大団円とその後の俺
戦闘終了後、もう一度地下室に行って配信者を説得してみたのだが、あっさりと了承してトンネルの前まで移動できた。
当人たちが言うには、
「ごめん。なんか、さっきまではこのままでいい、って気持ちが強くて変に意固地になっててさ。本当は殺されるかもしれないって不安があったはずなのに、なんか日に日にその感情が薄れていって、どうでもよくなっていたんだ」
とのことだった。その言葉を信じるなら欲望の神の奇跡、もしくは他にも協力する神やプレイヤーがいて、奇跡で感情を変化させられていたとも考えられる。
この変わりようは山本さんのときと似ているので、たぶん本当の話だろう。どちらにしろ、大人しく付いてきてくれるなら文句はない。
トンネルの前に到着すると、小さく息を吐いてから振り返った。
そこには激戦を潜り抜けた村人とハンターがいた。みんな汚れが酷いし、体力も気力も使い果たしてボロボロだな。
疲れ切っているはずなのに全員の顔はどこか誇らしげだ。俺と同じように邪神に勝ったという満足感があるようだ。
彼らと直接言葉を交わすのは、これが最後か。前も同じようなことを思ったけど、こんな幸運が三度続くとは思えない。
「皆さん、ご苦労様でした。この結果に神も満足されていることでしょう。村に帰り着くまでは気を緩めずに、くれぐれも油断はしないように」
まるで遠足で引率している先生みたいなことを言ってしまったが、全員が真剣に聞いてくれている。
「このトンネルに入れば、互いの世界に戻ることになります。皆さんとこうして直接話すのも最後となります。名残惜しいですが」
もっと神の従者っぽいことを言うつもりだったのに、つい本音が漏れてしまう。
さて、ここからは各自にお礼を言っていくか。少しでも従者らしさを見せつけないと。
「ハンターの皆さん、助力感謝します。これからも命運の村を懇意にしてもらえると嬉しいです」
「もちろんだぜ。稼ぎもいいし、村人も親切で居心地がいいからな」
ハンターの一人がそう言うと、他のハンターも口々に村の良さを語り笑いあう。
自分が褒められるより、村や村人が褒められる方が何倍も嬉しく感じる。自然と顔がほころぶよ。
「命運の村の皆さん。運命の神は村の発展と皆さんの活躍を心から喜んでいらっしゃいました。思い返せば、あの荷馬車から立派になったものです」
遠い目をして語ると、ガムズとチェムが微笑んでいる。
この場にいる人で、その頃を知っているのは二人しかいないからな。
「あれからムルスさんに教えてもらった洞窟に移り住み、カンさん、ランさんご夫婦もやってきて」
名前を挙げられたムルスが照れたように頬を指で掻き、カンとランは互いに見つめ合っている。
「一度、洞窟が崩壊してすべてが失われてしまいましたが、見事に復興を成し遂げました。新たにエルフの皆さんも加わり、ダークエルフのスディールさんたちにも移り住んでもらうことができました」
そこで一旦言葉を句切る。
エルフの二人とスディールと残りのダークエルフたちが一瞬視線を交わして微笑んだが、直ぐに視線を逸らしている。この二種族はいつか仲良くなってくれるかな。
「そして、ニイルズさんも来てくださって、村の繁栄は滞ることを知りません。ですが、無理はなさらないでくださいね。私も運命の神も皆さんの幸せが何よりの喜びなのですから、それは忘れないでください」
神の従者っぽく言えたと思う。言葉は取り繕っているけど、内容は間違いなく本心。
むしろ、この言葉づかいとキャラだから照れることなく言えた。素の自分だと本心を明かすのに気恥ずかしさを覚えたはずだ。
「ヨシオ様、ありがとうございました。これからも我々を見守ってください」
チェムが代表して進み出ると俺の手を、両手で優しく包み込む。
その手のひらの皮膚は硬くざらざらとした感触で、酷く手荒れしていた。
でも、これは村で懸命に生きている証。柔らかくキズ一つない女性の手も好きだけど、この手はもっともっと魅力的で愛おしい。
ただ一つ心残りなのはロディス一家……特にキャロルと会えなかったことだ。残念だけど、こればかりは仕方がない。またPC画面越しに会えるのだから。
「ロディスさん、ライラさん、キャロルにもよろしくお伝えください。……皆さんの幸せを心から祈っています」
これ以上話すと感極まって泣きそうになるので、それだけを伝えると村人たちに背を向ける。
駆け寄ってきたディスティニーが体を登って肩に乗ったのを確認すると、大きく手を振りながら配信者を連れてトンネルへと入っていった。
「まあ、そんな感じだよ」
炎天下の中、屋外の日陰で真君に詳細を語っている。
今はバイトの昼休みなので、一緒にコンビニ弁当を食べながらくつろいでいる最中だ。
島から脱出して家に帰り着いたのが昨日。真君に詳しく説明をするべきだったのだが、俺の代わりにバイト中だったのと、疲れ果てて早めに寝てしまい報告が遅れてしまっていた。
「パソコンを通じて観てましたけど、あの戦いは本当に凄かったですよね!」
興奮がまだ冷めないのか、最後の戦いの感想を熱く語っている。
本当に凄い戦いだった。未だに神と戦ったという事実が他人事のように思えるけど、その場にいたんだよな、俺は。
引きこもり時代の俺が現状を知ったら、度肝を抜かれて腰を抜かすだろうな。
「――そういえば、あの助け出した人たちはどうなったんですか?」
戦いの感想を言い終えたところで、彼らの存在を思い出したようだ。
「あれから漁船に乗って港に着いたら、他のプレイヤーが待っていてね。記憶を操作する奇跡で島の場所や島での出来事に関する記憶処理をされて解放されたよ」
記憶の操作に関しては今更驚くことはない。ゲームオーバーになったら記憶を失われる仕様なのだから、そういう処理はお手の物だろう。
「じゃあ、万事解決。万々歳ですね」
「そうだな」
と口にはしたが、実は一つ悩み事が増えたのを黙っている。
客観的に見れば大満足な結果だ。行方不明者の救出。攻略ポイントをすべて制覇。
この二つをやり遂げた成果を認められたのか、普通に経験値が溜まったのか、俺はゲームでレベル5に到達した。
レベル5は、このゲームの最高レベル。
それ自体は嬉しいし、ゲーマーとしてレベルカンストは充実感が半端ない。
毎回レベルが上がると特典があったのだが、問題は――そこなんだ。
最高レベルのご褒美が予想外すぎて、あれからずっと俺の頭を悩ませ続けている。
「おーい、休憩終わりだぞ。さっさとやって、とっとと帰るぞ」
いつもの社長の大声が聞こえる。
頭を切り替えよう。まずは仕事で、悩むのはあとだ。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
玄関扉を開けていつものように帰宅を告げる。
当たり前のように「おかえり」と言ってもらえる、当たり前の日常。
一年前は「ただいま」なんて言うこともなかった。俺はずっと家にいたから。
リビングで母と一緒にせんべいを食べながら、ワイドショーを観ているディスティニーにチラリと視線を移す。
ソファーにだらしなく寝転びせんべいをかじっている姿は、トカゲの着ぐるみを被った小さな人間にしか見えない。
呆れた気配を感じたのかディスティニーも俺を見ると、手にしていたせんべいを一気に頬張り、足下を素通りして二階に上がっていった。
一応、そこが自分の部屋だという自覚はあるのか。
作業服を脱ぎ、軽くシャワーで汗を流してから自室へと戻った。
いつものように付けっぱなしのPCには、今日も元気に働く村人たちの姿が映っている。
キャロルがガムズに付きまとって、チェムが怒る。
ロディスが村人たちの苦情を聞いて助言を与えている。そんな夫を優しく見守るライラ。
カンとランは黙々と木を削り、加工をしている。
ムルスとスディールは互いに的撃ちの練習をしているようだが、どっちの矢が的の中心に近かったかでもめているな。
ニイルズは今日も信徒たちに神の教えを説いている。
「うん、いつもの日常だな」
俺の大切な村は立派になった。
禁断の森を領地化したことで、外敵の侵入や脅威に対して素早く対策が練れるようになった。これなら《邪神の誘惑》にもいち早く対応できるから、危険度がかなり減るはずだ。
村の人口は増えていき、これから益々、大きく立派に繁栄してくれるだろう。
「ずっと見守っていくつもりだったんだけどな……」
俺を悩ませているのは昨日の晩に掛かってきた、運命の神からのビデオ通話。
あの内容を思い出すたびに、ため息が漏れてしまう。
『良夫君、レベル5到達おめでとおおおおううううう!』
スマホの画面には、はしゃぐ運命の神がクラッカーを鳴らす姿が映っている。周りの映像からしてオフィス内みたいだけど、他の社員に怒られないのだろうか。
「ありがとうございます」
『欲望の神の討伐と、配信者の救出、お見事でした! 自分のプレイヤーの活躍に鼻高々だよ』
上半身を仰け反らして胸を張り、椅子に座ったままその場でくるくると回っている。
ここまで上機嫌になってもらえるなら頑張った甲斐はあったな。
「あの、一つ質問いいですか?」
『何々、なんでもいいわよ~』
「欲望の神はどうなったんですか?」
ずっと気になっていたことを口にする。神の欠片は滅ぼしたが、本体は運命の神と同じ雑居ビルの二階で働いている。
運命の神が二階に殴り込みに行ったようなので、その結末が知りたくてうずうずしていた。
『あー、それね。仲のいい社員を引き連れて二階に乗り込んだら、ノーパソ持って欲望の神が逃げようとしたから確保。邪神側の連中が文句言ってきたから、そこでこいつのやったことを暴露したら、大目玉食らってたわね。直属の神に』
ということは、欲望の神は主神側でいうところの第一従神ではなく、少なくとも第二以下の存在だったのか。
『そこから邪神側と話を詰めて、他にも違法行為をしている連中がいないか内部調査をしている最中なのよ。だから、しばらくの間は邪神側は大忙しで《邪神の誘惑》も大人しいんじゃないかしらね』
それが本当ならありがたい話だ。
『あいつも減俸に加えて自宅謹慎だから、最低でも一か月はちょっかい出してこないわ。それに逆恨みして余計なことしたら、今度はクビになりかねないからね。あいつの心配はしないでいいから。こっちも見張っておくし』
「それは助かります」
顔も名前も邪神側に知れ渡っている身分なので、これ以上恨みを買いたくないし敵を作りたくもない。
『あっと、今日の電話の本命はそっちじゃなかったんだ。ええとね、レベル5に到達したプレイヤーには二つの選択権が与えられます』
急に畏まった話し方になったので、俺も背筋を伸ばして話を聞く。
いい加減な態度で聞いていい内容じゃないはずだ。
『このゲームを続けるか、引退するか選べます』
「えっ、引退……ですか?」
今、運命の神は何を言ったんだ?
言葉の意味が即座に理解できず、聞き返してしまう。
『驚くのも無理はないよね。ええとね、もちろんただ辞めるだけなら何のメリットもないけど、引退を選んだらクリアーボーナスとして現金一億円プレゼントします』
「……はあああああっ⁉ い、一億って言いました⁉」
来週火曜日に最終話、エピローグを同時に更新します。
最後までお付き合いください!
それと、新作始めました!こちらの方もよろしくお願いします!
『老いた英雄は栄光の道を逆走する』https://ncode.syosetu.com/n9338gp/




