表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
村づくりゲームのNPCが生身の人間としか思えない  作者: 昼熊
五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

105/120

入り交じることに動揺を隠せない俺

 闇へと伸びる階段は横幅が狭い。大人が二人並ぶのが限界だろう。

 ハンターたちは目配せすると、無言で前衛の一人が光る石の入ったランタンを手に降りていく。


「ためらいもしないのか」


 俺としては進むかどうかの相談をするものだと思い込み、神託の準備をしようと構えていたのだが、あっさり行ったな。

 今までの戦いぶりから、このメンツなら何があっても乗り越えられると判断したのだろうか。

 村人たちもハンター一行の判断に文句はないようで、大人しく後を付いていく。長い列の殿はガムズが担当している。

 魔法の光で照らされた辺りの映像はコンクリートで固められた壁にコンクリートの階段、と殺風景を極めていた。

 ここだけ見たら異世界というより非常階段に見える。清掃の仕事で古いタイプの雑居ビルの清掃に行くと、こんな感じの場所がたまにある。

 カツーン、カツーンと靴底がコンクリートを打つ音が響いている。誰もが無言なだけに一層不気味さが際立つ。

 軽口叩いていいようなシチュエーションじゃないもんな。





 あれから二、三分経過しただろうか。階段の終着点にたどり着いた一行。

 コンクリートに囲まれた小さな部屋。大きさは俺の部屋と同じぐらいに見える。そこに十一人もいるので、かなり窮屈そうだ。

 このままでは敵との遭遇で動けないと判断して、ハンターグループを除いて階段へと一時避難する。

 彼らが注目しているのは、その部屋に唯一存在している鉄扉。

 ドアノブがあるだけのシンプルな扉なのだが、その扉を見ているだけで変な汗が背中ににじみ出てきた。

 何の変哲も無い、それこそ何度も見たことのある扉とドアノブ。


 でも、それは――現実の日本で何度も見たことがあるんだ。


 金属製の丸いドアノブやドアの隅に備え付けられた蝶番。それこそ、三日ほど前に清掃中に見た既製品の扉にそっくり。

 とはいえ、俺の異世界知識は《禁断の森》の中限定。この世界の都会に行けば当たり前のように普及しているタイプの扉なのかもしれない。

 それこそ、俺のようなプレイヤーが現代の知識を村人に伝えて、普及していたとしてもおかしくないのだから。

 ……と、自分自身を一応は納得させてみる。


『開けるぞ』


 ドアノブを調べていた探索者が一度振り返り、確認を取る。

 全員が頷いたのを見て蝶番やドアの下部に油を差すと、ゆっくりとドアノブを回して音を立てないように扉を引く。

 開いた扉の先から光があふれている。

 前衛が武器と盾を構え扉の向こう側へとなだれ込む。


『動くな! 抵抗するようなら切り捨てる!』


 ハンターが強い口調で警告を発したのは室内に人影があったから。でも、それに答える者はいない。

 室内にいたのは粗末な服を着た男性が五人。全員が驚き怯えた表情でこっちを見ているだけで、声一つ発する事が出来ないでいた。

 ボスじゃなくて、人が? こんな場所に?


『よーし、いい子だ。少しでも怪しい動きをしたら容赦はしない。そのまま壁際まで移動して壁に手を突いて尻を向けろ』


 ハンターたちは警戒を解かずに武器を突きつけたまま、身振り手振りも交えて五人の男に命令をしている。

 慌てて壁際に後退り、一切抵抗を見せずに従う男たち。

 見た感じ非戦闘員という感じだ。無地の囚人服のような格好で武器は携帯していない。顔つきはだらしなく無精髭が伸び、お世辞にも精悍とはほど遠い弱々しい表情。言い方は悪いが雑魚キャラ感がスゴい。


「この人たちの正体は不明だけど、不意打ちは成功か」


 安堵の息を吐き、少し緊張が解けたところで室内を見回す。

 ここには入ってきた扉以外に出入り口が存在しない。地下なのでもちろん窓もない。部屋の大きさは学校の教室ぐらいあるな。部屋の隅にベッドが複数並べられている。

 簡易的な敷居で囲まれたエリアが二か所あったので、ハンターが警戒しながら調べているが、そこは風呂とトイレだった。

 あとは人が一人入れるぐらいの大きな箱が部屋の真ん中に置かれている。


『おい、お前ら。ここで何をしていた!』


 壁に手を突いて震えている男の頭を掴み詰問するハンター。


『な、なんなんだよ! お、俺たちはここに閉じ込められていただけだ! あんたらこそ、なんだ! そんな格好して!』

『おい、何言ってんだお前。共通語も話せない辺境出身か?』


 早口でまくし立てる男をじっと見つめるハンターが訝しげに首を傾げている。

 言葉が通じていない?

 俺の耳には両者の言葉がハッキリと理解できるが、これは異世界の言葉を自動的に翻訳してくれる機能のおかげか。

 そうだよな。日本語と外国語があるように、住む場所によって言葉が違っても何ら不思議じゃない。


『おい、誰かこいつらの言葉がわかるか?』


 振り返り確認を取るが首を横に振るばかり。その中で唯一、チェムだけがうつむいて考え込んでいるように見えた。

 何か発言するのかと注目していたが、頭を左右に振って小さく息を吐く。それだけだった。


『おい、お前。本当はわかってんのに、知らない振りしているだけじゃねえだろうな?』


 切っ先を突きつけられた無精髭の男は顔面蒼白になって跪き、涙を流しながら土下座をして命乞いを始める。


『た、助けてくれ! 動画の撮影でこの村にきたら、変なのに捕まってここに閉じ込められただけなんだ‼』


 その叫びを聞いて一瞬思考が止まる。

 …………今、こいつ、なんて言った? 動画の撮影?

 俺はPCのディスプレイを掴むと、ぐっと顔を寄せ無精髭の男の顔を凝視する。

 ボサボサの髪と無精髭。それと粗末な服でわからなかったが、顔に見覚えがある。


「おいおい、嘘だろ⁉ もしかして、異流無神村の動画配信していたヤツ、か?」


 他の男の顔も確認してみると、同じように異流無神村を見つけたと動画配信して、行方知れずになっているヤツらと同じ顔をしていた。


「…………マジか」


 あまりの驚きに頭が働かない。このゲームを始めてからというもの驚かされる事態には慣れたつもりだったが、まさか、ここで動画配信者と遭遇するとは。

 つまり、これは、日本と異世界がここで繋がっている、ってことか?

 でも運命の神は人の行き来が出来ないように穴を封じたと言っていた。神が嘘を吐いた? それとも運命の神も知らない事態に俺は巻き込まれているのか?


『こいつら、どうする? このまま連れても邪魔になるだけだ。後腐れ無いように処分するか?』


 ハンターのリーダーが物騒な提案をしてきた。

 そんなことをさせるわけにはいかない。神託で止めに入ろうかとも思ったが、そんな横暴をうちの村人が許すわけも無く、チェムとガムズ、それにニイルズがリーダーと動画配信者の間に割り込む。


『ダメです! 彼らはただの被害者かもしれません。それにあの人たちの言葉に関して思うところがあります。キャロルがたまに話す言葉に似ているのです。……神の世界で覚えてきた言葉に』


 そうか! キャロルは日本に来て、少しの間だがこっちの言葉に触れている。

 異世界に戻ってからも、たまに覚えた日本語を嬉しそうに使うことがあって両親や周りの人に自慢していた。

 特にチェムは神の国に行ったことをうらやましがっていたので、何度もわざと日本語で話すことがあったな。あの自慢話が思わぬところで役に立ってくれるとは。


『神の世界の言葉、か。あんたらの村は実際に神が見守り加護を与えられている村だ。一笑に付すのは、軽率か。わかった。神が関わっている可能性があるなら、村まで連れて帰ろう』


 武器を降ろしたリーダーを見て、ほっと胸を撫で下ろすチェム。

 言葉は通じないが動画配信者たちは命が助けられたのを理解したようで、涙目でチェムたちに感謝している。

 彼らを連れ出す前に部屋の中をざっと調べていると、中央に置かれた大きな箱の中に彼らの服が畳んで置かれていた。

 それだけを持って、村へ戻ることに決めたようだ。

 この拠点を落とす目的だったが、今は彼らを最優先するべきだよな。村人たちの判断に対して俺から言うことはない。

 それよりも村に帰ってからみんなに事情を伝える神託の文章を考えないと。


「あと、あっ、真君にも連絡入れないとな」


 スマホを手に取り電話帳を調べる直前に着信音がした。

 相手は――真君か。

 彼も同じ映像を見ていたようだな。そう思い通話に切り替える。


『良夫先輩! 見ましたか、今!』


 繋がった途端、興奮して早口でまくし立ててきた。

 あれを見たらこうなって当然だよな。


「ああ、俺も見ていたよ。動画配信者たちだよな、彼らは」

『はい! なんであの人たちが異世界にいるのかがわからないですけど、行方がわからなくなっている動画配信者たちで間違いないと思います』


 俺よりもよく動画を見ていた真君が言うなら間違いない。


「村に着いたら俺の方から神託で彼らのことをぼかしながら伝えるから、もし何か異変があったときの連絡用に、そっちの神託は控えてもらってもいいかな?」

『わかりました! 何かあったらすぐに連絡ください。ボクは配信者の人たちのことをもうちょっと調べてみます』

「よろしく。じゃあ、またあとで」

『失礼します!』


 よっし。真君に話すことで少し冷静になれた。

 まずは周囲を見張って安全確保しながら撤退だ。こうやって油断したときに一気に襲われると厄介だからな。

 外に出た途端に敵が待ち受けてないかと、辺りを調べてみるが敵の気配はない。

 拠点を襲ったことで敵側のプレイヤーには侵入がバレているはずだが、何の反応もないのが逆に不気味だ。

 プレイヤーがたまたまPCやスマホから離れていて、気づいていない可能性だってあるか。それならば余計なことはせずに、素早く撤退した方が身のためかもしれないな。

 神像がここにあるなら無茶も出来るが、今は足手まといな彼らもいる。


 個人的には配信者のああいうノリはリア充っぽくて苦手なんだけど、そんなことは言ってられない。人命がかかっているんだ、まずはそっちを優先にしないと。

 地下室から出て廃村を移動中だけど……何もないな。

 あのトンネルまで戻り、まずはハンターが入り続いて助け出した彼らがトンネルに足を踏み入れようとして、立ち止まる。


『どうした?』


 目の前で動かない彼らを不審に思ったガムズが声を掛けると、彼らが今にも泣きそうな顔で振り返る。


『トンネルに入れない……。なんか透明な壁みたいなのがあって、そこから先に行けない。なんで……』


 うつむいて呟くとトンネルの入り口に手を伸ばす。

 すると指先がガラス板に触れたかのように肉が凹み、続いて手のひらを当てて全力で押すが透明の壁を越えることが出来ない。


「そう簡単には逃がしてくれないってか」


 その光景を見て村人たちも現状を理解したようで、トンネルから出ると全員が集まった。


『どうやら結界のようなものがあるようですね。我らは平気ですが、彼らだけは通れない仕組みのようです』


 ニイルズが顎を撫でながら意見を口にする。


『でもよ、そんなこと可能なのか』


 若いハンターの疑問はもっともだ。俺もそれを思った。


『かなり難しいけど、可能よ。うちらダークエルフも人間だけを通さないようにする結界とか出来るし』

『エルフも出来る。といっても長老にしか不可能な術だったが』


 スディールとムルスがそう言うなら可能なんだろうな。

 結界の条件としては地球人は通さない、という感じか?


『そうなると、この地を支配しているモンスターを討伐して結界を解くしか手はないか』


 ガムズの呟きにチェムが大きく頷く。


『もしくは結界の元となる発動体が村のどこかに仕込まれているかもしれませんな。それを壊せばなんとか』


 ニイルズが結界をじっと見つめ、あれこれと調べてくれているようだ。

 一旦、撤退する予定だったがこうなると話が違ってくる。


『まあ、その方がモンスター溜まりも潰せていいか。俺たちは構わねえぜ』


 ハンターのリーダーとその仲間に異論はないようだ。

 状況がわからずに怯えている配信者たちに神託で伝えてやるべきか。自分たちは置いて行かれるのじゃないかと、懇願する目でこっちをずっと見ているからな。


『なあ、まさか見捨てないよな? 助けてくれるんだよな?』

『早く連れ出してくれよ! ここはヤバいんだよ。ゾンビとかスケルトンとか化け物が山のようにいるんだって! それに一番ヤバいあの化け物が来る前に、早く逃がしてくれ!』


 自分勝手にわめき立てる連中に言いたいことはある。立ち入り禁止の場所に足を踏み入れ、そのせいでこうなったことに関しては自業自得だ。

 せめて大人しく従ってくれ、と言いたくもなるが言葉が通じない異世界でこのような状況。取り乱して当然か。


「仕方ない。神託をここで発動して説得……なんだ⁉」


 文字を打ち込んでいる途中で変化があった。

 廃村の至る所から再び死動体と骨動体が現れている。それもさっきとは比べものにならない数が。

 ざっと数えても百は超えていた。

 ハンターのリーダーが敵を見据えたまま大声を上げる。


『神官の旦那! あの魔法をもう一回行けるか?』

『あれは魔力を大量に消耗するので、少々きついですな』


 頼みの綱だったニイルズの魔法が発動できないとなると、かなりピンチだ。

 こちらは消耗していて足手まといがいる。

 モンスターは少なく見積もって百以上。

 ……無理だ。全滅覚悟で戦えなんて俺には言えないし、言う気もない。

 配信者の人たちは捕まっていただけで殺されてはいなかった。だったら、ここで俺たちの取る行動は決まっている。

 残酷な決断を村人たちに押しつけるわけにはいかないよな。


『どうすれば……。み、皆さん、神託が!』


 チェムが慌てて聖書を開き、文章を読む。その内容が信じられないのか、もう一度読み直しているが文字が変わることはない。


『チェム、なんて書いてあるんだ!』

『お兄様……。神は彼らを置いて逃げろ、と』


 苦渋の決断だが、そうするしか手がない。これでもし、残された彼らが殺される羽目になったとしても。俺の決断は変わらない。

 彼らには悪いが、配信者の命と村人の命。天秤に掛けるとしたら、俺は迷わず村人を取る!

 それに彼らを生かして捕まえていたのには理由があるはずだ。逃げようとしたからといって、殺すような真似はしない……という希望。

 これが邪神側のプレイヤーなら人殺しまではやらないと信じたい。異世界の住民は容赦なく殺す連中でも、同じ世界の住民にはためらう人間性は残っている、はずだ。


『神様の命令なら従うしかねえよな! お前ら、こいつらを捨てて逃げるぞ!』

『『『了解!』』』


 ハンターは迷いもせずにトンネルに飛び込み、続いて村人たちもトンネルへと入っていく。


『嘘だろ! 見捨てないでくれ!』

『頼む、頼むからあああああっ!』


 意味がわからなくてもその悲痛な叫びに後ろ髪を引かれるのか、何度も何度も振り返る村人たち。

 特にチェムとニイルズは良心の呵責に何度も足が止まりそうになるが、歯を食いしばり置いてきた彼らのために祈りを捧げながら走り続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 明らかに異常な出来事なのに運命の神に電話しない主人公。 バイト代貰ってて肝心な時に仕事サボりは無いでしょう。ホウレンソウ知らないのかな。
[一言] 見つけた時点で上司(神)に相談するべきだったかなぁ 報連相はしっかりしよう
[一言] まぁそんなとこ行っちゃった配信者的な人たちが悪いからなぁ。 助けて自分たちの命を失ったら元も子もない。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ