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村づくりゲームのNPCが生身の人間としか思えない  作者: 昼熊
五章

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108/120

変化した日常と変わっていく俺


告知させてください。

3巻が11月10日に発売決定です!

大幅な加筆修正により、三章と内容がかなり異なります。文字数も大幅に増えて読み応えたっぷりの出来になってます。キャロル、ディスティニーの出番とかわいさを増量。三章ではたどり着かなかったあの会社に書籍では到着して、そこで〇〇なことがあります!

あと村で過ごした日々も最終決戦も新たに手を加えてますので、もう一つの物語として楽しめるはずです。

詳しい話は活動報告のほうに記載していますので、そちらをご覧ください。






 六月も三週間が過ぎた。まだ梅雨の時期だが気温が上がってきたせいで肌に湿気がまとわりついて不快感が増している。

 今までなら自室で過ごしていたので季節の移り変わりなんて関係なかったのだけど、当たり前のように外出をするようになってからは、肌で季節を感じられるようになった。良くも悪くも。

 なんてことを考えている間にも全身から汗が噴き出し、シャツが体に張り付いていく。

 今はバイトの清掃中で、窓も開けず冷房も入っていない事務所の一室を清掃中だ。


「社長、蒸し暑くて死にそう。エアコン入れちゃいましょうよ」


 清掃中に山本さんが滝のように流れる汗を首に掛けているタオルで拭いながら、社長に直談判している。

 新米の俺は思っていても言えないことなので心の中で応援だけしておこう。ガンガン言っちゃってください!


「そうしたいのは山々なんだが、依頼人にエアコンを使うなって言われてんだよ」

「じゃあ、せめて窓開けて」

「それも禁止だとよ。重要書類とかが風で飛ばされると問題だから、なんてぬかしやがってよ。蒸し風呂で作業するこっちの身にもなれってんだ」


 社長も現状に不満が溜まっているようで、吐き捨てるように愚痴をこぼし始めた。

 そりゃそうか。社長は厳つい外見に反して社員思いで気遣いの出来る人だからな。こんな無茶な現状を押しつけるなんて変だとは思っていたんだよ。


「水分はこまめに補充してくれ。ここが終わったら一旦休憩して、コンビニでアイスでも買ってくるか」

「マジっすか。少しだけやる気復活したー。な、良夫、真」

「そうですね。もう少し頑張れそうです」

「はひぃー」


 俺は力の無い返事をするのが精一杯で、真君に至ってはもうすぐ力尽きそうだ。あとは誰も話さずに水分を補給しながら黙々と清掃を続けるだけだった。

 




「ご苦労さん。アイスどれがいい?」


 雑居ビルの外に出て涼んでいると、社長がコンビニの袋を広げて選ぶように言ってきた。


「すみません」

「僕が買いに行かないといけなかったのに」


 俺と隣で死にかけている真君が謝ると、社長がニカッと破顔する。


「何言ってんだ。使いっ走りは業務内容に含まれてねえぞ。それにコンビニは涼しかったからな、役得だ役得」


 こういうことを自然に言えるのが社長の凄いところだ。上に立つ者として尊敬に値する。俺もリスペクトしたい。

 俺は棒状のアイスを、真君はカップのかき氷を選んだ。

 社長と山本さんは少し離れた場所でアイスの奪い合いをしている。どうやら一番高いのを山本さんが選んだようだ。


「それは俺のだ返せ」

「何けち臭いことを言ってるんっすか。五十円ぐらいの差なのに。あっ、職権乱用だ!」

「俺の金で買ったんだろうがっ」


 知らない人からすれば険悪に見えるかもしれないが、いつものじゃれ合いだとわかっているのでアイスを囓りながら見物しておく。


「初めは社長と山本さん仲が悪いのかと心配していたんですけど、そうじゃないんですね」


 かき氷を食べて少しだけ復活したのか、一緒に眺めていた真君がぼそりとこぼす。

 やっぱり、真君にもそう見えていたのか。


「二人とも、いつもあんな感じだからね。職場の人間に恵まれてラッキーだったよ」

「うんうん、そうですよね。ここはみんな優しくて……」


 真君が遠い目をして曇天に目を向けている。

 彼が引きこもりをしていた詳しい理由は聞いていない。以前、彼の父親から学校での人間関係の問題、とだけは教えてもらっているが。

 俺も引きこもりだったが、彼はまったく別の深刻な理由があったようだ。


「ほんと、ここで働けてよかったです」


 実感のこもった一言に俺は笑顔で頷く。

 バイトをすすめたのは間違いじゃなかったみたいだ。


「休憩時間にアレだけど、数日中にもう一つの攻略ポイントを落とす予定にしている」


 話をがらっと変えて《命運の村》の話題を振る。


「あの虫だらけのところですよね……」


 見るからに怖じ気づいた顔をしている。本当に苦手なんだな。

 まあ、俺もあの場所に実際に行けと言われたら全力で拒否するが。


「そう、あそこ。大量に蜘蛛がいるから巣とかが心配なんだけどね」


 何故かホラー映画では蜘蛛系の化け物が頻繁に出てくるよな。人が嫌悪感を抱くデザインのクリーチャーとして優秀なのだろう。


「おっ、なんだ蜘蛛の駆除でもするのか」


 いつの間にか近くに寄っていた社長の厳つい顔が視界に割り込んできた。

 危なかった。ゲーム内容が伝わるような会話はしてなかったが疲労で注意力が散漫していたみたいだ、気をつけないと。


「ええ、実はそうなんですよ」

「蜘蛛ってのは柑橘系の臭いを嫌がるから、ミカンとかの汁が入ったスプレーとか持っていくと便利だぞ。あとは珈琲を飲むと酔っ払うとかいう話も聞いたな。一番確実なのは殺虫剤だけどな」


 独立するまでは害虫駆除の仕事もやっていただけあって知識が豊富だ。スマホを取り出して書き込んでおこう。

 それからも害虫駆除の質問をいくつかさせてもらった。この情報はきっと後で役に立つ。





 なんとか今日の仕事を終え家に帰り着いた。

 まずは風呂に入って汗と汚れを流し、リビングに行くと夕食の準備が終わっていた。父も妹も帰りが遅いらしいので、母と二人きりの晩ご飯か。

 昔は二人と出来るだけ顔を合わせるのを避けていたから、夕食は一人か母と食べるのが当たり前だった。最近は少し遅れるぐらいなら待って家族四人で食べることが多い。


「今日は暑かったでしょ」

「ジメジメして最悪だったよ」


 以前だったら母からの話なんて、一方的な話題か仕事をしないのかと叱責されるかの二択だった。

 穏やかに会話が成立しているだけでほっとしている。家族と一緒に食事をするのはプレッシャーでしかなかったのに、今はそんなことを考えることすらない。

 むしろ、仕事で何があったとかを積極的に話す自分がいる。そういや、あのことを今のうちに話しておくか。


「あっ、月末ぐらいに二、三日旅行に行くかも」

「あらそうなの。もしかして、精華ちゃんとお泊まり?」

「ぶはっ、げはっごほっ! ち、違うって。何言ってんだよ!」


 ニヤニヤと笑いながら放たれた一撃に動揺して咳き込んでしまう。


「あんたたち、いい年なんだから今更照れることでもないでしょうに」

「だから、そういうのじゃないって! あれだよ、トカゲ好きの集まるオフ会に参加することになったんだよ。だから、ディスティニーも連れて行くから」


 このままだと母のペースに巻き込まれてしまう。予め用意しておいた嘘のイベント内容を早口でまくし立てる。

 ディスティニーを連れていくとなるとそれなりの理由が必要になるから、実際にありそうなオフ会の設定を考えておいた。


「それって、お父さんと沙雪が喜びそうなイベントね」

「だろ。言ったら着いていきたいって言いそうだから、母さんうまく誤魔化しておいて」


 無類のトカゲ好きである父と妹にこの嘘を吐いたら面倒なことになるのは目に見えていたので、母を味方に引き入れておく。


「わかったわ。ちゃんとあの子の体調に気を使ってあげるのよ。まあ、どんな環境でも平然としてそうだけど」


 母の言うあの子とはディスティニーのことだ。この家では俺に次いで仲がいいのは母だから。毎日、部屋を抜け出したディスティニーとワイドショーを観ている間柄だ。

 頭がよくて聞き分けのいいトカゲぐらいの認識のようで、家の中を堂々と歩いていても注意すらしなくなっている。

 未だに姿を見て驚くのは精華ぐらいか。

 実際の話、ディスティニーはどんな環境でも適応できる。寒さに弱い体質だが北海道に行った際にも使い捨てカイロを自分で使って暖を取っていた。高温多湿はむしろ過ごしやすい環境らしく、最近は生き生きしている。





 食事を終えて部屋に戻ると定位置のPC机の隅に寝転んで、ぼーっとPC画面を眺めているディスティニーがいた。

 基本的に家中を散歩するかPCで村の様子を観察するのが日課になっているな。


「何か変わったことあったか?」


 そう問い掛けると、頭だけ振り返り首を傾げると舌をちょろちょろと出し入れする。

 首の関節どうなってんだ。


「特に変化はなかったみたいだな」


 PC前に座りざっと過去ログを見てから、いつものように村中を見回る。

 村人たちは信頼しているが邪神側の連中が潜り込んでいた過去があるので、こうやってチェックするのが日課になっている。あと新しく来たハンターたちがバカやらかすことがあるので、そういった者がいないか監視の必要もある。

 常連となっているハンターたちは村に馴染んでいて、何人かは村で家を購入して住み着いているぐらいだ。

 この村は食料も豊富で温泉もあり、村人も人当たりがいい。今や話題の村として首都や周辺の村々でも評判になっているそうで、月に数名は移住希望者がやってくる。

 ただ、唯一の欠点としては月末恒例の《邪神の誘惑》があって、うちはほぼ毎回大規模な襲撃があるので、それが移住の最大のネックになっているそうだ。


「村の人口は百人を超えたから、これぐらいでいいんだけどな」


 本音としては増えすぎても目が行き届かなくなるので、これぐらいが限界に近い。村人の名前と顔もほぼ全員……八割……七割……六割ぐらい覚えているが、これ以上増えたら正直無理だと思う。


「でも、次のレベルアップを目指すなら、たぶん人口を増やす必要があるよな」


 現在のレベルは4でレベル5が存在することは知っている。なので、最低でもあと一つはレベルアップの可能性があるということだ。

 そこまで到達するのがこのゲームの目標の一つらしく、レベル5になるとゲームから受ける恩恵が増す、と掲示版では噂になっていた。

 なので俺も目指してはいるが村の人口をこれ以上増やすとなると、まずは村の敷地を広げるところから始めないといけない。

 村の周辺の木々は切り倒されているので広げる分の敷地はあるが、丸太の柵をまた一から作り直さないと。


 人が増えて防衛力が増せば《邪神の誘惑》に怯えなくて済む日が来るかもしれない。それを考えると自分のエゴで村を大きくしたくない、というのは間違いだよな。

 だけど、村を大きくすると同時にデメリットも存在する。これは邪神側のプレイヤー羽畑と運命の神から聞いた話だ。

 村の規模が大きければ大きいほど、邪神側が滅ぼしたときのポイントが大きいそうだ。人口もポイント査定の条件の一つらしく、村人一人につき一万加算される。つまり、人口が千人を超える村を滅ぼせば、最低でも一千万円が手に入る。

 なので、発展すると高レベルの邪神側プレイヤーの標的になりかねない。

 羽畑曰く、


「わざと小さい村は見逃して、大きく育つのを待ってから収穫するプレイヤーもいるそうですよ。そういった人は古参の連中で高レベルで強キャラなのは言うまでもありませんよね」


 とのことだ。そういった事情もあって村をこれ以上発展させるのには二の足を踏んでしまう。

 まだマシなのはうちは真君と共同で村づくりをしているので、他の人に比べて目が届きやすい。不慮の事態に対して、俺が無理でも真君が対応できるのはかなりの強みだ。


「そうなると、もう一人ぐらい主神側のプレイヤーを仲間に引き込んで村に住んでもらって、共同で村づくりをするのもありか」


 それはそれで人選の問題があるので難しいけど。

 プレイヤーで連絡が取れそうなのは……羽畑ぐらいだけど、あっちは邪神側だ。あんなのを村に招き入れる気はない。


「村の発展は後回しかな。まずは次の攻略ポイントと異流無神村の一件だ」


 やれることを一つずつこなしていこう。

 今日、社長から聞いてメモしておいたことをネットで調べておく。立ち止まらずに着実に前に進むだけだ。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 真君の村を敵に渡したことを真君は何とも思わなかったのか? ある意味で裏切られたことになるんだが 高校生くらいだとそういう所も敏感になっていると思うのだが? 自分では村の管理が出来ないし…
[良い点] 少し前から読んでいたんですがやはり面白く先が気になります! あと1話1話のボリュームもあって楽しませて貰ってます [一言] 更新楽しみにしてます
[良い点] 良かった
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