トンネル攻略に二の足を踏む俺
無事、トンネルを抜け出た村人たちは足を止めることなく逃走に専念している。
懸念していたモンスターの追っ手はなく、しばらく走り続けていた村人たちが足を止めたのは五分後のことだった。
『敵は追ってきていないようだ。チェム大丈夫か?』
『は、はい、お兄様。なんとか』
このメンバーで一番体力の劣るチェムが乱れた呼吸をどうにか整えようと、深呼吸を繰り返している。
『で、どうするよ兄ちゃん。あんたが一応、命運の村代表なんだからよ』
ハンターのリーダーに促されると、ガムズが目を閉じて思案する。
『神に従い村まで撤退するべきだろう。一連の出来事は運命の神もご覧になり撤退の指示をいただいた。このあと、どうすべきかは神の判断を仰ぎたい』
『そうですね。運命の神ならば正しい道を示してくださるはずです』
でたな、困ったときの神頼み。ガムズ、チェムを含めた村人たちは全幅の信頼を俺……運命の神に寄せてくれている。期待には応えたいが、この状況を踏まえたうえでの今後の方針か。
村へと帰還する人々を眺めていても仕方ないので、追っ手がないか警戒しつつ真君に連絡を取る。
「もしもし」
『あっ、良夫先輩! さっきの続きですが! 動画配信者の人たちがっ!』
荒い息と話し方から興奮具合が伝わってくる。
「まずは落ち着いて。彼らがこの場所にいる理由も調べないと行けないし、今後の方針も決めないとな。あとはあのトンネルの出入り口とモンスター溜まりの廃村も常に警戒しておかないと」
『そうですよね! 今回のでモンスター溜まりの廃村は見れるようにな……あれ、おかしいな。なんでだろう……』
興奮が少し収まった声の真君だったが、今度は戸惑っているようで小声で何か口にしている。
「どうしたんだ?」
『あのですね。トンネルの入り口は見えるんですが、廃村が見えなくなってます』
「そんなバカな……」
俺も廃村を見てみようとマウスを操作するがトンネルの入り口は見えるが、そこから先が真っ黒なまま。さっきまでは見えていたというのに。
「見え、ないな。どういうことだ」
考えられることは……邪神側プレイヤーの奇跡や仕様に相手の視界を妨害する能力が存在する。
だとしたら疑問がある。あの長宗我部は金が有り余っていたのにこちらの視界を妨げるようなプレイをしなかった。俺を甘く見ていただけかもしれないが、使えない理由があったとしたら? 特定の邪神にしか使えない奇跡とか、高レベルプレイヤーになると使える能力とか?
俺の《領地》みたいに特定のレベルを超えないと使えないのかもしれない。そう考えると長宗我部が使えなかったのにも納得できる。
「たぶん、邪神側の奇跡か何かで妨害されているんじゃないか?」
『あっ、なるほど。相手の視界を妨害する奇跡とかありそうですもんね』
「そういうこと。確証はないけどね。それよりも、あの村にいる配信者たちだよな」
『でも、なんで異世界にあの人たちが。良夫先輩みたいに異世界に渡ったのでしょうか?』
それは俺も考えたが、神様は「穴は塞いだ」と言っていた。人間が二度と通ることはない、と。
神様が嘘を吐いていた、とは思いたくない。だとしたら、神も知らない何かがある、とは考えられないだろうか。
「普通に考えるなら、動画配信されたトンネルが異世界に繋がっていた、だよな」
『ですよね。そうとしか考えられません。でも、今は異世界に行けなくなっているんですよね?』
「そう聞いたんだけどな。ただ、そのトンネルのルートは運命の神も知らないのかもしれない。それこそ邪神側が秘匿している、とか」
『ありそうですね』
適当に思いついたことを口にしただけだが、もしかして正解を言い当てたのか?
「どっちにしろ、運命の神に訊いてみるよ。結果がわかったらまた連絡するから」
『わかりました。ボクも、もう少し調べてみますね』
「頼む。じゃあ、また」
『はい、失礼します』
真君との通話が終わり一息吐く。
再び繋がった異世界と日本。何が目的でなんでこうなったのかは不明だが、今やるべきことは神様への連絡だ。
三度、呼び出し音が鳴った後にスマホから声がした。
『もしもーし。どったの? 声でも聞きたくなった?』
いつもの明るい声。こちらの状況を把握していないようだ。俺のやっていることはネットで見物しているそうだが、ゲーム運営としての仕事もあるので常に見ているわけじゃない、と以前に言っていた。
「実はこんなことがありまして――」
実際にあったことを包み隠さず話すと、黙って最後まで聞いていた。
『そんなことが。うーん、でも、いや、そうすると、あれも……』
何か思い当たる節があるのか、ブツブツと何やら呟いている。
思考の邪魔をするのも失礼だろうと、スマホを耳に当てたまま黙って待っていた。
『あー、ごめんね。ちょっと考え込んじゃった。たぶん、邪神側絡みだとは思う、断言はできないけど。北海道に《穴》が空いているのは以前に伝えたよね?』
「はい。従神の皆さんが日本に落ちてきたときのもので、俺やキャロルも通ったのも《穴》ですよね」
『そう、それ。その《穴》が北海道だけじゃなくて、日本の別の場所にも通じていた、と考えるのが妥当かな。そしてそれを邪神側が利用している』
なるほど。異世界との見えない壁に空いた《穴》が一つではなく他にもあったと。
主神と邪神の壮絶な戦いの余波で穴が空いたのなら、たった一つしかないよりも複数ある方が自然な気もする。
『で、その異流無神村だっけ、そこは中間地点なのかも。こっちよりも《穴》が狭くて上手く行き来できないから、その村で色々と調整している、とか? で、試しに無関係な日本人を誘い込んで異世界に送れるか実験している、とか?』
冗談めかして言っているが、その説明はしっくりきた。
「村にいた動画配信者は村から出られなかったのですよ。あれは結界か何かと思っていたのですが」
『んー、村は異世界と日本の挾間で空間が混じり合っているから、そこまでは入れるけど異なる世界には、まだ行けないってことなのかな。そこをなんとか行けるように調整するために、捕獲されて実験中とか。そう考えると、その子たちの身の安全は確保できているって考えていいかも』
「そうなると、彼らを村から解放するのは無理でしょうか?」
『無理……ではないかな。その異世界と日本が混ざり合った空間に適応できる人物がそこに行って、彼らを連れ出せば日本に戻れる確率は高いわ』
適応できる人物。それは神ということなのだろうか。それとも他に相応しい人が……あっ、一人だけ条件に当てはまる、都合のいい人物に思い当たってしまった。
「あのー、凄く嫌ーな予感がするのですが」
『たぶん、ビンゴよ。異世界に行ったことがある日本人なら、村に干渉できると思うのよ。で、それは……わかってるわよね?』
その問い掛けに答えたくなかったが、言うしかないよな。
「俺ですか」
異世界経験のある貴重な日本人。そんなの俺しかいないじゃないか。
『だ、い、せ、い、か、い』
なんでスマホから聞こえる声が嬉しそうなんだろう。
『たぶん、本来は向こうが招き入れない限り村には入れない、と思う。でもね、良夫君は異世界生活と《穴》を通ったことで異世界の神オーラにたっぷり触れている。その異流なんたら村と状態が似ているから狭間にもすんなり入り込めるわよ、たぶん。もちろん、私もバックアップするわ』
「ええと、つまり村を調べてこいと?」
『うん。でも、強制じゃないからね。もし、彼らを助けたいならって話よ。赤の他人だし、自業自得でもあるから同情の余地はないんだけど』
確かに見捨てたところで俺が責められることはない。
だけど、泣き叫んでいたあの姿を思い出すと人として助けてやりたくなる。
「ちなみになんですけど、異世界と日本を繫ぐって何が目的なんでしょう」
『最終目標は従神が異世界に戻る、だと思う。ただ、全員が全員じゃないんだけど邪神側には純粋に混乱や恐怖を好む危ない連中もいるのよ。そういうのが異世界からモンスターを招き入れて、日本で暴れさせないとも限らないからね』
異世界から乗り込んでくるモンスターの群れ。
あの緑小鬼や単眼赤鬼が日本で暴れる光景を想像してみた。……とんでもないぞ。阿鼻叫喚の地獄絵図になるのは確実だ。そんなことになったら大混乱どころの騒ぎじゃない。大虐殺が始まってしまう。
「やっぱり、邪神側の従神って危険な思想の持ち主なんですか?」
『一概には言えないのが現状ね。邪神側の従神には元主神側もいるし、その逆もいるのは知っているでしょ。人と同じで組織に属していても、そこの方針を盲信しているってわけじゃないから』
警察官が全員正義感にあふれているわけでもなければ、政治家が全員国をよくしようと思っているわけじゃない、みたいなことなのか。だとしたら、理解はできる。
こういう話を聞くと神様って思ったより人間っぽいな、って思ってしまう。
『なんにせよ、危機的状況なのは間違いないわ。そこが危惧したとおりの場所なら、なんらかの手を打たないと。そのためにもー、誰かに調べてきて欲しいなーって、神様願っちゃうのー』
最後だけ甘えた声を出してきた。
運命の神には何かと世話になっているので恩返しをしたい。だけど、そんな危ない場所に自ら赴いて調べるのは腰が引ける。
あのゾンビとスケルトンだらけの光景を思い出すと、身震いしてしまうぐらいにはびびっている。あんなのに襲いかかれたら抵抗の手段なんてない。
モンスター退治の装備なんて木製バットぐらいしかないぞ。
「しがない元ニートだけだと頼りにならないのでは?」
『自分でそれ言うかな。安心して、一人で行けなんて言わないから』
おっ、もしかして神様が同行してくれるのだろうか。だとしたら、かなり心強い。
『そこに良夫君の相棒がいるでしょ。ほら、隣に』
言葉に促され隣に視線を移すと、ディスティニーが俺を見上げている。
「……ええと」
『ディスティニーちゃんは異世界生まれ日本育ち。《穴》も通ったから条件もぴったり。もう行くしかないわね!』
そう言われると確かに条件は問題ない。あの場所に最も適している人材……は虫類材だ。
それに相棒と一緒なら、やれる気がする。何よりも今まで共に困難を乗り越えてきた絆がある。
「わかりました。調査に行ってみます」
『えっ、煽っておいてなんだけど嫌ならいいんだよ?』
「いえ。断ったところで気になって眠れなくなりそうですし。だったら、思い切って動いた方がマシかなと。何もしない日々を過ごすのには飽きましたから」
踏み出さなければ何も始まらないのは実体験で知っている。
後悔して動かないぐらいなら、勇気を持って動いた方がいい。そういう生き方をすると誓ったのだから。
「とはいえ、無謀な真似はしたくないので情報をもう少し集めて準備してからにします」
『うん、それがいいね。こっちも調べてみるし、邪神側にも釘刺しておくよ。私のプレイヤーに危害を加えたら、どうなるかってね』
主神側の従神は同じビルの三階で仕事をしていて、そこの二階で邪神側の従神が仕事をしているらしい。
仕事風景を想像するとシュール以外の言葉が思いつかないが、一度会社を訪問してみたい気もある。神様の仕事場……どんな感じなのだろう。
あいさつを交わす程度には仲の良い邪神側の従神もいるそうなので、万が一の保険として期待しておこう。
『くれぐれも無茶はしないように。危なくなったら逃げるんだよ』
「もちろんです。無謀さも無茶をやる勇気も持ち合わせていないので」
『ふふっ、結構無茶をやるタイプに思えるんだけどね、良夫君は。頼りにしているよ。じゃあ、また連絡するね』
運命の神は上機嫌に聞こえる声で通話を切った。
嘘だとしても頼ってもらえるのは純粋に嬉しい。
「そういうことだから、今度一緒に島に行ってくれるか?」
頼れる相棒に話を振ると、上半身を大きく曲げて頷いてくれた。
同行者の了承も得られたことだし、旅行の準備と情報収集を頑張りますか。




