決死の覚悟と必死な俺
これで最後なのはありがたいが数が尋常じゃない。
今まで二種類の敵しかいなかったのに、本日初登場の緑色の肌をした小鬼のような敵がいる。このゲームのオープニングで馬車を襲っていたモンスターがここで登場するのか。
カーソルを合わせてクリックすると《緑小鬼》と表示された。そのまんまだな。
人型だけあって今までのモンスターと比べて知恵が働くようで、柵に備え付けておいた先の尖った杭をこん棒で壊しやがった。
あれが破壊されると、突進を防ぐ術がなくなる!
猛猪たちが一斉に柵へぶつかり、丸太の杭が土ごとはじけ飛ぶ。
巨大な丸太が何本も宙に舞う中、モンスター達が土煙を上げながらガムズを目指して一目散に突撃してくる。
咄嗟に槍を投げつけ緑小鬼を貫くが、その背後から飛び出してきた猛猪に撥ねられガムズの体が宙を舞う。
『お兄様ああああっ!』
心配で居ても立っても居られなかったチェムが、洞窟の入り口で覗き見していたのか。
最悪の場面を目撃してしまい、涙目で最愛の兄の名を呼んでいる。
敵の真っただ中に飛び出そうとするチェムの体に、ロディスとライラがしがみついて懸命に止めているが、このままでは全滅は必至。
「って、見入っている場合じゃないだろ! 奇跡発動、ゴーレム召喚!」
予め開いておいた奇跡の項目にある《ゴーレム召喚》をクリックする。
目もくらむような光があふれたかと思ったら、画面が一人称視点に入れ替わった。
この光景は洞窟内部。顔だけこっちに向けているロディス一家とチェムが大口を開けて間抜けな顔をしている。それを少し高い位置から見下ろしているのか。
突然屈強なゴーレムが現れたらそりゃびっくりするよな。色々と動きを調べたいところだが、それどころじゃない。
「これがゴーレム専用の画面か。試運転している暇もない……かっ!」
予め準備しておいたゲームパッドを掴む。操作方法は画面の右隅に書いてある。これは俺の得意な近接戦闘がメインのアクションゲームと同じか。
足下の祭壇を跳び越し、壁際に転がっていた武器を掴む。
ダッシュしてみると想像以上に足が速い。ゴーレム系は動作が鈍いイメージがあるのに機敏なのか。
走りながら剣を振ってみるが、イメージ通りに剣を操れる。これは嬉しい誤算だ。
視点の高さから推測するに身長はガムズより少し高い程度だな。ゴーレムはもっと巨体だと思い込んでいたがこんなものか。
まあ、この方がやり慣れていたゲームの感覚に近いからありがたい。
扉付近で固まっていたチェムたちの脇を抜けて飛び出す瞬間、
「運命の神……」
と呟く声が聞こえた。
ゴーレムなのに一目見て運命の神とわかるなんて、神様っぽいオーラでも出ているのかもしれないな。自分の姿が全く見えないから憶測でしかないけど。
外に飛び出すとガムズが戦いを続けていた。額の傷にべったりと前髪が貼りつき、右腕が力なく垂れ下がり満身創痍だが、それでも戦うことをやめない。
「ここからは任せてくれ!」
ガムズの左足に噛みついていた黒犬を一刀両断する。
骨ごとバッサリいったな。ゴーレムだけあって力は相当あるようだ。
続けざまに突撃してくる猛猪に対し上段の構えで迎える。
タイミングを見計らって剣を振る動作を入力すると、真っ二つに裂けた猛猪の体が俺の左右に分かれて後方へと流れていく。
これは……大当たりだな! 運命ポイントを貯めてよかった!
俺はそのままモンスターの密集している一帯に突っ込むと、手にした剣を思う存分振り回していく。一振りごとにモンスターが両断され死体が地面に転がる。
敵の攻撃パターンや動きの癖も今日の戦いを観察して学んでおいたので、避けることは容易い。
黒犬は一度体勢を低くすると、そこから飛び込んでくるので横に軽く跳ぶだけでいい。
猛猪は直線の動きしかしないので、剣を突き出しておけば勝手に刺さってくれる。
緑小鬼だけはまだ観察しきれていないが、この程度の素早さなら簡単に捉えられる。毎日ゲームばかりしてきた俺の敵じゃないな。
ただ、本当に得意なのは自分の姿が見えない一人称視点じゃなくて、自キャラが見える三人称視点なんだけど。……あっ、視点変更できるじゃないか。
良く見ると操作説明の最後の方に視点変更の文字があった。敵の攻撃を避けながらマウスを操作してそこをクリックすると、自分の操っているゴーレムの後ろ姿が画面に映る。
「えっ、ナニコレ」
俺は屈強な石のゴーレムを操っているつもりだったのだが、そんなものとは似ても似つかぬ姿をしていた。
全身の色は薄い褐色。頭は小さく腰まで伸びた髪を束ねている。服装はシンプルなワンピースのようで腰に布を巻いているようなデザイン。
それに手首から肘、爪先から膝までを守る防具も身に着けていた。
例えるなら映画で見た古代ローマの剣闘士のような格好だ。
驚きながらも反射的にモンスターを倒していく。
この姿……もしかしなくても運命の神じゃないのか? チェムもこの姿を見てそう言っていたから、間違いはないと思う。
この色は石というよりは木製だよな。そういや、操作できるようになって直ぐの場所の足下に祭壇があった。つまり、これは……ガムズが彫った、運命の神の像なのか⁉
あれは荒く彫っていて人かどうかも怪しかったが、ゴーレム召喚により一流芸術家の作品のような、精巧な出来の像へと生まれ変わった、と。
でも、神話のゴーレムって土とか石だったような? ゲームやファンタジー小説とかだと金属製や死体を継ぎ合わせたのとか、それこそ木のゴーレムだって見たことがある。と考えると別にいいのか。
正否はともかく、村人の力になれたのならそれでいい。
考えがまとまったところでゲームパッドを机に置く。
既に敵をせん滅したので動かす必要がなくなったからだ。思考しながらも指は滞りなく動き、敵は俺一人に蹂躙された。
「今日の活躍は神っぽいんじゃないか」
自画自賛しながらペットボトルのお茶を飲み干す。
よっし、これからもゴーレムが使えるなら村を守ってあげられる。
《邪神の誘惑 終了。本日はもう敵の襲撃はありません》
ファンファーレが鳴り響くと、また画面に赤い文字が浮き出た。
おっ、今日はもう安全なのか。よーーしっ! 乗り切ったぞイベントを!
思わずこぶしを握り締めてガッツポーズをする。
ひとしきり喜んで少し落ち着くと、ガムズの傷が気になったので画面に視線を戻す。
少し目を離した隙に、俺の操っていた像の周りを村人たちが取り囲んでいた。
『運命の神よ、感謝いたします!』
『命を救っていただき、ありがとうございます』
『すっごいすっごい! 像がビューンって動いた!』
『助かったのね……。家族やみんなが無事なのは神のおかげです!』
『愛しい家族とガムズさんたちを救っていただき、本当にありがとうございます!』
チェムが涙を流しながら感謝の言葉を口にすると、ガムズは妹の肩を抱き寄せる。
キャロルがぴょんぴょんと跳ね回り喜びを体中で表現。
その姿を見つめていた両親は抱き合いながら感極まって号泣している。
ここまで称賛されると嬉しいを通り越して気恥ずかしい。ゲームの演出だとわかっているのに照れてしまう。
一応は神として村人に応えておくべきだよな。ゴーレムのモーションに手を挙げる動作があったような。あれはどうやって……や、る、んんん?
「あれっ、動かないぞ。故障……じゃないよな。稼働時間とかあるのか?」
急に運命の神の像を操れなくなったので操作一覧を確認すると、下の方に小さな文字で何か書いてあった。
『注意。ゴーレムを操作するには毎秒運命ポイントを消費します。運命ポイントが無くなると動けなくなるのでご注意ください。注意その弐、一日一度しか起動できません』
「ポイント消費……? 一日一度?」
運命ポイントを確認するために画面の右上に目を向けると、そこにはポイントが残っていなかった。
ゴーレム召喚でかなりのポイントを消費したが、それでもまだ結構残っていた。ほんの数分動かしただけで全部使い切ったのか。
……えっ、万に近い金がこの短時間で溶けた? 頑張って働いた日当が⁉
これからは村の守りも安泰で、俺も村人のために活躍できると思ったのに、これじゃ気安く使えないだろ。
がっくりと肩を落とし、口からは大きなため息が漏れた。
思いもしなかった出費が痛すぎる。ゴーレムを動かすのは危機が迫った時だけにしよう。
「これってバイト続けないと使えないよな。くっ、このゲームって、スマホの課金ゲーよりもえぐい仕様じゃないか。……薄々感づいていたけどさ」
一日の頑張りが一瞬で失われたと思うと落ち込みそうになるが、そもそも村人のために稼いだ金だ。本来の使い道通りじゃないか、うん。
そう納得させて画面に視線を戻す。
ようやく興奮も少し収まった村人たちが、動かなくなった運命の神の像を担いで定位置に運んでくれている。
祭壇に再配置されるとガムズはチェムの魔法で傷を癒している。かざした手から淡い光があふれ傷口に触れると見る見るうちに塞がっていく。
「これでガムズは一安心か。あっ、神託で今日の襲撃はもうないことを伝えておかないと」
耐えきった村人たちへの素直な賞賛と今日はもう安心だと教えると、村人は全身の力が抜けたのか洞窟の床に崩れ落ちている。
「みんな、お疲れ様。ゆっくり休んでくれよ」
いつもより遅い夕食中の村人に代わって俺が周辺の警戒をしておく。
柵の内側には無数の猛猪の死体が転がっている。
ゲームなのに倒したモンスターの死体が自然に消えたりしない。死体を放置していると他のモンスターを呼ぶことになるので処分する必要がある。
一応、予め掘っておいた穴に村人が食用ではないモンスターの死体を放り込んではいるが、衛生面を考えると埋めるよりも焼いた方がいいのだろうか。
そんなことを思いながら死体の取りこぼしがないか柵周辺を拡大して調べていると、意外な発見をした。
柵に何本か矢が突き刺さっている。
……気乗りはしないが死体を放り込んだ穴を覗き込むと、死体のいくつかに矢が刺さっていた。
村人に弓を使える者はいない。と、いうことは。
「狙撃してくれていたのか」
今も姿を見せない薬師に心の中で感謝した。




