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村づくりゲームのNPCが生身の人間としか思えない  作者: 昼熊
一章

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16/120

ゲーム好きの同僚とゲーム命の俺

 バキュームという汚水も吸い込める巨大な業務用掃除機を押している。

 初めの内は汚水が溜まってないので軽いけど、徐々に汚水が増え重さが増し、俺の負担が大きくなっていく。

 清掃業は担当がしっかり決まっているらしく、社長がポリッシャーという清掃機器で床を磨き、女性社員の岬さんが汚水を掻き取り、俺がバキュームで吸い込む。

 そして男性社員の山本さんがモップで床を拭いてワックスを塗る。

 三人でもやれるそうだが、一人増えるだけで断然楽になると言っていた。

 二時間ほど作業をしてから十分ほどの休憩に入る。


 初めの内は休憩が待ち遠しくなるぐらい疲れ果てていたのに、今では休憩なしでも最後までやり切れる自信がある。

 筋トレをしているからやれるだろう、と当初は甘く考えていたが筋トレで体力はそんなに増えないという事実。……筋力が衰えていないだけマシだったけど。

 店の外にある自販機で温かいミルクティーを買って一息つく。

 吐き出した息が白い。もう十一月も終わりに近づいているので、深夜だと想像以上に冷え込んでいる。


「おー、良夫はミルクティーか。俺はあったかいお茶にしようかなー」


 自販機の前で選びながら声を掛けてきたのは、社員の山本さんだ。

 男性にしては身長が低めで小柄、というのが第一印象だった。あとは茶髪と耳のピアスがチャラいというイメージ。

 でも話してみると気遣いもできて優しく陽気でとても話しやすく、こういう人をリア充って呼ぶんだろうなと一人で納得していた。


「お茶もいいですよね」

「良夫は俺と同世代なんだから、ため口でいいっての」


 そういやこの人は三回目ぐらいからため口に変化したな。


「いえ、先輩ですから」

「そっか。まあ、急にため口ってのもやり辛いか。慣れたらいつでも歓迎するぜ」


 にやりと笑って俺の隣に腰を下ろす。

 作業服のポケットからスマホを取り出すとゲームを起動させた。


「おっと、話しかけておいて悪いな。今日の分の無料ガチャやってなくてさ」

「あっ、いえいえどうぞ」


 この人、実はかなりのゲーマーでスマホゲーもやっているが、コンシューマーのゲームや週に一度はゲーセンに通うぐらいのコアゲーマーだったりする。


「良夫はスマホゲーとかやんないのか?」

「あっと、そもそもスマホ持ってないんですよ。えっと、引きこもりだったので無用でしたから……」

「そっか。いつもPCできる環境だったら、そっちの方がいいよな。……あー、またレアすら出なかったか」


 俺が引きこもりのニートだったのを知っても彼の態度は変わらなかった。

 それどころか「俺も学生時代は引きこもりだった時期があってな」と自分の過去をあっけらかんと明かしてくれた。それだけでも、俺の中での山本さんへの好感度はうなぎ登りだ。


「最近、なんか面白いゲームとかあります?」

「おっ、よくぞ聞いてくれた。実はめっちゃハマっているゲームがあるんだよ。グラフィックが最高でな。ちょっと特殊なんだけど、やり込み甲斐があってよ」


 軽い気持ちで質問したら想像以上に食いついてきた。

 身を乗り出して語る声が熱を帯びている。ほんと、この人は俺と同じかそれ以上にゲームが好きみたいだ。


「へえー、どんなタイトルなんですか?」

「えっとな、なんだっけ。確か破――」

「そろそろ、始めるぞー。休憩は終わりだ、働け働け」


 山本さんの声に社長の大声が重なりかき消される。

 おすすめのゲームタイトルを知りたかったけど、知ったところで今の俺には《命運の村》がある。他のゲームをやる余裕はない。

 今日の仕事さえやり切れば、しばらくはゲームに集中できる。とはいえ、仕事も集中しないとな。





「お疲れさん!」

「お疲れ様ー」

「いやー、助かったぜ。来月は年末で大掃除の依頼が多くてな、それでバイトまた頼むと思うが、よろしくな」

「お疲れさまでした。また、よろしくお願いします!」


 自分でも驚くぐらい腹の底から大きな声が出た。が、深夜だったのを思い出して慌てて口を手で押さえた。

 離れていく車の後部座席に乗っている岬さんと山本さんが、笑いながら名残惜しそうな芝居を入れて大袈裟に手を振ってくれている。

 俺はちょっと気恥ずかしいので、小さく手を振り返してから帰宅した。

 今日もみんなとっくに寝ている時間なので、誰も起こさないようにそっと扉の開閉をして、夜食を平らげ風呂に入って部屋に戻る。

 PC前に座り、村人たちがどうしているか見てみると、さすがに深夜二時ともなると全員が眠っていた。

 人数を確認すると一人足りない。

 ムルスに充てられた部屋には誰もおらず、数種類の調合した薬だけが置かれていた。


「足を引っ張るどころか協力してくれただけでも感謝しないとな」


 彼の立場だと協力的な行為ですら咎められるはずだ。それでもこうして薬を残してくれたのは、彼の優しさと未練なのかもしれない。

 明後日を乗り越えられたら戻ってくるかもしれないな。なんとなく、そんな気がする。

 もう深夜というか早朝なので、今日が《邪神の誘惑》前日か。

 腹が膨れた状態プラス疲れで眠気がマックスだ。こんな状態であれこれやって失敗したら目も当てられない。

 ぐっすり寝て、明日は0時を超えてから一日中起きておく意気込みでやろう。





 外が明るい。

 枕もとの置時計を見ると十二時。


「……十二時⁉」


 慌てて飛び起きてPCを確認すると村人たちが働いていた。


「あっ、昼の十二時か。そうだよな、外明るいし」


 カーテンを開けると眩しい日差しが室内を照らす。

 明日を乗り切れば村人たちと、しばらくは安定した日々が過ごせるはずだ。

 深呼吸をして心を落ち着かせてから、椅子に座って村の様子を観察する。

 当たり前だがみんなの表情が硬い。

 残り半日を切って緊張感が高まっているのが画面越しでも伝わってきた。

 キャロルも察しているようで今日はいつもより大人しくしている。大人たちはそんな彼女を気遣う余裕すらないようで、黙々と柵の補強や武器の整備をやっている。


「良くない雰囲気だな。ここは俺がなんとか……できる、か?」


 まずは神託で村人のプレッシャーを少しは取り除いてやりたい。

 文章はどうしよう。励ます感じがいいよな、安心感を与えるにはどういうのがいいんだろうか?

 毎回、神託には悩まされるが今日のは特に重要だ。

 頭を絞りに絞ってなんとか完成させた。この文面なら大丈夫だよな?

 ……そう信じて『enter』を押した。

 木彫りの像の前に置かれていた聖書が輝くと、村人たちが猛スピードで一斉に集まってくる。

 やっぱり、みんな不安で居ても立っても居られない状況だったんだな。


『神託が下りました! 今から読みますね。……敬虔なる村人たちよ。邪神の誘惑が迫り不安に思っているのではないか。我が見守っていることを忘れることなかれ。そなたらが本当の危機に陥った時、一度だけ救いの手を差し伸べよう』


 どうだろう。こう書いておけば神に依存しすぎることもないだろうし、絶望せずに最後まであきらめずに努力してくれる……といいな。

 それにこう書いておけば、ゴーレムが現れた時に味方だと理解してもらいやすい。

 神託を発動してから思ったのは、回りくどい物言いではなくちゃんとゴーレムが現れると書いておくべきだった。


『皆さん、我々には運命の神のご加護があります!』

『そうだな。悲観的なのはやめよう』


 チェムとガムズの表情から陰りが消えた。

 ロディス一家の顔色も少し良くなったように見える。

 そこからは雑談もするようになって、いつもの空気感に戻っていた。

 よーし、これで問題事の一つをクリアーできた。

 もう神託ができないので、今日の助言は無理だ。奇跡は運命ポイントに余裕がないので迂闊なことができない。

 本当は一度《ゴーレム召喚》を試運転しておきたかったが、まだゴーレムの稼働方法や条件がハッキリしていない。もし、時間制限があったら目も当てられない結末になってしまう。

 神託にも書いておいたが、本当にヤバい場面で実行するべきだ。

 ……となると、することがない!

 もう一回寝て二十三時ぐらいに起きるのもありだけど、眠気はもう残ってないから眠れないだろうな。


「あれだ、昼飯食べよう」


 一階に降りると平日の昼間なので誰もいない。

 カップラーメンと命運の村から送ってきた謎の肉を焼いて食べる。食後のスイーツは謎の果物にしよう。


「やっぱ、旨いよな……」


 肉の触感は豚に近くて弾力がある。噛むと口の中にあふれる肉汁にコクがあり、仄かに甘い。なんて食通ぶった表現をしてしまったが、単純においしい!

 あと送られてきた物を食べるようになってから家族が病気知らずで、加えて父は腰痛が軽くなって母は不眠症気味だったのが毎晩良く眠れるようになった。

 俺もお腹の調子が悪かったのに、最近腹を下した記憶がない。たぶん、金持ち御用達の栄養成分の濃い食べ物なのだろう。うん、きっとそうだ。

 そう決めつけて食べると、高級そうな味のような気がする。

 食べ終わって食器を片付けていると、家電が鳴った。

 一か月前なら電話にすら出ようとしなかった俺だが、今は積極的に出るようにしている。これも仕事で他人と話す機会が増えたおかげだ。


「はい、もしもし」

『おっ、良夫君か! いやー、居てくれてよかったよ!』


 受話器から思わず耳を離してしまうほどの大声の主は社長だ。

 どうしたんだろうか。まさか、昨日何か大きなミスをしたとかじゃないよな……。


「あ、あの。俺、何かやらかしました?」

『違う違う。ちゃんとやってくれてるぞ。そうじゃなくて、今日何か用事あるか? ちょっと急な仕事で人手が足りなくてな』


 用事があるかないかで言えばある。でもそれはゲームを見守るだけなので、理解してもらえるとは思えない。

 やんわりと断りたいところだけど、俺のようなのを嫌な顔一つせずに雇ってくれた社長への恩がある。村人の命運がかかっているが、彼らはゲームの住人。

 ゲームとリアル、どっちが大切か。そんなの普通は迷う必要すらない。それはわかっている。わかっているけど……。


「あの、何時ぐらいに終わります? 前も言いましたが、月末の明日は用事がありまして」

『ああ、それはちゃんと把握している。夜中までには終わる仕事内容だから、遅くても夜の九時には終わらせる予定だ』


 九時か。帰ってきてご飯を食べて風呂に入っても時間に余裕があるな。

 神託も奇跡も今日は使えないから、家にいたところで村人にしてやれることはない。それなら少しでも稼いで運命ポイントを増やせば、それで村人の手助けができる。

 ……よっし、受けよう。


「わかりました。すぐに準備します」

『おう、助かるぜ。迎えに行くからよろしく頼む! ヤマの野郎が急に今日休むとか言い出してよ、恩に着るぜ』


 ヤマというのは山本さんのことだ。

 リア充っぽい人だから、急に仲間との遊びでも入ったのかな。

 俺だって命運の村がらみで急な休みが欲しい時がくるかもしれない。その時のために恩を売っておいて損はない。いや、一日出たぐらいで恩なんておこがましいか。


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― 新着の感想 ―
[一言] あっ…|゜Д゜) これ絶対あれやん、他にもテスターが居るやつやん…│ω°)
[一言] 山本さんあっち側やないか!!
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