押し寄せるモンスターと判断に迷う俺
ガムズが背丈ほどある柵まで忍び寄ると聞き耳を立てている。
柵から五メートルぐらい先にいる黒犬が徐々に柵へと近づいてくる。
「いきなり、こいつかよ」
牙の毒でガムズを追い詰めたモンスターがいきなり五匹。前は二匹だったのにいきなり二倍以上の数を一人で相手しなければならない。
黒犬が柵を飛び越える跳躍力がなければ、あきらめて引き返す可能性もありそうだけど。
淡い期待を抱きながら敵の動きを観察していると、柵の目の前まで来た黒犬の一匹が辺りの匂いを嗅ぐような真似をしてから数歩下がった。
そして、柵へ向かって一気に駆け出す。
「助走をつけて跳ぶつもりか!」
黒犬が見事な跳躍力を見せて柵の上を通過しようとしたその時、目の前に現れた槍の穂先に貫かれる。
その槍の柄を握っているのは、もちろんガムズだ。
丸太の柵には至る所に覗き穴が設置されていて、そこから見ていたガムズがタイミングを見計らって槍を突き出した。
空中で方向転換はできないのでガムズの腕なら恰好の的でしかない。
ちなみに覗き穴のアドバイスをしたのは俺だけど、たぶん何も言わなくてもそれぐらいのことは自分たちでやっていたと思う。
背中から穂先の突き出た黒犬を柵の向こう側へ落ちるように振り落とす。
これで警戒して撤退してくれるならそれでいい。
仲間の死体に群がって何をするのかと思えば、一斉に食らいつき死体を瞬く間に食べ尽くした。
凶暴性が上がっているとは聞いていたが、ここまでか。
食らいつくした黒犬たちが今度は残りの四匹すべてが柵から距離を取った。
「一度に来る気じゃないだろうな……」
俺の言葉を肯定するように全匹が一斉に走り出す。
一匹なら対応できるが一気に四匹は無理だ。
柵を飛び越える際に両手剣使いの器用さを見せつけ、ガムズが二本の槍で空中にいる黒犬二匹を落としたのは見事だったが、残り二匹の柵内への侵入を許してしまった。
即座に槍を投げ捨て、二本の剣を引き抜くと着地後で体勢の整っていない一匹を斬り捨てると、振り返ったもう一匹の喉元を斬り裂く。
「強いのは知ってたけど、予想以上の強さだな。御見それしました」
思わず画面に向かって頭を下げて感服してしまうぐらい見事な戦いだった。
あの時は背後にいる村人をかばって戦っていたので動きを制限されていた。自由に動けるとなるとこんなにも強いのか。
「これはゴーレム使わなくても勝てるかもしれないぞ」
そう思わせてくれるぐらいガムズの強さは圧巻だった。
あれから数時間経過した。
敵の発生する時間と数をメモしていたのだが、ある法則があることに気づいた。
モンスターが全滅したタイミングからきっちり三十分、もしくは一時間で敵が現れる。更に三十分で新たに現れる場合と、一時間後にやってくる場合だと後者の方が敵の数が多い。単独で現れた敵は今のところ皆無だ。
ゲームとして考えるなら敵の時間湧きというのは一般的だ。この《邪神の誘惑》イベントの間は三十分か一時間のランダム湧きなのだと思う。
初めは敵の種類が黒犬だけだったが、二時間前ぐらいからイノシシのようなモンスターも現れるようになった。
これは村人たちの食用として狩られることもあるので、何度か目にしている。そして、我が家に送られてくる肉は……こいつの肉だ。
クリックしてみると猛猪と表示された。フリガナがないので読み方がわからないが、モウチョだとしたら、見た目に反してかわいらしい。
とまあ、名前で和みそうになったが黒犬よりも防衛面では厄介な相手だった。
あいつら柵にガンガン突っ込んでくるので、何もせずに放っておいたら丸太が何本かへし折られる。……が、対策は練ってある。
柵に細工をしていて、猛猪の額の高さに先の尖った杭を設置しておいた。
なので自ら杭に突っ込んで死んでいく。襲撃が収まったらガムズとロディスが柵の外に出て死体を回収しているので、後で加工して干し肉にでもしたらタンパク質には当分困ることはなさそうだ。
「一度目の襲撃があってから結構時間が経ったけど、今のところ順調……だよな」
思ったよりも脅威度が低く感じるが、この拠点を見つけていなければ早々と詰んでいた。
ガムズがこれだけ活躍できるのも、仲間を守る必要がないので自由に動けるのが大きい。
時間を確認すると夕方の五時を過ぎていた。画面の向こうも窓の向こうも暗くなってきている。
「モンスターは夜になると活発になるんだったよな。となると、ここからが本番か」
それは村人も重々承知しているようで、敵が現れるまではガムズを休憩させてロディスとチェムが柵の内側で見張りを担当している。
一人で奮闘しているので体力の消耗が心配だ。俺も清掃で働いているので肉体労働の辛さは理解しているけど、それとは比較できないぐらい動きっぱなしだからな。
それに加えて死が隣り合わせの緊張感。精神の疲労も半端ないことだろう。
「俺の出番が来るかもしれないな」
さっき襲撃があったばかりなので、急いで下に降りて「今日はPC前から離れられないから、上でご飯食べるよ」と母に伝えてお菓子と飲み物を上に運ぶ。
PC周りに食べ物と飲み物を配置。時間を直ぐに確認できるように時計の文字盤をこっちに向ける。
「二日限定イベントのレアモンスター狙ってた時を思い出すな」
ネトゲでは期間限定イベントが結構あって、それを逃すと二度と手に入らないアイテムが存在した。倒された敵は一時間ごとに新たに現れるので、出現しそうなマップに陣取ってこうやって監視したもんだ。
あの頃もそれなりに本気だったが、今は気合の入れ具合がまるで違う。
ゲームのキャラでプログラミングされた人格であったとしても、俺にとっては守るべき相手で……恩人でもある。
引きこもりを救ってくれた村人たちに、少しは恩を返さないと。
「残り時間は六時間ちょい。みんな、頑張ってくれよ!」
ここからは視線すら逸らさない覚悟でPC前に張り付く。
日が完全に落ちてから初めての襲撃。
黒犬が五匹、猛猪が三匹。種族が違うのに組んでやってきたのは初体験だ。
肉食と草食っぽいが同士討ちとかは……期待するだけ無駄か。
ロディスはモンスターの気配を察することができないので、物見櫓の上で警戒していたが俺に少し遅れて発見したようだ。
『て、て、敵襲です! 黒犬五、猛猪三!』
洞窟の扉が勢いよく開くと中からガムズが飛び出してきた。
『ありがとうございます、ロディスさん。洞窟の中へ早く!』
『あとはお願いします。あまり無理をなさらないで!』
ロディスが洞窟中に逃げたのを確認すると槍を手にする。
『無理をしないと倒せないよ……』
それは返事と言うよりも自分に言い聞かせているようだった。
今日を無事生き延びることができたら、戦闘職の増員を本気で考えよう。
ガムズがいつものように柵の近くに陣取り、槍を両脇に挟み込むようにして構える。
今度は黒犬が同時に五匹柵を越えてきたので、二匹を槍で貫いて剣に持ち替えると振り返りざまに二匹の首を刎ねた。
残り一匹となったので安心して見ていられると息を吐いた直後、轟音と共に柵の丸太が吹き飛ぶ。
「破られたのか⁉」
柵に空いた大穴から猛猪二匹が雪崩れ込んできた。残りの一匹の姿を探すと、杭に突っ込んで死んでいる。
ガムズが新たな敵の出現に気を取られた隙を狙って、黒犬が跳び込んでくるが地面を転がるようにしてどうにか躱す。
だが、三匹の魔物に囲まれる形になってしまった。
「ゴーレム召喚を実行するべきか⁉ いや、だが……」
ピンチには見えるが彼の今日一日の戦いぶりを見ていると、まだ実行するべきではないと判断した。
猛猪が二匹同時に頭から突っ込んでくるが、ガムズは焦ることなく足元に転がしていた槍を拾うと、それを棒高跳びの棒に見立てて敵の頭上を跳び越す。
そして着地と同時に背中を向けたままの猛猪の背に投げつけた。狙い違わず槍が一匹を貫き地面に倒れ伏した。
『まず、一匹』
もう一匹は洞窟の入り口近くでUターンして再び突っ込んでくる。
黒犬はどうしているかというと、ガムズが投げつけた短剣が額から生えていた。
一対一となると相手に勝ち目はない。向かってくるところを一撃。
終わってしまえばガムズの圧勝。男として惚れ惚れしてしまう格好良さだ。
『なんとかなったか。修理しないと』
戦いを終えたばかりだというのに、直ぐに柵の修復に動き出している。
洞窟の中から村人も出てきて予備の丸太を総出で運ぶと、吹き飛んだ部分へ埋め込んでいく。
『手際よくやりましょう!』
『あいよ! こらっ、ガムズは休んでな。あんたが倒れたらみんなやられちまうんだよ。ほら、キャロル。お兄ちゃんに抱き着いて働かないようにしておいで』
『わかったー。とおーう、休め~』
キャロルがライラの指示に従って、働こうとしていたガムズに飛びつく。作業ができないように妨害すると強引に休憩させている。
渋々だが観念したガムズはその場に座ってじっとしているようだ。
妹のチェムは兄の分までやろうと張り切っているが、あまり手先が器用ではないらしくロディスが主になって補修作業をしていた。
俺は作業中に襲われないように周囲を見張っておく。いざという時は神託を発動して伝えるつもりだ。
予め柵の補修作業の訓練はしていたので二十分程度で柵の穴が埋まった。今は補強用の板を張り付けている。
今回はなんとか乗り切れたが、夜になってからの一回目でこれだと、この先が思いやられる。
そんなことを考えていると見える範囲の森に何かが蠢くのが見えた。
一つや二つではなく、五、十、十五……二十以上いないか⁉
俺が見える範囲のモンスターの数を数えていると、画面に赤い大きな文字が突如現れた。
《邪神の誘惑 最後の襲撃‼》
耳障りな警戒音が鳴り響き、何度も文字が点滅する。
これがイベント戦のラストバトルか!
『洞窟に入れ! 相当数のモンスターの気配を感じる!』
ガムズは唐突に立ち上がると、怒鳴るようにして村人に避難するように指示を出す。
切羽詰まった表情と声から察した村人は文句の一つも言わずに、洞窟内へと逃げ込む。
うっそうと茂る森の雑草をかき分けて現れたのは……二十数体の魔物の群れだった。