ゲームとホラーと俺
夕食後、部屋に戻ってディスティニーと遊びながら写真でも撮ろうかと、スマホを手に取るとランプが光っていた。
「あっ、そういや寝る前に着信があったんだっけ」
臨時の仕事かもしれないと慌ててスマホを起動させると、着信の主は……真君か。
なんだろう? 仕事の相談かそれとも《命運の村》関連なのか。どっちにしろ、訊けばわかるよな。
二桁にも届かない連絡先の中から彼の名前を選びタップする。
「もしもし、電話もらったみたいなんだけど」
『あっ、わざわざすみません。えと、前に話題にしていた異流無神村についてなんですけど』
そういや、仕事の休憩時間にその話題を振った覚えがある。暇潰しの話題の一つとして皆がいる場所で何気なく口にしたんだよな。
社長と岬さんは聞いたこともなくて、山本さんは昔の話も動画配信者の話も知っていたから、それなりに盛り上がった。
「あー、あの話か」
『あれから、興味が湧いたので調べてみたんですよ。ネトゲの友人にそういう話が大好きな人もいたので。それでちょっと気になる情報を耳にしまして。あの動画が話題になってから、異流無神村を探そうとしている人が結構いるみたいで。PCの方にリンク先送りますね』
新しい方のPCに真君からデータが送られてきた。
五つのアドレスが表示されたので一番上をクリックしてみる。
これも同じ動画配信サイトで《噂の異流無神村を発見!?》といういかにも怪しげなタイトルをしていた。
『あの動画が流行ったから便乗する動画配信者がいっぱいいるみたいで、その内のほとんどが適当な憶測で関係ない場所をうろついているだけなんですけど、今送った最後のを見てもらえますか?』
「一番下のかな」
クリックしてみると《ついに発見!あの村!》と赤い太字が画面の大半を埋め尽くしている。
「胡散臭い」
思わず本音がこぼれる。
『ですよね。ボクも他のと同じかなとあまり期待してなかったんですけど、あのトンネルの入り口がそっくりなんですよ』
わかりやすいように、話題の動画のワンシーンを切り抜いた映像を貼り付けてくれた。
隣に並べて比べると、同じ場所に見える。
「これは大当たりかな」
『ですよね。えっと、ネタバレになりますけどその動画は、真っ暗なトンネルをずっと進んで、トンネルを出た途端に悲鳴が上がって終わります。その人の他の動画も確認したんですけど、場所について触れた部分は音が飛んだり、画像が乱れていて、結局場所はわからずじまいでした』
「なるほど、これが本当に映画のプロモーションなら感心するレベルだな。ちょっと映画の方を観たくなってきた」
ここまで楽しませてくれたのなら、本編の内容がしょぼくても観る価値はあると思う。外れだったとしても話のネタにはなるだろう。
『その、えっとですね、どうやらそれって映画の宣伝目的じゃないっぽくて、あの、こっちも見てもらえますか?』
次に貼り付けられたのは、ネット掲示板でのやり取りだった。
それも、これは――
「交流広場のか」
『はい。ボクたちプレイヤーしか覗けない掲示板で、偶然この話題が上がったので参加したときのものです』
異世界の神を演じるゲームのプレイヤーのみが参加できるネット掲示板《交流広場》の主な目的はゲーム内の情報収集だが、普通に無駄話をするだけのスレッドも存在する。これもその中の一つ《最近ゲームでもリアルでも面白いことないかー》という、やる気のないスレッドだった。
これだけ話題になっているネタだ。掲示板で話されていても不思議ではないのだけど、わざわざ、それを真君が教えてくれたということは……何かあるのか?
疑問を口にするより読んだ方が早いだろうと、画面に表示された内容に目を通す。
278:なんか面白いことないかー?
279:村を発展させろよ
280:それが安定期に入ってさ平穏そのものなんだよ。かなり辺境の地みたいで邪神側すらも狙ってこないという立地の悪さが逆にイイ!
281:暇なら動画でも見てろよ。今話題のほら、あれ、とか
282:あれって、もしかしてあれか。どっかの村に行ったホラーっぽいの
283:異流無神村だっけ。あれよく出来てるよな
そこからはしばらく、その動画についての話題で盛り上がる。
378:この異流無神村ってなんか、妙に引っかかるっていうか気になるんだよなー
379:えっ、お前もか。俺もそうなんだよ。ただの噂とかじゃなくてなんかこうもやもやするんだよ
380:ないない……と言いたいところだけど、わかるぅー
381:あのさ、もしかしてこの村の名前があれだからじゃね。異 流 無 神 って、異世界から流れてきた力を無くした神の村、の略みたいな?
382:さすがにこじつけじゃね?
これは俺も少し思った。村の名前を始めて目にしたとき真っ先に思いついたのが、それだった。俺たちが演じる神の状況が当てはまる村の名前。
偶然だと思いたかったが今まで関わった出来事を思い出すと、偶然と割り切ることが出来ないでいる。
383:話ってのは膨らました方が面白いから、仮にそうだと仮定して考えてみようぜ!
384:その話乗った!
385:んじゃ、俺たちのやっているゲームと関連していると考えたら……あの村なんなんだ?
386:もしかして邪神側のプレイヤーが密かに住んでいる、とか?
387:ないな……あるかも?奇跡の力を悪用するならプレイヤー同士で協力した方が何かと便利だろうしな
388:あっちのプレイヤーって金に汚い連中ばっかって噂だろ。そこで何か怪しい会社でも経営していて、隠れ蓑として利用していたりしてな
389:ねえよ、って笑えない俺がいるんだが…………
390:でも、もしそうだとしたら、こんな連想されやすい村の名前付けます?
『あっ、384と390はボクです!』
スマホの向こうから嬉しそうな声がする。
丁度読んでいたところの書き込みか。
「いい質問だね」
実際、俺も抱いていた疑問だった。秘密裏にやるなら村の名前はどう考えてもおかしい。プレイヤーである俺たちがピンとくるような名前を付ける理由なんて…………もしかして?
391:あれじゃねえか、むしろ匂わせて誘ってるとか?
392:誘うって誰を?
393:そりゃ、俺たち主神側のプレイヤーを
394:何の目的で?
395:ゲーム内で侵攻しやすくするために、ほいほいやってきたプレイヤーを捕縛監禁するために、とか?
あり得ない、とは言えない俺がいる。
実際にリアルアタックかましてきた邪神側のプレイヤーがいた。彼の仮説は無視できないぞ。本当に邪神側のプレイヤーが関わっている可能性があるのでは?
396:仮定の話でめっちゃ盛り上がったけどよ、証拠なんてなんもない憶測なんだよな
397:まあ調べようもないしな。……現地に行かない限りは
398:誰か行けよー。俺は絶対に行かないけどよ
399:じゃあ、俺が行くよ
400:いや、俺に任せてくれ
401:ここは私に
402:やっぱ、俺が……とでも言うと思ったか! やめろよこの流れ!
軽いノリで楽しく会話しているように見えるが、なんだろうこの胸のざわつきは。
何度もリアルアタックを経験している身としては、この会話で笑うことができない。
403:しゃーないわね。私が奇跡で調べてあげようか?
404:おおっ、マジか!でも、そんな都合のいい奇跡ってあんのか?
405:目立ちたいからって嘘吐いてんじゃね?
406:この掲示板では嘘は吐けない仕様だから、それはないんじゃね
407:私の奇跡には《千里眼》ってのがあってね。建物の中とかは無理だけど、場所さえわかればどんな遠い場所でも覗き見できるのよ
408:おおおっ……それってグー〇ルマップと同じなんじゃ
409:一緒にしないでよ! 車の入れない未開の地とかも余裕なんだからね
410:それって衛星写真……
411:あんたらやってあげないわよ?
412:わりいわりい。ちょっと遊びすぎた。でもよ、場所はどうやって調べんだ?
413:その千里眼って正確な場所じゃないとダメなのか?
414:うーん、まあ大まかな場所がわかればそこからは上空からしらみつぶしに探せばいけるかも?
415:それなら俺に任せてくれ。俺の奇跡《探索》の出番だな。説明しよう、探索とは調べたいものの情報が正確であればあるほど、探知能力が上がりそれがどこにあるか調べることが可能な能力なのだ!
416:説明乙。まさかの奇跡コラボとは。盛り上がってきました!
くそっ、この会話にリアルタイムで参加したかった。
プレイヤー同士が奇跡で協力するなんて熱い展開だ。
434:まだー、ねえ、まだー
435:急かすな。今終わったところだ。和歌山県のかなり南方の海を指してるな。本島から結構離れているから……島っぽいってのはわかる。悪い、この情報だとここまでが限界っぽい
436:OK。それだけわかれば十分よ。ちょっと時間掛かるかもしれないけど、島をしらみつぶしに当たってみるわ
437:今、グー〇ルで調べたんだけどよ、和歌山県の島って陸地に近い場所ばっかじゃね?離れた場所になんてあるか?
438:和歌山県からかなり南なのよね? うーん、島、島、島
他のプレイヤーも協力して探していたが結局は見つからずにお開きとなったようだ。《千里眼》を使えるプレイヤーは継続して探してくれるそうなので、今後に期待しよう。
しかし、あの話題がこう繋がってくるとは思いもしなかったな。裏で陰謀めいた何かがあるのだろうか?
だとしたら、邪神側は何を考えている?
『どうですか、良夫さん』
「興味深い話だったよ。もし、本当に島があってそこで邪神側のプレイヤーが悪巧みをしていたら、かなりの大事になる可能性もあるから俺の方でも調べてみるよ」
運命の神に伝えて何か情報を得られるといいけど。
そこからは真君と仕事の話や雑談をして、礼を言ってから通話を切った。
「山奥なのかと思ってたら、まさかの島か」
異流無神村の場所はどこか人里離れた山中だと思い込んでいたが、無人島や離れ小島の可能性を失念していた。
もし、島だとしたら見つかりにくいのも納得できる。
邪神側の情報収集となると、一人心当たりの人物がいる。だけど、あの人とはあまり関わりたくないし、借りなんて作ったら何を要求されるかわかったもんじゃない。
もし頼るとしても、最後の最後の非常手段だ。
フル回転させていた頭を休めるために村の様子を眺めようと、古い方のPC画面に注目すると、そこには――見覚えのあるトンネルの入り口らしき光景が広がっていた。
「えっ?」




