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迫るあの日と稼ぐ俺

 今日もPCの中で村人たちが働いている。

 この数日の内に拠点が強化されていた。

 洞窟の入り口を囲むようにして設置された柵も前までは杭を等間隔に打ち込み、その間に板を渡していたのだが今は丸太の杭が隙間なく並べられている。高さはガムズの身長と同じぐらいだ。

 それだけではなく、丸太の柵に板を張り付けて頑丈さを上げたので、一見守りの堅い拠点に見える。だけど、実際どこまで頑丈なのかは未知数。

 後は見張り用として、丸太を組んだだけの簡素な物見櫓が柵の内側に建っている。


 月末の《邪神の誘惑》まで残り三日。

 不審人物ムルスは未だに洞窟に居座っているが、どのタイミングで出て行くつもりなのか。一緒に《邪神の誘惑》を乗り切る気はないはず。

 モンスター襲撃のどさくさに紛れて脱出する展開が妥当か。

 ゲームとして考えるなら初めての襲撃はチュートリアルも兼ねていて、難易度は低いと思いたい。


「普通のゲームならそうだけど、これ普通のゲームじゃないんだよなあ」


 今までの常識が通用しないことが多いので、定番のパターンを期待したら痛い目を見る。

 コンテニューのできないゲームだから失敗は許されない。石橋を叩いて補強しながら渡る意気込みぐらいでちょうどいい。

 このゲームを万が一にでも失ったら生きる希望の半分ぐらい持っていかれて、昔の自分に戻る姿が鮮明に想像できる。

 それだけはダメだ。村の発展もそうだが私生活の進展も逃したくない。

 村を守るのに現実的な手段は運命ポイントを消費して実行する奇跡。


「今のポイントは……」


 日当のバイト代を注ぎ込んで得た運命ポイントがあるので、あと少しで《ゴーレム召喚》を実行できる。

 これさえできればムルスが逃げ出した後の確実な戦力補強になる。それに自分で動かせるのが何よりも大きい。

 自慢じゃないが、この十年結構な数のゲームをやり込んできた。格ゲー、FPS、アクション、どの操作方法であってもそれなりには自信がある。

 でもゴーレムを操作したいのは、それだけが理由じゃない。

 今までは神託という手段でしかコミュニケーションを取れなかったが、それだけじゃ満足できなくなった自分がいる。

 この手で直接村人の役に立ちたい、その思いが日増しに強くなっていく。

 運命の神として傍観しているだけの立場じゃなく、村人の一員に加わりたい。その願望を叶えるためにも、《ゴーレム召喚》は必要なのだ。


「仕事は今日の深夜で終わり。明日は《邪神の誘惑》に備えられるから、しっかり準備しないとな」

 明日の晩ぐらいに村人が寝静まってから、一回はゴーレムの試運転をしておきたい。


 バイトの方は来月も人手が足りない日が多いらしく、既に何日か入る予定になっている。俺としてもありがたい話なので、もちろんお願いした。

 今日の日当が入れば運命ポイントが足りるようになる。

 計算上は村人からの貢物と日頃の感謝で得られる運命ポイントの加算で、既に達している筈だったが……皮肉なことに平穏な日々が運命ポイントの増加を妨げている。

 困難や苦労を神の力によって乗り越えた時に村人は強く感謝をする。最近は奇跡も起こさずに神託では当たり障りのない文面や、ネットで得たちょっとした知識を披露するぐらいだった。

 それで感謝しろというのは都合が良すぎるよな。ちょっとは奇跡を発動した方がポイントの増加を見込めたかもしれない。


「それは今後の課題かな。さーて、村人が元気にしてるといいけど」


 最近、村人たちが念入りにやっているのは、柵と洞窟に蓋をするように覆っている板の補強だ。

 あと、洞窟の中にまで入り込まれた時の対策としては、一番奥の部屋に逃げ込む手はずになっている。

 他の三部屋は土がむき出しの壁と天井に囲まれているのだが、一番奥の部屋だけは壁の一面が板で覆われていて、そこに工具などが立てかけられていた。元々は倉庫だったのかもしれない。

 村人の最大の不安は戦力。

 まともに戦えるのがガムズにムルス。ロディスは戦闘経験がないので洞窟中で家族を守る役目という名のお留守番。

 チェムも少しは戦闘能力があるそうだが、回復魔法が使える貴重な人材なので戦線に出す訳にはいかない。

 戦いに使えそうな戦国時代の戦略を学んだりもしたが、これを実行するには人手が足りない。罠も考えたがそもそも罠を作れる技術者がいない。


 異世界で知識チート系の本も読んで参考にしようと思ったが、こんな小規模の人数では何の役にも立たない知識ばかりだった。この状況で遊び道具を提供したら煽っているようなもんだ。

 生活の知恵も現地人に敵う訳もなく、ムルスの知識の方がよっぽど役に立っている。

 自分の力のなさにため息が出るが、落ち込んでいる場合じゃない。

 現状で何か力になれることがないか調べるために、村人の発言を今日もチェックする。


『ガムズお兄ちゃん、邪神のなんとかって大丈夫かな?』


 キャロルが服の袖を引っ張りながら上目遣いで質問している。

 まだ少女なので狙ってやってないとは思うが、あざとく見えるのは気のせいだろうか。


『もしモンスターがやってきても大丈夫なように守りは固めてある。安心していい』

『うん! もしもの時は、お兄ちゃん守ってね』


 満面の笑みを浮かべてガムズに抱き着くキャロル。

 その背後で怒りを隠そうともせずに睨んでいるチェム。


『何度も言っていますが、あなたの兄ではありません。私のです』

『お兄ちゃん、義姉(おねえ)ちゃんが怖いよー』


 怯えた素振りを見せながら目が笑ってない。……幼くても女なのか。


『うふふふふふ。おねえちゃんの響きに不穏なものがありましたが、まあいいです。……話を戻しますね。真面目な話、現状で乗り越えられるでしょうか?』

『村の一件もありますから』


 伏し目がちなロディスが会話に加わってきた。隣にいる妻のライラも表情が暗い。

 彼らの村は《邪神の誘惑》の日に大量のモンスター襲撃により滅びた。警戒するのは当然の話だ。

 不安そうな村人の視線が集中したのは、この森の事情について一番詳しいムルスだ。

 その視線に促されたムルスが薬草作りの手を止めて口を開く。


『何度かお話ししていますが、ここは禁断の森と呼ばれている場所です。多種多様なモンスターの生息地で危険度はかなり高いです。私も《邪神の誘惑》の日には近づかないようにしているので、正直どうなるのかは……すみません』


 申し訳なさそうに頭を振っているが、本性を知っているのですべてが芝居にしか見えない。


『いえいえ。こうして力を貸して頂いているだけで十分です。兄の件も含めて本当に助かっています』


 チェムに深々と頭を下げられて微笑みを返している。

 何も知らなければ優しく頼れる薬師だと感心していたところだ。ほんと残念だよ。


『ここから離れるにしても馬車の車輪が限界だ。我々には馬車を修理する技術もない。徒歩で森を抜けるのはまず不可能。……ですよね、ムルスさん』

『私一人、もしくはガムズさんと二人なら森から出るのも可能でしょう。ですが、他の方々が一緒となると……自信はありません』


 言葉を選んではいるが、つまりは足手まといだと言っている。

 それを自覚しているロディス一家とチェムは何も言えない。


『ここでなんとか耐え抜く。生き延びるにはそれしかないだろう。俺も死力を尽くすので、生き抜こう!』


 珍しく大きな声で宣言するガムズに村人たちが頷く。

 ムルスの表情が気になったのでズームして覗いてみると、少しだけ眉根を寄せて悩んでいるようにも見えた。……それすら芝居かもしれないが。


『ムルスさん、今までありがとう。正直、あなたに手伝ってもらいたい気持ちはあるが……巻き込みたくはない』


 ガムズが深々と頭を下げて、今までの感謝の言葉を口にした。

 キャロルを除いた村人も同じように頭を下げる。キャロルだけは良くわかってないようで、きょろきょろと見まわしてから大人たちを真似た。

 おっと、ガムズの方から切り出したか。

 俺が理解できているのだから村人たちも現状は痛いほど把握しているよな。


『頭を上げてください。本当は私から切り出すべきでした。皆さんをお手伝いをしたい気持ちは……あります。ですが、私にも家族や大切な人が待っているのです。今日の夜にでもここを発つつもりでした。ギリギリまで戦闘に役立つ薬草を作っておきますので、何かの時にお使いください』


 ムルスの顔に陰りが見える。

 苦悩の上の決断。そうとしか思えない表情に俺は彼の真意を測りかねていた。


『ムルスさん、いなくなっちゃうの?』

『ごめんね、キャロルちゃん』

『寂しいけど、また遊びに来てね!』


 手をぎゅっと握って涙目で見上げるキャロルの頭に、そっと手を添えて撫でているムルス。

 何も知らなければ感動の場面なのにな。

 彼がここにきてから二週間以上が経過している。苦難や寝食を共にして少しは心境の変化があったのではないだろうか。

 どういった人物なのか掴み切れないままだったが、そんなに悪い人ではないような気がしている。監視も村の掟でやっているだけで、本心から従っているのではないのではないか?

 村人と一緒に戦えないとしても、危害を加える気は一切ない。……そう、信じたい。

 話も終わり、全員が黙々と作業を始める。

 ムルスの脱退は決定。《邪神の誘惑》二日前から人手が一人減ってしまう。

 村人もそれは覚悟の上だったようで、落ち込むどころかその瞳に生き延びようという強い意志を感じる。


 椅子の背もたれに体重を預けて体を伸ばす。

 PCの上の時計に目をやると……ヤバっ! もうすぐ仕事の時間だ⁉

 清掃の仕事はワゴン車で移動するので、家の前まで迎えに来てくれる。その時間まであと十分を切っていた。

 数日前に渡された薄い緑の作業服を着て、一階に降りると既に食卓には料理が並べられていて、母親が俺の顔を見て苦笑いを浮かべる。

 手を合わせて慌てて掻き込み、一息つく間もなくチャイムが鳴ったので慌てて玄関に向かった。


「いってきます!」

「いってらっしゃい」


 まずは仕事に集中しよう。村人を助けるためにも仕事をしっかりやって稼がないと。


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