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頼る妹と古傷がうずく俺

 来た道を全力で戻っているとコンビニの光が進路方向に見えた。

 コンビニの前にたどり着いたが、息が苦しい。本気で走ったのなんて何年ぶり……あ、《邪神の誘惑》以来か。


「ぜえええはああああっ。きっついけど……妹はどこだ⁉」


 店の外から中を見ると大きなガラスの向こう側に妹の姿があった。店内に居るのは妹以外だと制服を着た店員のみ。

 件のストーカーらしき人影はない。

 妹が俺に気づいたようで、強張っていた表情が少しほぐれた。

 直ぐにでも近くに行って安心させてやろうと思ったが、妹が外を何度も指さしているのを見て足を止める。

 怪しまれないようにスマホで電話する振りをして、ゆっくりと振り向く。

 沙雪の指の方向はあっちか。あの曲がり角らへんだよな。スマホに耳を付けたまま、その辺りをじっと注視する。

 灯りの届いていない暗がりなのでよくわからないが、誰かいるようだ。

 近づいて確かめるべきか? 捕まえるまでやらなくても、相手の姿を確認しておけば今後の対策が練りやすくなる。


「今、コンビニの近くなんだけど、まだ迎えに来てくれないのか? 寒いんだって」


 明るい声を出して道路に向かっていく。

 迎えを待って道路まで確認に行くだけだからなー。と心の中で設定を口にしながら、コンビニから徐々に離れる。

 焦るなよ、相手に警戒されないように自然な感じで歩くんだ。

 もう少し進んだら隠れているヤツの姿が明らかになると思うが……。

 逸る気持ちを抑えて慎重に歩いていたというのに、角にいた誰かが背を向けて走り去る。

 あっ、くそっ、あいつ逃げやがった。どうする、今なら追いつけるよな。追いかけてハッキリさせたほうが。

 意を決して走り出そうとしたタイミングでスマホが鳴る。画面を確認すると妹からの着信だった。


『危ないから追いかけたりしないで!』


 今にも泣きそうな妹の声を聞いて考えを改め、コンビニまで引き返す。

 妹があんな必死な声で止めたのは、昔のストーカーを追い払った時の事を思い出したのだろう。




 ――妹がまだ中学生だった頃、ストーカー行為を許せなかった当時大学生だった俺は、後先考えずに隠れていた男を捕まえると強い口調で問い詰めてしまった。

 相手は妹の同級生で秘めた想いを告げられずに妹の周りを付きまとい、それどころか我が家のゴミまで漁っていた行為に我慢の限界を超えてしまっていた。

 正義感と言えば聞こえもいいが、相手が自分より十歳も年の離れた中学生だったことで甘く見てしまっていた。自分でもこいつになら勝てる、と。

 本気でキレていてストーカーに対して怒鳴り散らしていると、追い詰められた相手が隠し持っていた刃物を取り出した。

 その時、俺は中学生相手に……びびってしまったんだ。

 腰が引けた状態で、その場から逃げる事しか考えていなかった。守るべき妹が後ろにいるというのに自分が助かりたい。それだけを考えて置き去りにして逃げようと……してしまった。

 自分が何を言ったかも覚えてないが、たぶん哀れなぐらい情けない命乞いでもしたんだろう。

 そんな俺を見て妹が泣きそうな顔をしていたのを、今でもはっきりと覚えている。


 相手は逆上していて俺の声が届かなかったのか、血走った目でナイフを突き出してきた。

 鋭い切っ先は避けきれなかった俺の腹にずぶりと潜り込む。その時の激痛や異物が体内に入り込んだ感覚は今もはっきりと覚えている。

 そして……気が付いたら病院のベッドに寝かされていて点滴してたんだよな。

 出血は酷かったが幸運なことに内臓は傷つかなかったらしく、怪我の割には早く回復できた。

 あの時……気を失う直前、ボロボロと涙を流していた妹の顔が蘇る。

 このままストーカーの正体を明らかにさせたとして、また返り討ちに遭って大怪我をしたら誰が妹を守れるんだ。

 刃物に対抗する手段は持ち合わせていない。手持ちの武器もないのにどうするつもりだ。

 俺が刺されて死んでストーカーが逮捕されたら万事解決となるかもしれないが、俺には村人たちがいる。彼らを残して無責任な真似はできない。


「それに、また幻滅させるわけにはいかないよな」


 ストーカーに刺された脇腹の傷は、まだ残っている。

 作業着の上からそっと古傷に触れながら、コンビニ前で睨んでいる妹の下へ足早に駆け寄った。


「お兄ちゃん! 迎えに来てくれたのは嬉しいけど、無茶はしないでって言ったでしょ!」

「深夜だから声を抑えて抑えて。近所迷惑だぞ」


 わざとおどけた感じで手振りを交えながら妹を諭す。


「もうっ!」


 頬を膨らませてそっぽを向く。拗ねた時や言い負かされたときにやっていた、子供の頃から見慣れた仕草。

 大きくなったけど、そういうところは変わってないんだな。


「帰ろうか」

「うん。……えっと、お兄ちゃんありがとう」

「どういたしまして」


 妹が昔に戻ったんじゃない。俺が昔に戻ろうとしているから、妹も歩み寄ってきてくれているのだろう。

 今度こそはちゃんと最後まで妹を守らないと。あの時は俺を刺して動揺した相手が逃げたからよかったものの、あのまま逆上して妹に襲い掛かっていたら……。

 想像しただけでぞっとする。

 過去の後悔は一人の時にすればいい。今は少しでも妹を安心させてやらないと。

 家に帰り着くまで妹の仕事や今日やった清掃の話をする。

 山本さんや岬さんが教えてくれた清掃での失敗談を身振り手振りを交えて伝えると、口元に手を当てて笑っている。

 寒風が容赦なく吹き付ける冬の夜。ただの雑談をしているだけなのに、手にしていたお茶よりも俺を芯から温めてくれた。



 妹が先に風呂を譲ってくれたので手早く体を洗って湯船に浸かる。

 つい最近までは「俺の入った後の風呂は嫌」とか言ってたのにな。

 妹も早く入りたいだろうから長風呂はやめて、早々と風呂から上がる。


「上がったぞー」

「はーい」


 妹と入れ替わりに浴室から出ると、さっき購入した飲み物をもって二階に戻る。

 帰る途中に話し合ったのだが、今後のストーカー対策としては人気のない時間帯は俺が迎えに行く。それが無理な時は父か母が代わりに迎えに行くことになった。

 何かあってからでは遅いので、両親も快く承諾してくれたので少し安心だ。

 となると、次は命運の村か。あの襲撃後なので普通なら村の様子が気になるところだが、実はそんなに心配はしていない。

 《邪神の誘惑》が終わるとモンスターたちの凶暴性がしばらく失われるらしいので、もし遭遇したとしても襲ってくることが滅多にないので安心だ。


 チェックすると村人たちは部屋でぐっすりと眠っている。もうすぐ日を跨ぐからな、寝ていて当然だ。

 過去ログを読んでみるが、いつものチェムとキャロルがガムズを奪い合って、ロディス夫婦が仲睦まじい会話を見せつけてくれただけだ。

 かなり安定してきたから、そろそろ運命ポイントを消費して奇跡を発動させるべきか。

 妹のストーカー問題もあるので、せめてこっちぐらいは心配事を減らしておきたい。


「奇跡は何を発動させようかな。人員確保も色々あるんだけど、戦力は必要。行商人を招いて足りない生活用品も補充させたい」


 購入代金の心配があったが、放棄後の洞窟内に保管されていた鉱石類や倒したモンスターの素材が売れるらしいので安心だ。

 奇跡一覧を眺めていると文字の色が違う項目があった。


『期間限定ボーナスイベント 成功すると頼りになる仲間か強力なアイテム。もしくはその両方を手に入れられます』


 これは魅力的だ。ゲーマー的にこういうイベントは逃したくない。期間は……今日中に選ばないとダメなのか。

 タイミングを逃すと二度と手に入らないアイテムや仲間とかいるんだろうな。

 ポイントは足りている。でも、村人が窮地に陥るような内容だったら後悔してもしきれない。


「ただのゲームじゃないんだ。ここは堅実にやるか」


 ちょっと……かなり惜しいが、村人の命には代えられない。


「って、もうこんな時間かよ。そろそろ、トイレ行って寝ないと」


 ちょっとお腹の調子も悪いのでトイレで踏ん張っていると、廊下のきしむ音が近づいてきて妹の声がした。


「ねえ、PC借りていい? 検索したいのがあるんだけど、パケットが限界に近いの」

「ああ、いいぞ」


 パケットってのがよくわからないが、PCを貸すぐらい何の問題も……PC⁉


「ちょっと、待った! 古い方のPCはいじるなよ!」


 と叫んだが返事がない。

 妹にはゲームのことを軽く教えてはいるが内容を詳しく知らない。変な操作でもされたら大事になる。

 慌てて尻を拭いて飛び出して自室に入ると、妹がゆっくりとこっちに振り向く。

 こめかみから流れ落ちる汗と気まずそうな表情に、嫌な予感しかしない。


「ごめん。間違えてクリックしたら、こんなのが出たんだけど」


 すっとPCの前から妹が移動したので画面が視界に入る。

 画面には大きな文字で、


《ボーナスイベント受け付けました。 明後日の午前十時から開始します》


 と表示されていた。

 ……沙雪いいいぃぃっ!



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― 新着の感想 ―
[一言] 妹邪魔やなあ
[良い点] ベタな展開はアリですよね〜。 他が結構真面目なので映えますね。 私は好きだな〜。
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