欲望の神と運命の神と村人と従者の俺
相手は従神。人間より上位の存在。
本来なら人の手が届く存在ではないのだろうが、弱体化に加え運命の神の一言が俺に力をくれた。「力を貸すから」この言葉を信じるしかない。
骨の檻が大きく揺れ、軋み、骨を繋ぎ止めている関節が外れ、肉塊が檻の隙間からあふれ出し、千切れ落ちた肉塊の一部が地面にぼたぼたと落ちる。
落ちた肉片は潰れ広がるが、そこからムクムクと縦に伸びると腕のない人型になった。
それには大きな口と人間のような脚だけがあり、脚からは二本の触手が伸びゆらゆらと揺れている。
神が生み出した分身となると強敵と相場が決まっている。少しでも時間稼ぎになればいいと、流さんからもらった水風船を取り出して投げつけた。
水風船は空中で弾けると、中身としては明らかにおかしい水量が薄く広がり、地面一帯を濡らす。
すると、地面が一瞬にして泥のように液状化。肉片の脚が膝下まで埋まる。
助かります、流さん!
「前衛と後衛に別れて地上の敵に集中してください! チェムさんと私は後方に控えましょう」
混戦になったら足手まといになるのは目に見えている。
チェムと目配せをすると戦線を離脱して、辛うじて柱と壁が残っている廃墟に身を隠す。
護衛にはディスティニーとゴチュピチュが付いてきてくれている。
「私はこの板を使って神の像を召喚するのに意識を集中しなければなりませんので、何かあったら教えてください」
「わかりました!」
これで《ゴーレム召喚》に没頭できる。
戦況は……よくない。あの肉片は一見、柔らかそうに見えるが攻撃が一切通じていない。矢は弾かれ、刃は切り裂けず、ニイルズの怪力で殴った鈍器もその衝撃を吸い込まれてしまっているようだ。
おいおい、物理攻撃を無効化かよ。肉片とはいえ神の一部ということか。
「となれば、神の出番だよな!」
手慣れた動きでスマホを起動させ、奇跡の《ゴーレム召喚》をしようとしたら、その下に《特別プレゼント》という初めて見る項目があった。
チカチカと激しく点滅していて、存在を過剰にアピールしている。「力を貸す」との言質を取ったので、これがそのことだと思う。
だとしたら迷う必要はない。この新たな奇跡に託そう!
《特別プレゼント》と《ゴーレム召喚》を連続でタッチする。
いつものようにスマホの画面がゴーレム用に変更されると、映像がニイルズの後ろ姿で埋め尽くされた。
まだ、背負われたままだったな。
繋ぎ止めていた縄を切り落とし、背中から飛び降りる。
「運命の神が降臨されましたぞ!」
欲望の神の肉片と戦っていた仲間たちが、ニイルズの声を聞き歓声を上げる。
士気の上げ方を心得ているな。さすが、多くの人を従えていた元神官長だ。
神の像の体をざっと見回してみるが特に変化はない。《特別プレゼント》の効果は神の像とは関係なかったのか。
「ヨシオ様、ヨシオ様、ヨシオ様っ⁉」
映像に集中していると、名を連呼しながら激しく体を揺さぶられた。
「どうしたのですか、チェム……ぅぅぅぅ⁉」
取り乱した声に促され視線を隣に向けると、眼球がこぼれ落ちそうなぐらい目を見開き戸惑う表情のチェムがいた。
何事かと声を掛けようとしたが、その指差す方向を見て言葉を失う。
そこには金色と銀色の剣が二本転がっていた。その刀身は細く、日本刀のように片刃で反った形をしていたのだが、問題はその柄だ。
柄には装飾が施されていて、尖った細かい鱗模様のような絵柄が彫られている。そして鍔に当たる部分には――見慣れた顔があった。
そう、それは見間違いようがない。
「ディスティニー、ゴチュピチュ?」
馴染みのバジリスクに顔がそっくりだった。剣は二匹が体を真っ直ぐ伸ばして、口から刃を生やしたような全体図をしているが……まさか、な。
「急に光ったと思ったら、このような形になったんです」
チェムも我が目を疑っているようで言葉に力がない。
これが《特別プレゼント》の結果だというのは即座に理解できた、が感情が追いつかない。
「二匹が剣って……。ああもう、驚くのはあとだ! 迷っている暇はない!」
俺は神の像を操作して、ぶよぶよ動く肉片を剣で殴り飛ばすと、自分たちのいる場所へ走らせる。そして、金色の剣を右手に銀色の剣を左手に握る。
すると、木製の神の像に変化があった。
髪が黄金に輝き、着衣は銀色に染まり、その肌が人のように変質し、瞳には金と銀の光が宿る。
「なんと神々しいお姿……」
神の姿を目の当たりにしたチェムが歓喜のあまり、ボロボロと涙を流して祈りを捧げている。
俺も同じぐらい感動して間抜けな顔を晒していたが、スマホの画面に映る自分の顔を見て我に返った。
バカ面を晒している時間の猶予はないだろ!
深呼吸を繰り返して精神を落ち着かせる。集中、操作に集中だ。
神の像が一歩踏み出すと、地面から土煙が巻き上がる。それだけの動きでガムズたちの場所へ戻っていた。
まるで瞬間移動したかのような、目にも留まらぬ移動速度。
「えっ、なんだこの動き」
たった一歩進む操作をしただけで、地面すれすれを飛ぶように移動した。
敵も味方も神の像に驚き、唖然として動きが止まっている。
いち早く立ち直った俺は、近くにいた肉片を左右の剣で斬りつける。
いとも容易く頭から両断される肉片。仲間たちはそのぶよぶよの皮膚を貫けずに苦戦したというのに。
二つに裂けた肉片の断面図をよく見ると、切り口が石化している。
そうか! この剣は二匹のバジリスクとしての能力が使えるのか。だから、触れた部分を石化することで、物理攻撃を無効化する能力を消し去ったと。
「いける、これなら、いける!」
神の像が両手の剣を掲げ地面へと同時に振り下ろす。
それが「下がれ」という合図なのを村人は知っているので、ハンターに説明して肉片を牽制しながら後退っていく。
後は任せてくれ。神との代理戦争なら、運命の神の代理をやっている俺の役目だ。
後退する仲間を襲おうとしていた肉片を次々に切り捨てていく。まるで温めたバターでも切るように、あっさりと分断されていく。
倒れた肉片は切り口から石化が広がっていき、数秒後には歪な石と化していく。
一分もかからず敵を石へと変貌させると、神の像の周辺に影が落ちる。見上げて確認するまでもないと、後方へ一気に跳ぶ。
離れた場所にいる俺たちの体が浮くほどの振動の正体は、上空から落ちてきた欲望の神。
無数の目と鼻がある肉塊には、壊れた骨の檻の破片がいくつも突き刺さり、それが鋭いトゲとなって身を守っているかのようだ。
骨の刺さっている部分から鮮血が噴き出し、全身が血で彩られている。
「独りだったらびびって泣きそうだけど、俺にはみんながいる」
守るべき人々がここにいる限り、俺は引かない! 逃げない!
神の像が踏み出すより早く、欲望の神の体から肉の触手が伸びてきた。その先端は鋭く尖った骨の破片でコーティングされ、凶暴さと攻撃力を増している。
金の剣で触手を斬りながら弾くと切り口が石化するのだが、石になった部分は即座に千切れ落ち、石化が広まるのを防ぐ。
「学んでいるのか」
二本の触手を捌いていたが、敵もこれでは埒が明かないと考えたのか触手の数が十本に増えた。
相手の攻撃よりこっちの剣捌きの方が早い。だけど、この数を凌ぎきれる自信は……ない。今の神の像がどれぐらいの防御力を誇るのか不明なので、攻撃を試しに受けてみるという賭けに出るつもりはない。
自分が有利なのを悟ったのか、肉塊の大きな口がニヤリと笑ったのが見えた。
「普通に攻撃されたら確かにヤバいけど、その姿が運の尽きだったな!」
二本の剣を胸の前で交差させると、相手に向けて突き出す。
刀身をくわえていた二匹のバジリスクの口が大きく開くと、そこから紫色の煙が噴出された。
正面から煙をもろに浴びた触手と欲望の神。
触手は力なく地面に横たわり、欲望の神はそのぶよぶよの体を激しく揺らし、もがき苦しんでいる。
「どうだ、ダブル毒の息は」
石化の力が使えるのなら、これも使えるだろうと、ぶっつけ本番で試してみたが成功。
相手は巨大な口と鼻と目がある。なら、毒の息が通じるだろうとやってみたが効果てきめんだ。
こちらは人間のような姿にはなったが、元は像なので毒の影響は受けない。だから、まだ毒の煙が充満している場所に踏み込むのをためらう理由がない。
紫の煙に頭から突っ込み、大きく跳躍する。
眼下には煙が晴れて無防備な頭頂部を晒している欲望の神の頭があった。頭頂部の涙を流している目に、落下速度と体重を乗せた二本の剣を――深々と突き刺す。
「ダメ押しだ。ディスティニー、ゴチュピチュ頼む!」
再び、剣の顎が開き、紫の煙を体内に直接注入する。
大量の煙が入り込んだことで、その体が風船のように膨張すると、鼻と目と口から煙があふれ出し、爆発四散した。
村人たちに煙が届かないように意識すると、煙は存在しなかったかのように直ぐさま消え、飛び散っていた肉片は泡立ち消滅していく。
勝利の余韻に浸っている暇もなく、スマホからファンファーレが鳴り響いたので視線を落とすと、
《攻略ポイントすべてクリアー。禁断の森が領地となりました》
という金色の文字が浮かび上がってきた。
よっし、これでミッションコンプリートだな!
この嬉しさを共有したくて、村人たちに視線を移すと……欲望の神がいた場所に雄々しく立つ神の像を、真剣な眼差しで見つめ祈りを捧げている。
余計なことは言わない方がいいみたいだ。スマホの画面の右上に表示されている《運命ポイント》が急激に加算されていくのを眺め、黙って見守ることにした。




