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村づくりゲームのNPCが生身の人間としか思えない  作者: 昼熊
五章

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蠢く蜘蛛とドン引きする俺

 今日は二つ目の攻略ポイントに向かう日だ。


「バイトは休み、準備も万端」


 早起きして独りで朝食を食べ終わると、ペットボトルやお菓子を持って自室に戻った。今日は蜘蛛退治が終わるまでここを動かない予定にしている。


『緊張しますね』


 PCから聞こえてくる声は、おなじみの真君。

 彼の聖書は万が一を考慮して、村に残してもらっておく手はずになっている。防衛を任せられるもう一人のプレイヤーがいると、こういうときに助かるよな。

 現場に聖書がないと村人の声がプレイヤーに届かないから、俺のPC画面を共有して見る設定にした。これなら村を見守りながら現場も確認できる。


「そうだね。うまくいくといいんだけど」

『参加人数が結構減ったのが痛いですよね。大丈夫でしょうか?』


 真君が不安がるのも無理はない。今回のメンバーは男性がメインとなって女性の不参加が目立っている。

 村の主要人物からはガムズとカン、そして元神官長のニイルズだけだ。チェムは無理して同行しようとしていたがガムズに説得されて辞退。

 ムルスとスディールは《禁断の森》育ちなのに蜘蛛が苦手のようで、今回は同行を見合わせた。代わりにエルフとダークエルフから男性が数名参加しているので問題はない。

 あとは五人組のハンターが二チーム。四人組が一チーム参加。

 異世界でも蜘蛛が苦手な人は多いらしく、特に女性は蜘蛛を恐れる人が多かった。


『あの大蜘蛛って肉食で人間の子供と女性を好むの怖すぎですよね』

「だよな。女子供が大好きな食人蜘蛛なんて洒落にならないぞ」


 駆除目標の大蜘蛛には人肉を好むという習性があって、特に肉の柔らかい子供と女性が好物らしい。それを知っているので女性陣は揃って参加を拒否。

 大蜘蛛の特徴は大きな蜘蛛の巣を張り、糸を相手に絡めて引っ張り上げて巣に貼り付ける。そして、神経毒を注入して動けなくなったところを丸かじりする。

 完全にホラー映画のワンシーンだ。

 一度糸に捕まると単独で抜けるのは難しいので、参加者全員は事前に柑橘の汁を体に塗っている。これで、もし捕まっても食べる際に臭いでためらうはず。

 人間の感覚だと食材から仄かに柑橘系の香りがしたら食欲が増しそうだが、相手は蜘蛛なのでその心配はない。

 結局、蜘蛛駆除に向かうのは男性のみで二十三名。残りは村でお留守番だ。


『お兄様、同行できずに申し訳ありません……』


 身を縮めて謝る妹にガムズが歩み寄り、頭に手を添えた。


『気にするな。村で待っていてくれた方が安心できる』


 兄としては戦闘に参加しないことを喜んでいる節がある。同じく妹を持つ身としてその気持ちは痛いほどわかるよ。できるだけ、危険なことはさせたくないよな。


『すまない、私も参加したかったが』

『したかったら行けばいいのにー。今回は出番譲ってあげるわよ?』


 無言で睨み合うムルスとスディール。

 いつもなら相手を押しのけてでも戦闘に参加して、どちらが優秀か腕を競い合う二人だったが、今回ばかりは名乗り出ることはなかった。


『二人とも村の留守を頼む。二人が残ってくれれば安心して戦場に行ける』


 ガムズにそう言われて悪い気はしなかったのか、二人は微笑むと同時に頷く。

 ガムズって昔はもっと言葉足らずだったけど、近頃は重要な場面ではしっかり話すようになった。

 内政のリーダーはロディス。戦闘のリーダーはガムズ。二人とも安心して任せられる人材だ。

 一行が村を出たので先回りして攻略ポイントを下調べしておく。といっても、入り口付近までしか探索が済んでいないので、至る所に蜘蛛の巣が張ってある森が見えるだけだけど。

 大蜘蛛の縄張りは草木が鬱蒼と茂った深い森で、日光があまり通らない。そんな森に巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされていて、ホラーの舞台としては申し分ない。


 人の腕ぐらいの全長がある蜘蛛がちらほらと見えるが、森の奥に行けば大人の体長を超える大物がゴロゴロいるそうだ。

 画面越しで遠巻きに観察しているだけだというのに、そのおぞましい姿に背筋がぞわぞわしてしまう。アレを直視して退治しなければならないガムズたち駆除隊のみんなには頭が上がらないよ。

 いつもより足取りが重く見える彼らに向けて、手を合わせて頭を下げる。

 昨日から参加するメンバーの会話を覗き見していたけど、蜘蛛が得意! という人は誰もいなかったからな。気乗りしていなくても村のためやハンターの仕事として割り切っているのがほとんどだ。


『蜘蛛かー。あれ苦手なんだよなぁ』

『脚が五本以上あるやつは認めねえ』

『生理的に無理だ』


 とかこぼしていたからな。異世界の住民も地球の住民も苦手に思う感覚は似ているようで安心すると同時に、申し訳なさが増す。

 少しでも大蜘蛛の耐性を付けようと、蜘蛛みたいな化け物に襲われる映画を観たのだが、その映画のワンシーンで敵地に赴く主人公を見送ったキャラたちの心境が今になって理解できた。


「少しでも何かの役に立てたらいいんだけど」


 駆除隊のためにやれることは事前に敵地の観察。危険があれば神託で伝える。あとは《ゴーレム操作》で暴れまくるぐらいか。





 結局、森の入り口やその周辺で注意を促さないといけないような出来事もなく、ガムズたちが到着した。

 ニイルズが背負ってきた神の像をここからいきなり暴れさせるのもありだが、森の奥がどうなっているかも不明で、拠点を守る巨大な蜘蛛の居場所もわかっていない。

 黒で埋められた見えない範囲はかなりの広さがあるので、起動させてもポイントが先に尽きる恐れがある。

 なので、ボスらしきモンスターを見つけるか、半分以上は探索を終えてからじゃないと《ゴーレム召喚》を使うのは控えた方がいい。


『時間はかかるかもしれないが、ここは安全を最優先して固まって動こう』


 ガムズの提案に全員が頷く。

 勇猛果敢で危険にも慣れているハンターたちですら、神妙な面持ちで同意している。

 彼らは体に柑橘の汁を塗ってから、蜘蛛が待ち構えている危険地帯へと足を踏み入れた。

 いつもは両手に剣を持っているガムズだが、今日は槍を手にして蜘蛛の巣を払いながら進んでいる。

 他のハンターたちも棒や槍で蜘蛛の巣を除去しながら、ゆっくりだが前進している。時間はかかってもいいから、安全第一だ。


『蜘蛛のモンスターは上空から襲いかかってくるのが一般的ですが、他のモンスターがいないとも限りません。上ばかりではなく周囲の警戒も怠らないようにお願いします』


 いつものように笑顔を顔に貼り付けているニイルズの指摘に、上空ばかりを睨み付けていたハンターたちが慌てて視線を下に移している。

 そういや、ニイルズはいつもと変わらない様子に見える。蜘蛛が怖くないのだろうか。


『ニイルズ様……さんは、蜘蛛が苦手ではないのですか?』


 俺の心の声が聞こえたかのようなタイミングで、ハンターの一人がニイルズに質問してくれた。


『得意ではありませんが、苦手と言うほどでもありませんな。モンスターとは人の理から外れた見た目をしておりますので、もっと奇妙で奇抜な外見をしたモンスターとも遭遇しておりますよ。あれは三年ほど前でしたか、人間の顔が三つ付いたムカデのような……』

『その話はまた今度で』


 昔話を語り始めようとしたニイルズを慌てて遮るハンター。

 個人的にはそのモンスターの話に興味津々だが、今はそれどころじゃないから自重してもらおう。

 時折、上空の蜘蛛の巣に大きな蜘蛛が見えるが、エルフとダークエルフが次々と射落としてくれている。

 矢が当たると苦しそうにもがいているのは鏃に柑橘の汁を塗っているから。蜘蛛たちにとっては毒のようなものだ。


『うわっ、蜘蛛がっ!』


 それでも数が多すぎて何匹かは村人やハンターに襲いかかっているのだが、体にくっついた途端、臭いを嫌がって離れるのでそこを斬り倒されていく。

 思った以上に柑橘の汁作戦が順調のようで調べた甲斐があったよ。

 大きな被害もなく軽傷程度なら即座にニイルズの魔法が癒やしてくれるので、今のところ順調そのもの。

 黒く塗り潰され見えなかった一帯の中心部に到達しそうだ。

 少し前から蜘蛛との遭遇率が上がっているので、敵のボスが近いのかもしれない。


『そろそろ、モンスターの親玉がいるかもしれませんので、お気をつけください。繰り返しになりますが、敵の親玉は目撃談からして鬼毛蜘蛛だと思われます。特徴は硬い毛に全身が覆われ、頭に大きな一本の角が生えた巨大な蜘蛛です』


 ニイルズの説明は出発前にもしたものだが、改めて注意を促してくれている。

 他に注意点としては蜘蛛なので八本の足で糸を自在に操り人を絡め取るそうだ。なので、少人数で戦うとかなり厄介な敵なのだが、これだけ人がいると糸に動きを封じられても助け出すことが可能、なはず。

 大事なのは他のモンスターを寄りつかせずに戦えるかどうか。なので、ここまで来る際に目に付くモンスターは全て倒してきた。


「そろそろ、俺の出番かな」


 ボスが待ち受けているなら《ゴーレム召喚》で一気に倒すのが得策だ。

 銀色のバジリスク、ゴチュピチュも連れてきているので石化の準備もばっちり。ゴチュピチュは《使い魔》設定になっているので、簡単な命令がここからできる。

 ディスティニー並に頭がいいので、こちらの指示に歯向かったことはない。


『開けた場所に出たぞ』


 深い森に不自然なぐらいぽっかりと開いた空間。

 まだ百人にも満たなかった頃の村が丸々入るぐらいの開かれた場所には、わずかに日光が届いている。さっきまでよりかはマシだが薄暗いのは、上空に張られた巨大な蜘蛛の巣が光を遮っているからか。

 地面には無数の骨が散乱している。動物、モンスター、それに人間の頭蓋骨もいくつか。


「いかにもな場所だな」


 まさにボスステージに相応しい。


『周囲を警戒しろ。敵を見つけたら声出し――』

『ひっ、ぎゃああああっ!』


 ガムズの注意をかき消す悲鳴が森に響く。

 その声を放ったのはハンターなのだが、最後尾にいたはずなのに姿がない。

 全員が慌ててその姿を探し、ハンターの一人が彼を発見した。


『斜め後ろ上空だ!』


 声に従い視線が集中する。

 そこには歪に捻れた角を額から生やした巨大な蜘蛛がいて、糸に巻かれたハンターを引き寄せていた。


『たっ、助けてくれーーっ‼』

『矢を頼む!』


 エルフとダークエルフが一斉に矢を放つと、鬼毛蜘蛛は二本の足を前に伸ばし、その間に張られた網のような蜘蛛の糸に全て絡め取られた。

 それを見たガムズは腰にぶら下げていた手斧を投げつける。鬼毛蜘蛛にではなく、ハンターをたぐり寄せている糸を目がけて。

 斧の刃が糸を切断するとハンターが地上に落ちていく。その下に素早く回り込んだニイルズがしっかりと受け止めてくれた。


「ナイス、ガムズ! じゃねえ、俺の出番だろ!」


 独りツッコミをする俺を冷めた目で見ているディスティニーの視線は無視して《ゴーレム召喚》を起動させる。

 予め用意していた二本の剣を手に取る。右手の剣は鋭く光る刃で、左手の剣は光を一切反射しない鈍い色をしている。

 右手の剣で神の像を縛り付けていた縄を自ら斬り離すと、ニイルズの背中から飛び降りた。


『おおっ、神の奇跡がここにっ!』


 感涙して祈りを捧げているニイルズだが、彼の前で神の像が動いたのは初めてではない。もう五回以上は目の当たりにしているのに、毎回これをやってくれる。

 こちらとしても対応には慣れたもので、軽く剣を掲げておく。

 さて、問題は敵の位置だ。地面から十メートル以上高い位置に張った蜘蛛の巣の上にいるので、攻撃がここからだと通らない。

 それに体から生えた剛毛が、巣を抜けて届いた矢をすべて弾いている。

 ムルスの話だとあの毛は鉄よりも固いらしく、びっしりと覆った毛は堅牢な鎧となり攻撃を防ぐそうだ。

 神の像の怪力なら切り落とせる可能性が高いが、剣の強度が耐えられるかどうか。


「でも、やるしかないよな」

『神の邪魔にならぬよう、敵の注意を逸らせ!』


 ガムズたちが手にした槍や棒を投げつけ、エルフたちが矢を打ち上げる。

 距離が離れすぎているのでほとんどが届かなかったが、敵の注意はそっちに向いてくれている。


『ピギャアアア!』


 あっ、ニイルズの投げた人の頭ぐらいある石が命中した。流石の豪腕。

 殺気を込めた視線がニイルズに向けられるが、平然と笑顔を向けている。

 その反応に苛立ったのか鬼毛蜘蛛は先端を丸くまとめた糸を振り回し、地面に向かって振り下ろす。

 四つもの糸玉がニイルズに向かってくるが、それを避けようともせず正面から受け止めた。

 巨大な糸の玉が両手両足に貼り付くが、焦る様子は一切ない。


『糸を切り落とせ!』


 ガムズたちが慌てて駆け寄り、糸の玉に繋がる蜘蛛の糸を切ろうとするがそれを目で制すニイルズ。


『皆様、大丈夫ですよ。これで少しは時間が稼げたでしょうか?』


 その問いは……俺、つまり運命の神に対してだよな。その答えは――


「もちろん、助かったよ!」


 鬼毛蜘蛛よりも上空からその背中に落ちてくるのは神の像。

 ニイルズに注意が逸れている間に木を上り、更に上空を陣取っていた。

 右手の剣に全体重を乗せた一撃が、相手の背中に突き刺さる!


『ギャワッ!』


 鬼毛蜘蛛の悲鳴と同時に聞こえたのは金属音。剛毛を斬り裂き浅く突き刺さった剣が根元からポッキリと折れてしまっている。

 相手の皮膚も毛に劣らないぐらい硬いようで、傷は与えたがどう見ても浅い。

 必死になって暴れ神の像を振り落とそうとしているが、柄だけになった剣を投げ捨て右手で剛毛を掴み耐える。


「まだ、終わってない!」


 もう一本ある左手に握られた鈍い色の剣を振りかざすと、突き刺さったままの刃を蹴り飛ばし、その傷口に左手の剣を差し込んだ。

 その瞬間、神の像は吹き飛ばされたのは俺が操作をやめたからだ。今俺がやっているのは使い魔への指示。


「ゴチュピチュ、石化を解除しろ!」


 命令に従い石化を解除したのは神の像――ではない。神の像は初めから木製のままだ。何が石から元に戻ったのか、それは突き刺した石の剣。


『グギュルガギィイイイイイ』


 激しくもんどり打つ鬼毛蜘蛛が蜘蛛の巣から外れ、地上へと落ちてくる。

 全員が一斉にその場から退避すると、そこに鬼毛蜘蛛が墜落してきた。

 地上に落ちた衝撃で体の半分が潰れ痙攣している。全身から噴き出したモンスターの血には別の液体が混ざり、奇妙な色をしていた。


『これは果汁の香り?』


 ハンターの一人がいち早くその香りを嗅ぎ取ったようだ。

 そう、血と混ざっているのは大量の果汁。神の像が持っていた左手の剣は果汁を剣の形に固めた――石の剣だった。

 それを体内に潜り込ませ、元の液体に戻したことで体内に苦手な果汁が浸透。その結果がこれだ。


「よっし、作戦成功」


 相手の苦手な物を調べ、それを最大限に活かす方法を考えた結果が出てくれた。

 ない頭を絞ってよかったよ。


今日から最終話まで投稿ペースを上げます。毎週、火、金投稿になりますのでご注意を!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 読み飛ばししてしまってるかもしれないけど、蜘蛛退治の時に誰が何処で聖書を持っているのかチョット謎に。
[一言] このまますんなり解決すればいいけど。 まあ、そうはいかないんでしょうなあ。
[一言] 『五章の』最終話ってこと、ですよね…? 劇毒を傷口から直接流し込まれたんじゃあたまったもんじゃないよなw
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