トンネルを抜けるとそこで俺は
視線の先に光が見える。
どうやらトンネルの出口らしい。
まだ距離があるので光の点にしか思えないが、手元の明かりしかない空間だとやけに眩しく見える。
早足だった速度を小走りに変更して、首元のディスティニーを撫でながら進んでいく。
点だった光が徐々に大きくなり、視界の大半をトンネルの向こう側の光景が埋め尽くす。
先に見えるのは焼け焦げた廃墟。炭の黒と灰で埋め尽くされた世界。ガムズたちが一度訪れたときと変わりがないように見える。
あと数歩進めばトンネルから出られるところで足を止めて耳を澄ます。
『もうすぐ敵地だ。油断はするな』
ガムズの声が耳元でした。たぶん、同じ場所にいるな。
スマホを取り出してガムズたちの様子を探ると、トンネルの出口付近で固まっている。
全員がいるか点呼をしてから、ハンターたちが出口の壁に貼り付き外の様子を覗う。そして、ガムズに目配せすると大きく頷き右手を掲げた。
「合図だ」
それを見ると同時に俺はトンネルの外へと踏み出す。
入り口に突入したときと同じような奇妙な感覚に一瞬包まれるが、二度目の体験なので無視して足は止めない。
暗闇のトンネルから廃墟。事態が好転しているとは思えないシチュエーションだが、こっちは開放されているから、まだマシなはず。
それに……。
体にまとわりつく空気を振り払うように大地を力強く蹴り、トンネルを抜け出た。
目の前に広がるのは柱も梁も炭となって崩れ落ちている民家の数々。それも最近まで燃えていたかのような焦げた臭いが鼻につく。
空は曇天。こんな場所に一人でいたら心細さを覚えて逃げ出したくなっただろう。だけど、今は。
「おい、お前誰だ! 前にいたヤツじゃないだろ」
背後から聞こえる詰問する声。
振り向くとハンターの一人が切っ先を突きつけていた。他のハンターも俺を取り囲み武器を構え警戒している。
懐かしいな、この対応。
初めて村を訪れたときのガムズを思い出して苦笑いしてしまう。
「貴様、何がおかし――」
「待ってくれ、その人は知り合いだ」
「ヨシオ様っ!」
割って入り止めてくれたのはガムズとチェムの兄妹。
他にもムルスとカン、ランも俺をかばうように周囲に立ってくれた。
「お久しぶりですね、皆さん。お元気でしたか」
いつもの自分とは違うモードにスイッチを入れて話し掛ける。彼らの前では良夫ではなく、神の従者ヨシオにならなければ。
「なんだ、既知の間柄か。説明してもらえるか」
ハンターのリーダーが仲間に武器を下ろすように指示をしてから、じっと俺の顔を凝視している。
彼らからしてみれば知らない胡散臭い男が突然現れたに過ぎない。警戒して当然だ。
スディールとニイルズは村人だが、俺が日本に戻ってから加入した組なので戸惑った表情をしているな。
チェムは一度咳払いをしてから、チラリと俺の方を見て軽く頷く。それを見て俺も会釈しておく。
「こちらのお方は運命の神の従者をしておられる、ヨシオ様です。以前も村を訪れて共に過ごされました」
説明を聞いて「「「おおっ!」」」と驚く声が漏れ、続いて「な、なんですとおおおおっ!」鼓膜を揺るがす歓喜の雄叫びがした。
声の主が誰か探るまでもない。元神官長のニイルズだ。
ドスドスと地響きを上げながら迫る、顔面が涙まみれの大男。顔に貼り付けていた笑みが引きつってしまうのは仕方ないよな。
「貴方様が! お噂は村人より伝え聞いております! 私の名は」
「知ってますよ、ニイルズさん。村のために尽力していただき、ありがとうございます」
「もったいなき、お言葉!」
ニイルズの手を取って微笑みかけると、感涙の量が増した。あとで水分補給させる必要がありそうだ。
「私もニイルズさんと会えてうれしいですが、ここは敵地。もう少し声を抑えていただけると助かります」
「失礼しましたっ! あっ」
大声で返す自分の口をニイルズが慌てて押さえている。
その大袈裟な動きに場の空気が和む。
何かとリアクションが大きいニイルズのおかげで、突然現れた俺への警戒心が薄れたのを肌で感じる。
「皆さんと、もっとお話ししたいのですが今はそれどころではないようです。まずは神の国の住民を助け出しましょう。そのあと、時間があればゆっくりお話でも」
「そうですね。わかりました」
ガムズが了承したことで全員が一応納得してくれたようだ。
とはいえ、面識のあるメンバーには何か言っておこうか。
「ガムズさん、チェムさん、ムルスさん、カンさん、ランさん、お久しぶりです。皆様と再会できたことを嬉しく思います」
「わ、私もです」
と返してくれたのはチェムだけで、残りの面々は基本無口なので頷いただけだったが、その顔がほころんでいたのは目の錯覚じゃない。
「スディールさん、村に移り住んでくださったのですね。運命の神もお喜びになっていました。自然の神もその判断を称賛されていましたよ」
正確にはプレイヤーだが、ここでそれを言う必要はない。
「ヨシオ、様は自然の神と会ったことがあるの?」
スディールがぐっと顔を近づけると、俺の瞳を覗き込む。
神の従者に対しても日頃の態度を崩さないのは、むしろ好感が持てる。
「はい。運命の神と親しい間柄ですからね。私も何度か拝謁しています。ダークエルフの皆様の活躍に一喜一憂されていましたよ」
「そうなんだ、ふーん」
と、一見興味のない素振りに見えたが、その頬はゆるみっぱなしだった。
自分たちの崇める神に褒められたら誰だって嬉しいよな。
そこでふと、自分の肩が軽くなっていることに気づく。打ち解けられたことにより肩の荷が下りた、というより実際に肩に乗っていた荷物が下りたからだ。
ずっと首に巻き付いていたディスティニーだったが、今は足下にいて自分と同じ種族の銀色のトカゲ――ゴチュピチュと向き合っている。
舌をちょろちょろと出して左右に揺れているのは、トカゲ業界では意味のある行為なのだろうか。
今度は二匹で互いの尾を追いかけるように、その場でぐるぐる回っている。なんなんだろう、これ。
奇妙な動きをしている二匹を見守ってやりたいし、村人と話したいことは山ほどあるが、場所が場所だけにわきまえないとな。和みムードはここまでだ。ゆるみそうになっていた気を引き締めないと。
立ち話は時間の無駄なので、まずは目的地を目指そう。
「積もる話は歩きながらで」
俺が促すと全員が頷く。
ガムズとハンターが先頭に立ち、剣を鞘から抜いて前進する。俺たちも目配せをすると後に続いた。
配信者が捕まっていた場所まで距離がある。説明をする頃合いかな。
全員に聞こえるギリギリの音量で、ここにいる理由を話すことにした。
「私の目的は神の国の住民の確保。そして、彼らを無事に神の国へと届けることです」
「なるほど。僭越ですが質問をしてもよろしいでしょうか?」
「なんですか、ニイルズさん」
大きな体を縮めておずおずと手を上げるニイルズ。別に挙手しなくてもいいんだけど、その姿は芸をする熊っぽく見えて愛嬌がある。
「以前、あの方々を助け出そうとしたときはトンネルをくぐれませんでした。今回もその心配がありまして」
「そのことですか。それは私がいますので恐らく大丈夫です。私と一緒ならトンネルから一緒に神の国へ戻ることが可能なはずです」
「おおーっ、そうなのですね。さすが、従者様です」
大袈裟に感心してくれているが、本当に大丈夫……だよね? 運命の神様、信じていますよ。
「あの捕まっている方々は自業自得ともいえる過ちを犯しました。助け出した後に強めの説教する必要がありますが見捨てるわけにもいきませんので」
頭を掻きながら、わざとらしくため息を吐く。
「忘れないで欲しいのですが、この場所を攻略するのが第一目標ではなく皆さんの身の安全が一番です。彼らの救出はいざとなれば忘れてくれて構いません」
目的をはき違えないように釘を刺しておく。
実際の話、配信者が犠牲になるようなことがあったとしても、俺は迷うことなく村人たちを優先する。どちらの方が大切かなんて、比べる価値すらないと思っている。
「すみません、話はそこまでで。現れました」
ガムズの静かに忠告する声を聞いて、全員の足が止まる。
俺とチェムを中心に円陣が組まれ、ディスティニーとゴチュピチュは体を駆け上り、右肩と左肩に陣取った。
辺りには焼け焦げた地面があるだけで、崩れ落ちた民家は存在しない。
ここは元々は広場や公園だったのかもしれないな。村の中だというのにかなり殺風景だ。
ピンと張り詰めた空気の中、息を吞んで待ち構えていると周辺の地面がぼこぼこと盛り上がっていく。
土を押しのけるようにして姿を見せたのは無数のゾンビとスケルトン。
頭や手が土から伸び、上半身を押し上げ地面から出てこようとしている。
「潰すぞ!」
そんな隙だらけな敵を悠長に待つのはゲームの世界だけらしく、ガムズたちはまだ下半身が土に埋まって動けないモンスターを容赦なく叩く。
その場から動けないので避ける術がなく次々と葬られていくモンスターたち。
……ゲーマーとして少しだけ思うところはあるけど、これが効率的な方法だよな。隙を晒している敵が悪い。
足下から顔を出そうとしていたスケルトンの頭蓋骨を全力で蹴り上げながら、心の中で言い訳をしておいた。




