渦中の俺
地面から次々と現れるモンスターを全員で潰していく。
俺もさっきから蹴り飛ばしているが、まだ肉がこびりついて腐敗臭のするゾンビ……じゃなかった。死動体は避けて、スケルトン……骨動体に狙いを定めていた。
正直、モンスターを蹴り飛ばす行為には抵抗がある。というか、普通に怖い。
だけど、以前に村で黒犬や緑小鬼に遭遇したときの経験のおかげでなんとか動ける。
怖くて辛い役目を村人たちにすべて押しつけるわけにはいかないよな。ほんの少しでもいいから力にならないと。
「しかし、想像以上の破壊力だ」
ちなみに履いている靴はつま先を堅く加工してある安全靴と呼ばれるもので、以前、工場の清掃に行ったときに履く必要があったので、社長から譲り受けた物だ。
本来はつま先に重い物が落ちても守ってくれるための仕様なのだが、薄い鉄板が入っているだけあってキックの威力がかなり増している。ボロボロの頭蓋骨ぐらいなら軽く砕けるぐらいに。
本当はバットを家から持ってくるつもりだったのだけど、ケースに入れたとしても移動中に怪しまれて荷物を調べられたら、カバンに潜んでいるディスティニーが見つかってしまう。
それを恐れてバットの持ち出しはあきらめた。
モンスターたちは体が土から出る前に攻撃されているので、ろくな反撃も出来ずにただ倒されるだけの存在と成り果てている。
「他のゲームならいい経験値稼ぎの狩り場だな」
そんな感想を抱く余裕があるぐらいの楽勝ムード。
カバンの中には港近くのホームセンターで念のために買っておいた、お手頃サイズのカナヅチが入っているのだけど、この調子なら出さずに済みそうだ。
この一帯の死動体と骨動体が尽きたのか、新たなモンスターの出現がなくなった。
何故かガムズやハンターたちの視線がニイルズとチェムに集中していたので、俺も釣られてそっちを見ていると、目を閉じて何か祈るような仕草をしている。
「付近に不浄な気配は感じませんぞ」
「はい、不浄な気は消えました」
二人はきっぱりと断言している。
聖職者の魔法に近くにいるアンデッドの存在を感知する魔法のようなものが使えるので、彼らが言うなら間違いない。
この場の敵は掃討したようなので、再び前進を開始する。
確かこの先に墓場があって地下室に続く階段を見つけて、そこで配信者が閉じ込められていた。
俺の記憶を証明してくれるかのように無数の墓石が迎えてくれている。
以前、モンスターが現れた際に倒れた墓石はそのままになっていて、地面に空いた無数の穴も残っていた。
さっきの場所と違って、ここの敵はもう出現しないということなのだろうか?
「ふむ、近くに敵はもうおらぬようですな」
「そうですね、ニイルズ様……さん」
聖職者の二人がそう言うのなら信用させてもらおう。
地下室へ続く階段もあっさり発見したところで、全員が俺の方を向いた。
これは指示を求めているって解釈するべきだよな。
「我々の目的はこの場所の浄化です。ですが、彼らを先に救出しておいた方が人質として利用されずに済むでしょう。お手数だとは思いますが、まずは救出しておくべきかと」
自分で言っておいてなんだが、人質に取られて武器を捨てろなんて脅されても従う気は微塵もない。だけど、助けられるなら助けてやりたいとも思っている。
足手まといと簡単に割り切れるような性格なら、そもそもこんな場所まで来ていない。
村人が一番大切、でも配信者も救ってやりたい。それが本音だ。
「一つ心配なのは、おそらくこの村を見張っている連中がいるということです。これは確定ではないのですが、邪神を崇める者が裏で糸を引いている可能性があります。なので、くれぐれも注意と警戒を怠らないように」
これだけは伝えておかないと。モンスターだけに気を配っていたら、思わぬ痛手を負うかもしれない。
行動原理が単純なモンスターより、背後で操っている人物の方が厄介に決まっている。
今も覗き見されて、この会話だって盗み聞きされている可能性が高い。
モンスターとの戦闘で役に立てない分、プレイヤーへの対応はできるだけ俺が引き受けるべきだと考えている。
「邪教徒が絡んでいるとなると気が抜けませんな」
ニイルズの顔から笑みが消えると、大きく息を吐く。隣でチェムも難しい顔をしている。
主神側の信者として邪教徒に対して思うところがあるようだ。
「我々が再び助けに来ることも読まれているかもしれません。罠にも充分に気をつけて」
階段入り口を調べている小柄なハンターに注意を促すと、神妙な面持ちで頷いた。
念入りに辺りを調べてから、小柄なハンターを先頭に階段を下りていく。何かあったら知らせてもらうように、外には一組のハンターを残して。
階段を下りるとコンクリートで固められた空間があり、鉄扉が見える。
これはPC画面越しより生で見た方が不気味に見えた。
全員が目配せをして剣を持つ者は鞘から抜き、戦闘態勢を整えた状態でゆっくりと扉が開かれる。
そこにはコンクリートに囲まれた殺風景な部屋――じゃないぞ。テレビやゲーム機、漫画がぎっしり詰まった本棚。
大きなクッションがいくつも置かれていて、その上に寝そべりだらけている人と目が合う。
以前と比べて驚くほど生活環境が改善されている。
俺たちの方をちらっと見ただけで、ゲームや読書を続けていた。
以前とはまるで違う内装に素っ気ない態度の人々。彼らは配信者で間違いない。それは顔を見ればわかる。
わからないのは、この態度だ。前は涙を流して助けてくれと懇願していたのに、この変わり様はなんだ。
「皆さん、助けに来ました」
チェムがそう言うと、こっちに目線は向けたが直ぐに目を逸らす。
何か発言はないかと待っていたが沈黙が場を支配している。
「おい、あんたら! 助けに来てやったんだぞ!」
相手の反応に苛立ったハンターの一人が近くにいた配信者に歩み寄ると、大声で怒鳴りつけた。
すると、配信者はうっとうしそうに手を振り、わざとらしく大きくため息を吐く。
「何言っているかわかんねえよ」
あっ、そうか。失念していた。彼らは日本人だから異世界の言葉は通じない。
ここで話を付けるのは俺の仕事だった。
「なら、私が話しましょう。これなら通じますよね」
俺の話す言葉は勝手に異世界語に翻訳されているが、意識すれば日本語として相手に届けることができる。
「おっ、日本語じゃね。あんた、日本人か」
「はい。皆さんを助けに来ました。ここがどこかは理解されていますか?」
彼らはホラースポットに足を踏み入れ、そのまま監禁されている。なので、ここが異世界なのかを理解しているかどうか、それを確かめておきたい。
知っているか知らないかで、このあとの展開が変わる。知っているなら、正直に話して連れ出せばいい。知らないなら適当に誤魔化せばいい。
「あー、ここが異世界ってやつか?」
おっと、知っているのか。他の配信者も頷いているので共通の認識のようだ。
「異流無神村だと思ったら異世界だったなんてな。これ公表したらPVめっちゃ増えそうだよな」
「バズんじゃね?」
状況を本当に理解しているとは思えない呑気な会話を交わしている。
前に見たときと違って全員の顔に悲壮感や危機感がない。まるで自宅のようにくつろいでいるようにしか見えない。
「状況を正しく理解されています?」
疑問をそのまま口にしてみた。
そんな俺を訝しげに見る配信者たち。――その目は暗く濁っていた。
なんだ、この生気を感じない虚ろな目は。
予想外の反応に少したじろぎそうになったが、村人たちの前で情けない姿を晒すわけにはいかない。
虚勢を張って表向きは動じずに向き合う。
「わかってるよ。ここが邪神様とかいうのを崇めるヤツが取り仕切っているところで、異世界と日本を繫げるか調べるために、実験体として俺たちが捕まってんだろ?」
……大筋は理解している。だったら、なぜ逃げようとしない。
「それがわかっているなら――」
「ほっといてくれ。俺たちは好んでここにいるんだからよ。それに一度見捨てておいて、今更何言ってんだ。ここにいれば衣食住は保証されてんだぜ。働かなくても遊んで生きていけるんだ、こんな幸せはないだろ?」
「「「そうだ、そうだ」」」
両手を広げ幸せを語る配信者に同調する連中。
脅されて従順に従う振りをしている……ようには見えない。悲壮感が欠片もない緩みきった顔。だらけきった態度。
本心で言っているとしか思えない。
「確かに今は衣食住が保証されてますが、実験体として利用されるのですよ? 失敗したらどうなるかわからないのに、危険な行為だというのは承知しているのですか?」
「日本で生きていても、交通事故に遭って明日死ぬかもしれないし、病にかかってお陀仏なんてこともあり得るだろ。最近じゃ仕事だって一生続けられるかどうかもわかんねえ。だったら、今が幸せならそれでいいじゃねえか」
退廃的な考え。怠け癖が身についた者の言い訳。
情けない意見だとはわかっているが、俺も昔は同じようなことを考えていた。一年前の自分が同じ状況に陥ったら……同じことを口にしていたのではないか。そう思わずにはいられない。
「ここでは一緒に遊ぶ友達もいるし、だらだらしてても親も周りも何も言わねえ。蔑まれることだってねえんだ。天国ってのはこのことだろ」
昔の自分を見ているようで心が痛む。
家に居場所がなくて仕事もしなくて肩身が狭い。周りの目を気にしながら、それでも踏み出せなかった。そんな中、動画配信で一発当てようなんて考えていた人々がここに集まっている。
ここで彼らを説得する方法も考えはした。だけど、それは意味のない行為だ。この状態に陥ったら、他人の言葉なんかで意識が変わることはない。
心に響く言葉であっても、それは時間を掛けて何度も根気よくやらなければ意味がない。この場で突然、考えが改まって反省する、なんていうのは都合のよすぎる絵空事。
それは俺が誰よりも知っている。俺が変われたのはゲームを通して村人との交流があり、動くべき理由があったから。それでも迷いに迷った挙げ句に、なんとか踏み出せたんだ。
「ヨシオ様、彼らはなんと言っているのでしょうか?」
言葉は通じていないが雰囲気で悟ったのだろう。ニイルズが心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「……彼らはここに置いていきましょう。まずはここの敵を倒すことに専念して、そのあと連れて行きましょう」
強引に脅して連れて行くことは可能だが、そんなことをしたら足を引っ張るに決まっている。だとしたら、ここに放置して全てが終わってから連れて行った方がましだ。
それにあの目が気になる。現実を見ていない空虚な瞳。
村人やハンターから反論の一つでもあると思ったのだが、相手の態度から察してくれたようで誰も何も言わずに従ってくれた。
配信者の彼らには何も言わず鉄扉が完全に閉じる瞬間、彼らを見る。既に俺たちから興味がなくなったのか、全員が読書やゲームに戻っていた。




