害虫駆除の厳しさを知る俺
11月10日 本日発売となります。よろしくお願いします!
表紙の画質はかなり落としてますので、実際はもっときれいですよ~。是非、購入してお確かめください!
漫画の方も同日発売ですので、お忘れなく!
「社長、今日のは見学ということで」
「ボクは早退したいです」
「俺も俺も」
「はっはっは、逃がさねえぞ」
俺と真君と山本さんが扉の前から立ち去ろうとすると、回り込んだ社長が笑顔で妨害してきた。
数日前の話題にあった蜘蛛の駆除が前振りだったのか? と疑いたくなるような偶然で害虫駆除の仕事をすることになった。
現場はとある雑居ビルの地下。
二年前まではイタリア料理店があったのだが経営不振により廃業、そこからずっと放置されていたそうだ。
近々新たなオーナーがここで店を構えることになり、清掃の依頼があったので先日社長が下見に行き、今日が本番となった。
清掃内容は元レストランの床掃除とだけ聞いていて、俺たちは意気揚々と元レストランの扉を開けて即行で閉じたところだ。
「……酷いです」
「知ってたらサボったのに」
「社長、知っていたのに黙ってましたね?」
「聞かれなかったからな」
俺の質問に悪びれることなく答える社長。
床が思ったより汚いとか、冷暖房が完備していないとかは今更なので文句を言うこともないのだけど、これは予想外すぎた。
扉の先の光景を目の当たりにした真君なんて、顔面蒼白でさっきから小刻みに震えている。かわいそうに。
「結構色んな現場に来たことあるけど、これはないわー」
一番の古株である山本さんですら少し顔色が悪い。それぐらい、あの光景が衝撃的だったということだろう。
「お前らはまだいいだろ。俺なんてアレが生で蠢いているのを見たんだからな。俺が出入り口を塞いで、殺虫剤を放り込んだおかげで全滅しているだけマシだろ」
そうか、社長は生きているのを目撃したのか。それを想像すると確かにマシだけど。
「でも、床一面にゴキブリの死体が散乱しているのはキツいですよ……」
俺たちが目の当たりにしたのは、床が見えないぐらいに埋め尽くされているゴキブリの死骸だった。
ゴキブリが一匹だったら少し驚く程度で済むが、あの数十、いや数百はいる群れを見てしまうと怖じ気づいて当然だと思う。
「蜘蛛の駆除を今度するんだろ。その前哨戦と思えば楽勝楽勝」
いや、蜘蛛の方がまだいい。と反論したくなったがぐっと堪える。
これは仕事なのだから文句を言うのは筋違いだ。……と強引に自分を納得させるしかない。
「よっし、そろそろ行くぞ。死骸を箒で集めて袋に詰めてくれ。生き残りがいたら、可哀想だが駆除頼むぞ」
そう言って殺虫スプレーを渡された。
できれば使う機会がないといいな。
「まだ殺虫剤の成分が残っている可能性があるから換気は忘れずにな。いつまでもびびってねえで、さっさと終わらせるぞ」
「「「はーい」」」
覇気のない声で渋々だが返事をする俺たち三人だった。
「あら、早かったわね。晩ご飯いるんでしょ?」
帰宅一番、母に訊ねられた俺は即答する。
「いらない……。ちょっと食欲なくて」
あれを見て食欲が湧くほど豪胆じゃない。あとで我慢できなくなったら何か食べよう。まずは何よりも先に風呂に入りたい。
あのあと、殺虫剤に耐えた生き残りが数十匹いて……やめよう、もう思い出したくもない。
素早く作業服を脱ぎ捨てて、空っぽの洗濯機に放り込むと洗濯を開始する。家族の服と一緒に洗ったら確実に苦情がくるからな。
浴室に入って念入りに体を洗ってから湯船に浸かる。
「今日のことは忘れ……いや、勉強にはなったか」
攻略ポイントの前哨戦と考えれば悪くない。悪くない……かなぁ。
蜘蛛とゴキブリどっちの方がマシかと問われたら、どっちだろう。本気で悩む。
ただ、今回の仕事で少しは虫への耐性が付いたはず。それにあっちは画面越しだからインパクトが緩和される。
「村人たちはもっと辛いんだから、あれぐらいは耐えないとな」
巨大な蜘蛛退治と今日の清掃を比べたら、どっちが過酷かなんて言うまでもない。
「チェムは無理っぽいし、ムルスもスディールもあの調子だと無理だよな」
次の攻略ポイントは既に伝えていて、そこにどんなモンスターが生息しているかも村人たちは理解している。
明日、退治予定で参加するメンバーは一応だが決まっている。そこにチェムも含まれていたが、どう考えても無理をしているので明日は不参加でいいか。
ムルスとスディールが意地を張って参加を表明するかもしれないけど、そうなったら神託を使ってでも止めよう。
やる気がないのに参加しても足を引っ張ることになりかねないし、無理強いはしたくない。
「そういや、バジリスクって虫はどうなんだ?」
当たり前のように浴槽に浮いているディスティニーに話し掛けた。
家族も風呂好きなのは知っていて、一緒に風呂に入っても注意すらされなくなっている。
呼んだのに振り向きもせずに大きな目をキョロキョロとさせ、窓際の方をじっと見つめている。俺も釣られるようにそっちに視線を向けると小バエがいた。
目にも止まらぬ速さでディスティニーの口から舌が伸びて小バエに貼り付くと、瞬時に巻き戻るように口に収まった。そして、口をもぐもぐさせている。
「……平気みたいだな」
舌が伸びるのってカメレオンとかカエルじゃなかったけ、とは思ったが突っ込まない。バジリスクの生態なんて誰もわからないから。
となると、村のバジリスク、ゴチュピチュも大丈夫そうだな。また、ニイルズが神の像を運んで石化作戦でいくか。
ガムズたちだって虫が得意とは限らない。内心は俺みたいにびびっている可能性だってある。それなら神の像で掃討した方がいい。
村人が増えたおかげで課金しなくてもポイントに余裕があるからな。毎日結構な量が増えているので最近はポイント不足で悩んだ覚えがない。無課金でも全然いけるんだよな、今は。
「初めは課金するために四苦八苦でバイトもしたのに、お金に少し余裕が出来たら今度は課金の必要がなくなるなんて」
今更なんだが、この《命運の村》は人を更生させる目的もあるのではないか、なんて考えてしまう。俺もそうだが真君もゲームが切っ掛けで人生が変わった。
主神側の神々は、そういった人をあえて選び導いてくれている。
「もし、そうだとしたら、もっと感謝しないと」
選んでくれた運命の神に恥を掻かせないようにしないとな。
風呂から上がって空腹に負けた俺は、なんとか晩飯を平らげた。
そして、自室に戻りいつものようにPCの前に座る。
もう夜も更けてきているので大半の村人は寝ているが、エルフと数名の村人はせっせと作業をしている。
柑橘類を石の器で潰して、すりこぎ棒のようなもので液状にすると、小瓶にその中身を移す。既に十個ほど瓶が液体で満たされているが、空の瓶がまだ倍以上あるようだ。
これは事前に蜘蛛は柑橘系の臭いが苦手かもしれない、と神託で伝えておいたので、それを信じてこうやって準備をしてくれている。
異世界の蜘蛛が地球の蜘蛛と同じかどうか、という疑問はあったが神託を見てムルスが、
「なるほど。確かに蜘蛛のモンスターは柑橘の木が茂っている場所には現れない」
と呟いて感心していたので、たぶん大丈夫だと思う。
この柑橘系の汁はいざとなれば投げつけてもいいし、襲われないように体に塗って戦うという手もある。使い道は様々だ。所持していて損はないはず。
村の過去ログにもざっと目を通して問題がなかったので、マップを縮小して頭を悩ませるもう一つの問題――異流無神村の入り口に視点を合わせる。
相変わらず、入り口のトンネルまでは見えるがその奥は黒い表示のままだ。
あれから何も変化はないのが逆に不気味で、あの闇の中で何が行われているのか不安しかない。
異流無神村の噂についても色々と調べてはいるのだけど、目新しいものは何もなかった。動画配信者もあれから村を突き止めた人はいないようで、こっちも何の進展もなく平穏に思えた。
もし、あの中で異世界と日本を繫ぐ実験をしているのであれば、早めに手を打たないと大事になる。それは運命の神も重々承知しているので仲間の従神と協力して、裏で動いてくれているようだが、そちらもこれといった成果を得られていないそうだ。
「本来はじっくり調べて確実に攻略したいけど、あの人たちがいつまで無事かわからない」
彼らの身が安全なのは実験で使うため。それまでは妙な真似はされないと思うが、その実験に問題があるから実験体が複数必要なんだ。
俺は神様の助けもあって異世界を無事行き来できたが、あれはちゃんとした《穴》が存在していたのが大きい。
たぶん異流無神村にも《穴》のようなものが存在するのだろうが、異世界と繫ぐには不十分、だと思われる。
「移動できないだけならまだいいけど、強引に移動させて体が消滅とか……ないよな」
以前、動画配信で観たSF映画ではワープに失敗して消滅というシーンがあった。それを想像して身震いしてしまう。
今日の映像は頭の隅に追いやり、明日のことを思案する。
「まずは明日を乗り越えてから。同時に二つのことをやれるほど器用じゃないだろ、俺は」
大型の蜘蛛を退治したら、後顧の憂いは消える。
そうしたら、あとは異流無神村に集中すればいい。




