奇跡の項目を開けっ放しで、妹にPCの使用を許可したのが悪いのだから。
「もしかして、取り返しのつかないこと……やっちゃった?」
頭を抱えて怯えた目で訊いてくる妹。
驚きはしたけど怒る気は毛頭ない。
「いや、元々やろうと思っていたからいいんだよ。調べものならこっち使っていいから」
妹を新しい方のPC前に座らせて、俺は命運の村が起動中のPC前に陣取る。
明後日の十時開始か。不幸中の幸いと言うべきか。その日は仕事が休みだから付きっきりでイベントに対応できる。
選ぶ気はなかったけど、やらなかったらやらなかったで絶対に後悔していた。結果論だけど、これでよかったんだと思う。
なら、気が早いけど今日は早めに寝て明後日に備えようか。
調べものが終わった妹が自室に戻ったので、夜更かしはしないで布団に入る。
仕事が終わってからも色々あって心配事も増えたけど、妹との距離が縮まったので悪い日じゃなかった。今日はぐっすり眠れそうな気がする。
朝目が覚めると八時。妹も父も既に仕事に出発した後か。
一階に降りると母がいたので一緒に朝食を食べることにした。
「あんた、昨日、沙雪と一緒に帰ってきたわよね。いつの間に仲が戻ったの?」
「戻ったかどうかは知らないけど、昨日話しただろ。ストーカーっぽいのがいるから、それで迎えに行っただけだよ」
「そうそう、それよ! 相手の顔見たの?」
「残念ながら」
身を乗り出して質問してくる母に伝えると、しかめ面で席に戻る。
以前のストーカー問題の時は母にも迷惑を掛けたから、今回の一件は黙っておくつもりだったが、仕事で迎えに行けない時のフォローを頼みたかったので話すしかなかった。
「妹のこと、守ってあげるのよ」
「ああ、わかってる」
言われるまでもない。この十年、兄らしいことなんて一度もしてこなかった。これで全てが許されるなんて思ってないが、少しぐらいは汚名返上しないと。
「でも、前みたいなことがあるから無茶はダメよ。あんたも沙雪も大切さに変わりはないんだからね」
「……わかった」
母からの言葉に声が詰まった。
たった一言なのに、俺の胸へ突き刺さる。
俺はこの家に不要で、見捨てられた存在だとずっと思っていた。
やる気のなさに理由を付けて、ずっと前に進もうとすらしなかった。自分を棚に上げて世間と親を恨んだ時もある。
性根から腐っていた俺は、見捨てられて当然の存在だと思い込んでいた。
でも、それは違ったんだ。家族の愛情も理解できないぐらい曇っていた俺の目を晴らしてくれたのは、誰でもない命運の村の人々。
現実から逃げて、ゲームに救われる。そんな人生もあるのか。
母に涙目を見られたくなかったので、顔を上げずに朝食を平らげると自室に戻る。
「村人への礼も兼ねて、明後日のイベントを成功させないと」
少しでも成功率を上げるために、奇跡で人員を増やすべきか。
それとも万が一のために残しておくべきか。
……この悩み《邪神の誘惑》でもやったな。村人の増員系の奇跡はどれもポイントが高い。
村人たちの感謝の気持ちでポイントが結構溜まっていたが、今回のボーナスイベントで消費されてしまった。
「ポイントが少なくてお得な奇跡ってないかな」
そんな都合のいいことを考えながらぼーっと眺めていると、ある項目に視線がとまる。
「こんなのあったっけ?」
《卵ガチャ》
なんだ、卵ガチャって。ガチャというのはわかる。最近のネットにつなげられるゲームで一般的なガチャシステム。
ようは電子ガチャ。お菓子屋とかゲーム専門店とかスーパーの軒先に置いてある、お金を入れてレバーを回したら、ランダムでカプセルに入ったおもちゃが出てくるあれと同じ仕組み。
ネトゲの方だとキャラやアイテムがランダムでもらえるというのが一般的。
卵ってことは卵がランダムでもらえるってことだよな。意味が良くわからないのでクリックしてみると詳しい説明が現れた。
《月に一度無料でガチャできます。ランダムで、鳥の卵、爬虫類の卵、両生類の卵、モンスターの卵、レアモンスターの卵を手に入れることが可能。孵化させて初めて見た相手の従順な僕となります。ペットにするもよし、大きく育てて食料とするもよし。デメリットはありません》
無料なのには惹かれるが、問題はその内容だ。
卵が一つもらえて何が孵化するかはわからないと。ただ、出てきた何かは村人に懐くから悪いことは何もないよな。
鳥が出てきたら卵を定期的に補充できるかもしれない。爬虫類や両生類なら焼いて食べるかペット。ペットはなあ。……俺はトカゲとか苦手だけど、好きな人もいるか。
モンスターなら育てたら戦力になる。レアモンスターだとそれこそ戦力としてかなり期待できるんじゃないか。
そういや、某有名なモンスターを操るゲームにも卵ガチャみたいなシステムあったよな。ファンタジーアニメでも見た気がする。俺が知らないだけで最近はメジャーなシステムなのか?
「悪くないよな。無料で月一しかできないから出費の心配もない。軽い気持ちでやっても大丈夫だろ」
孵化するのが遅かったとしても、卵料理に使えば良質な栄養を得ることができる。卵の使い道は村人に託そう。
と、理屈を並べたがガチャを回してみたいという欲求が強いだけだ。
さーて、何が出るかな。
ガチャを発動すると画面に高速で卵が次々と表示されて、下の方に《クリック》という文字がある。手動で止めるのか。
鶏の卵にしか見えないのもあれば、毒々しい殻の卵も。大きさも様々で画面からはみ出ているのもあれば、小指程度のものまである。
「これだけ早いと狙って止めるのは無理か。それに表示される順番もランダムだから適当に押すか」
そもそも、殻で中身を判断できないから悩むだけ損だ。
真剣に凝視しすぎて目がチカチカしてきたので、運試しだからと目を閉じてクリックした。
そっと目蓋を開くと画面には長細い卵が表示されている。
鶏っぽくはないな。大きさは見慣れた卵と同じぐらいで、見たことない形をしているけど、なんだこれ。
その卵の映像が消えると代わりに《卵をゲットしました。村の近くに置かれます》と文字が出る。
えっ、村人に直接渡されるわけじゃなくて、村の近くに放置なのか⁉
村を見下ろすマップ画面に赤い点が点滅している。あそこに卵が置かれたみたいだ。ただ、柵から離れて森に少し入った先なので、注意深く観察しないと見つけられないぞ。
「……神託使って教えるか」
せっかくガチャで手に入れた卵だから、腐らせるのはもったいない。
『白き殻をまとったか弱き生命が森に潜む。汝らの力になるかは運次第だが拾ってみるのも一興ではないだろうか』
……なんか違うな。もうちょっと、わかりやすい文面に変えて発動するか。あと、明日何かしらのイベントがあるのも触れておかないと。
神の威厳を醸し出しながら、嫌な感じを与えない文章って難しい。
何度か手直しして納得したので神託を発動すると、俺の意図を読み取ってくれた村人が森に入り卵を見つけてくれた。
意外にも発見したのはキャロルだ。
『わー、卵だよ! 卵料理食べられるね!』
『こら、食べちゃダメよ。神託では私たちの好きにしていい、って書かれていたけど、神様からの贈り物なのだから大切にしないとね』
『うん。ママ、わかった!』
びしっと勢いよく片手を上げてキャロルが答える。
そして、とことこと祭壇の前に移動すると卵をそっと置いた。
『神様、ありがとうございます。大切にしてって言われたから、神様が大事に預かっておいてください』
と言って祈りを捧げた。すると……卵が光に包まれて消えた。
「この光景って、貢物を捧げる時と同じだよな……。ってことはつまり、俺に卵を送ったってことか⁉」
何やってんのキャロル!
村人のために与えた卵を俺に送ってどうすんだよ。
母のライラも驚きのあまり唖然としてる。
「やってしまったのはしょうがないか。明日の神託で卵送ってもらって喜んでいる、みたいなことを書いてフォローしておこう」
ライラが運命の神の像に向かって必死に謝っているが、そんなに気にしないでいいのにな。キャロルは自分が何をやらかしたのか理解してないようで、キョトンとしている。
「明日、卵が送られてくるのか。俺もどうしよう……。鶏じゃないなら食べるのは危険だし、卵がきたら孵化させるか。で、なんの卵だあれ」
正体不明の卵が送られてくるのはなんか嫌だ。
両生類とか爬虫類苦手なんだよな。でも、捨てる訳にもいかないし。鳥だったらマシだけど。
悩んでいても仕方がないので、ネットの掲示板にさっき見た卵の絵を描いて載せると、なんの卵か質問してみた。
直ぐに意見が集まったのだが、どうやら爬虫類の卵に似ているらしい。それも、蛇やトカゲっぽい。
「蛇、トカゲ……かなり苦手なんだけど……」
それでも贈り物を無下にする気はなかったので、孵化のやり方や飼育方法をネットで調べておく。
爬虫類大丈夫な人に譲るのもありだが。
ゲームの世界から送られた体で運営会社からの贈り物だとはわかっているが、画面に映っている世界は実際に存在する別の世界ではないか? と未だに疑っている自分がいる。
もしそれが正解なら、あの卵がモンスターの卵という可能性も。
「いやいやいや、馬鹿げてるよな。たぶん、ペットとして飼ってもいいトカゲか蛇だろう。だとしたら、問題は家族か」
俺の部屋で飼うにしても親の承諾は必要だ。せっかく仲が戻りかけている妹が爬虫類苦手だとしたら、これを切っ掛けにまた疎遠になったりしないだろうな。
ただでさえ悩むことが多いのに……また増えたぞ。
キャロルを怒る気はないが、愚痴の一つぐらいこぼしても許されそうな現状だ。




