異世界と現実と困惑する俺
「えっ?」
間の抜けた声が口から漏れる。
なんで《命運の村》のゲーム画面に話題の《異流無神村》へ繋がるトンネルの入り口が見えているんだ⁉
昨日調べ物していたから画面がそのまま……いや、こっちのPCはゲーム専用で他の用途で使ったりはしない。
だとしたら、この映像は……。
『ここが魔境の入り口ですか』
「魔境?」
チェムの呟きに反応して繰り返してしまう。
と、いつまでも呆けている場合じゃ無いぞ。冷静に現状の確認だ。
あのトンネルに似た場所の前に立つのは六人のハンターとチェム、ガムズの兄妹。ムルスとスディールのエルフダークエルフのいがみ合いコンビ。それに元神官長のニイルズ。
このメンツってことは……あれか!
思い出した。《禁断の森》を領地化するために攻略する必要があるポイントをハンターに調べさせていて、そこの視察にガムズたちも出向くという話を村で相談していた。
「今日がその視察の日だったのか」
ここに彼らがいる理由は納得できた。だけど、問題は目の前の風景だ。
ぱっと見は苔むした洞窟の入り口に思えるが、よく見ると山の斜面に空いた横穴の縁がコンクリートで補強されている。
「この世界にはコンクリートが存在していて、それで洞窟を……」
そもそもコンクリートってどれぐらいの歴史があるものなのか。
気になったので、もう一つのPCで検索してみた。
「へえー、ローマ時代からあるのか。だとしたら、こっちよりも文明が遅れている異世界でコンクリートで成型されたトンネルがあってもおかしくはない、のか?」
そう考えると、このトンネルも異世界では珍しくないのかもしれない。
『この洞窟、天然ではないな。人工的に掘られた物をコンクリートで補強しているようだが』
『首都の北側にも山をくりぬいて隣国と繋がる通路があるのですが、その造りと似ていますよ』
ガムズとニイルズの話を聞いて合点がいった。俺の考察は間違いではなかったようだ。
この世界においてコンクリート製のトンネルは存在している。となると、たまたま入り口の形状が噂のトンネルと似ていただけか?
動画で見直してみたが……似てはいるが同じではない。
トンネルの形は同じでも周囲の風景が違う。生えている植物や木々が別ものだ。
偶然と決めつけるのは危険なので、可能性の一つとして頭の隅に置いておく。今は彼らの会話に集中して現状を把握する必要がある。
『ちなみにこの奥はどうなっているのでしょうか?』
チェムは六人のハンターに向けて質問をしている。
年配の槍を携えたハンターが顎髭を撫でながら口を開く。
『真っ直ぐ一本道が続いている。ここで魔物が現れることはないが、この洞窟を抜けた先に廃村があり、そこはアンデッドの巣となっている』
廃村……おいおい、そこも《異流無神村》と酷似しているのか。
これはもう偶然と片付ける方が無理な気がしてきた。
『かなりの数がいて、倒しても倒しても次から次へとアンデッドが湧いて出てきたのでな。仕方なく撤退してきたというわけだ。しかし、今回は聖職者が二人もいる。それにその人は元神官長なのだろ? アンデッド退治はお手のものだよな』
ハンターたちの期待混じりの視線がニイルズとチェムに注がれる。
ニイルズは穏やかに微笑むだけだったが、チェムは小さく頷く。その顔はいつもと違って自信ありげに見えた。
『アンデッドに対しては神聖魔法が通用しますので、少しは戦力になれるかと』
『そうですね。私は各地で不浄なアンデッドの討伐もやっていましたので、ご期待に添えると思いますよ』
聖職者コンビの発言が頼もしい。
チェムは戦闘で目立つ活躍が今までなかったが、今回は役に立てると嬉しそうだ。
ニイルズに関しては普通に戦闘力も高いので間違いなく期待できる。
『目標はモンスターの殲滅。だが、無理はせずに危なくなったら撤退で構わないか?』
ガムズの確認に、この場の全員が頷く。
襲撃するのか。今日は様子見だけかと思っていたのに。
戦力的には少数精鋭なので大丈夫なはず。六人のハンターも腕利きという話だ。
いざという時の奇跡と神託の準備だけはしておくか。神の像があれば《ゴーレム召喚》も可能だったけど、ないものは仕方ない。
ハンターを先頭にガムズたちも後に続き、トンネルへと入っていく。
彼らの手には《光石》の入ったランタンがあるので明かりは確保できている。照らし出されたトンネル内部はコンクリートがむき出しで、殺風景を極めた代わり映えのない映像が続く。
一言で表現するなら不気味。ここを一人で歩けと言われたら全力で抵抗する自信がある。……ホラー好きの精華は嬉々として突っ込んでいきそうだけど。
チェムは怖いらしくガムズの服を後ろから摘まみ、辺りをキョロキョロ見回している。他の連中の内心はわからないが、見た感じは平然としている。
十分近く黙々と内部を進んでいた彼らの進路方向に自然光が見えてきた。ようやく出口らしい。
狭く暗い空間から解放される喜びから全員の顔が一瞬ほころぶが、この先に待つモノを思い出して表情を引き締める。
トンネルの出口付近まで足早に移動すると、左右に分かれて内壁に背を付けて声を潜めた。
右側にはハンター六人。
左側には村人たち。
先頭の二人がそっと外を覗き見る。すると、マップ上の黒塗り部分も明るくなり、俺もトンネルの先を見ることが可能となった。
焼け焦げ崩れ落ちた家屋が何軒も見える。
原形を留めている建造物は一軒もない。地面はむき出しで雑草の一本も生えていない。
「似ている、な」
あの掲示板で見た写真と似通っている廃村。
もう一つのPC画面で《異流無神村》の写真を表示して見比べてみる。
写真とはアングルが違うので、正確に同じかどうかは断定できないが焼け焦げた建物の配置が一致している。
「どういうことだ?」
トンネルの入り口付近は似ているだけで別ものだった。それは間違いない。
だけど、トンネルを抜けた先は同じ…………ように見える。
「何か意味があるのか? それとも、やっぱり偶然?」
一度は偶然を否定したものの、これが偶然でなければなんなのか。
トンネルを抜けるとそこは異世界だった?
あり得ない……とは言えない。自分は異世界に行ったことがあるからこそ、そこを否定できない。
とはいえ、神様が異世界と日本を繫ぐ穴は塞いだと言っていた。でも、それだって何か抜け道があるのかもしれない。それこそ、邪神の力を使って何かやらかしている可能性だってある。
……仮定を並べてあれこれ考察するのは後にしよう。今は異常事態だから、ガムズたちの行動に注視しないと。何があっても対応できるように。
一行はトンネルから出ずに廃村の様子を観察中だ。今のところ廃村には誰もいないようだけど。
『敵の気配はないようだが、どうだ?』
ガムズが問い掛けたのはチェム。
彼女は小さく頷くと、手を廃村に向けて目を閉じた。
しばらくそうしてから、目を開けると大きく息を吐く。
『不浄なオーラを感じます。地中にアンデッドが潜んでいる可能性が高いです。ニイルズ様……ニイルズさんは、どう思いますか?』
『はい、間違いありません。この地はアンデッドの好む不浄な土で覆われているようです。私のオーラ探知にも引っかかっています。足を踏み入れると地面に潜んでいる無数のアンデッドが湧き出てくるのではないでしょうか。どうやらここは、モンスター溜まりのようですからな。はっはっはっ』
ニイルズは顎髭をしごきながら笑っている。……笑うところではないと思うんだが。
しかし、ここは《モンスター溜まり》なのか。
モンスター溜まりとは邪悪な気が噴き出ている場所、という認識なのだがゲーム的に説明するならモンスタースポット。邪神側プレイヤーがモンスターを産み出せる場所なのだ。
つまり、邪神側プレイヤーの拠点の一つ、という可能性が高い。
なので潰しておけばモンスターの増殖を抑えられるし、今後《邪神の誘惑》の際にも戦力ダウンが見込める。こちらとしては攻めない理由がない。
「ただ、このモンスタースポットがあの人のじゃなければだけど」
うちの村をしつこく狙っていた邪神側プレイヤーの顔が頭に浮かぶ。
正直、あまり関わりたくない人だから、こっちから連絡を取りたくないのだけど……。背に腹は代えられないか。問答無用で襲って後で文句言われても困るしな。
今のところ村人たちは観察を続けているだけでトンネルから出ようとはしていない。
嫌だけど、本当に嫌だけど、今のうちに連絡しよう。
スマホのアドレスから、その人の名前を探し出すと渋々ながら電話を掛けた。
「もしもし」
『おやおや、またもそちらから連絡をいただけるとは』
スマホ越しの声は喜んでいるように聞こえるが、俺をからかうような雰囲気が伝わってくるのは、きっと思い違いじゃない。
「お久しぶりですね、羽畑さん」
北海道でのカーチェイス。村を何度も襲われた因縁。そして、長宗我部社長との戦いで協力を仰いだ、という汚点。
……汚点は言い過ぎか。協力を得られなかったら、あの戦いでの勝利は無かったのだから。
「唐突ですが、禁断の森に拠点あります?」
『本当に唐突ですね。前はありましたが、今は撤退していますよ。なんせ、私とあなたは協力関係ですから』
協力関係という言葉を聞いて背筋がぞわっとした。この人への苦手意識は一生拭えない気がする。
「なら、禁断の森のモンスタースポットを襲っても問題ありませんよね?」
『私は無関係ですので構いませんよ。珍しく積極的に動かれるようですが、もしや…………領地の確保ですかな?』
「さあ、どうでしょう」
羽畑は領地システムのことも把握しているのか。邪神側にも同じ要素があるってことか?
『おや、腹の探り合いがお上手になりましたね。一つ忠告しておきますと、邪神側はレベルに応じてモンスタースポットの数を確保できます。故に高レベルプレイヤーになると、放置して忘れられているスポットも存在しまして。そういうのを刺激すると、眠れる獅子を起こす羽目になるかもしれませんよ』
「ご忠告、痛み入ります」
聞きたいことは聞けたので、そのまま通話を切ろうとしたのだが、ふとあのことを思い出し何気なく訊ねてみた。
「あー、羽畑さんは異流無神村の話って知ってます?」
『……さあ、何の話ですか』
今、少し動揺しなかったか?
気のせいかもしれないが、珍しく言いよどんだように聞こえた。
追求したいところだが、それはまた今度にしよう。村人たちが廃村へと足を踏み入れようとしている。
「ネットで噂なんですよ。っと、すみません。用事があるので、これにて失礼します」
『ええ、わかりました。楽しいお話をありがとうございます』
通話が終わっても、体に何かがまとわりついているような違和感というか不信感はなんなんだろうな。お互いに腹を割って話していないので、会話後もスッキリしない。
話をして気になることが増える結果になったが、今は村人たちの動向に集中しよう。
週一更新となっています。お気を付けください




