ネーミングセンスと俺
あれから個人的に気になったので異流無神村のことを一通り調べてみたが、ホラー好きの精華から聞かされた内容以上の情報は手に入らなかった。
新たな展開があったら精華と妹が嬉々として教えてくれるだろうと、そのことについて調べるのは一旦やめることにする。
今日は見張りを除いたすべての住民が、村の中心部にある広場へ集まっていた。
村人の視線は臨時に設置されたお立ち台の上にいるロディスに注がれている。
「皆さん、おはようございます。本日は事前に告知して投票してもらった、村の名前についての発表となります」
緊張でうわずったロディスの声を聞いた村人から歓声が上がる。
説明にもあった通り、今日は村の名前を決定する大事な日だ。
教会の前に掲示板を立てて、そこに村の名前候補を五つ書き出し、投票箱を設置しておいた。
この村の住人であれば誰でも自由に投票できるシステムで、自分の名前を書いた投票用紙……もどきの木の板に相応しいと思った村の名前を記載して投稿。
字が書けない村人は数字を書き込むだけでいいようにしている。
一週間の投票期間を設けておいたので、その間に村人全員の投票が終わった。
ちなみに候補名はこれだ。
1、運命の村、もしくは命運の村
2、禁断の森村
3、ロディス村
4、スゴい村
5、キラガロチ村
となっている。上の二つは説明するまでもない。
次のネーミングなのだが、地名や村の代表者の名前が付くのが一般的らしいので、村長であるロディスの名前を入れてはどうかということになった。
で四番目はキャロルが考えてくれた。……そういうことだ。
五番目はこの村を興した五人の頭文字を取ってつなぎ合わせただけ。なんとなく物騒な響きに聞こえるのは俺だけなのか?
そもそも、急に村の名前を付けようという話になったのは、ハンターギルドの支店が要因だったりする。
新たにこの村の住人となったハンターギルド職員の、
『この村の名前はなんというのですか?』
という素朴な疑問が切っ掛けだった。本部に提出する書類に村の名前の記入欄があるそうで、ないと困るという話になり急きょ集会が開かれた。
メンバーはいつものガムズ、チェム、キャロル、ロディス、ライラ、ムルス、フォドム、更にダークエルフを代表してスディール。そして新入りのニイルズの合計九名となっている。
ランカン夫婦も誘ったのだが、「何でもいい」と答えて仕事に戻った。相変わらず寡黙でクールな夫婦だ。見た目はあんなに愛らしいのに。
それはさておき、会議での話し合いのログはこんな感じだった。
『では、村の名前についてなのですが、今までは便宜上、運命の神の村と名乗っていました。ですが、正式な名称は決まっていませんでしたので、この際に決めてしまいましょう。今後、正式な書類には必要ですからね』
『あのー、村の名前というのは何か決まりごとのようなものはあるのでしょうか?』
おずおずと手を上げて質問するチェム。
他の村人も同じ疑問が頭に浮かんでいたようで、ロディスに視線が集中する。
『特になかったはずです。そうですよね、ニイルズ様……ごほんっ、ニイルズさん』
様を付けて呼ばれたニイルズは聞こえない振りをしていたが、言い直されるとニッコリ微笑む。
『はい、ありませんよ。今まで訪れた村を参考にされるのであれば、村を興した村長や代表者の名、土地の名、なんとなくニュアンス、あとは村人の名前を繋げたというのもありましたね』
指折り数えながら答えた。
ニイルズは布教活動や各地の教会を訪れる旅を頻繁にしていたようなので、この世界の地理や常識には誰よりも詳しい。
『そうなると、ロディス村、禁断の森村、あとは今まで使っていた運命の神の村ぐらいか。外から来た人は命運の村と呼ぶこともあるみたいだが』
ガムズが珍しく意見を口にしている。
戦闘関連以外では出しゃばることが少ないのだが、村の名前には興味があるようだ。
『はい、はい! キャロル、スゴい村がいい!』
手を上げてぴょんぴょんと跳ねながら、アピールするキャロルの頭を苦笑しながら無言で撫でる両親。
『ごほんっ。他に何か村の名前について提案はありませんか? それとロディス村は勘弁してください。畏れ多いといいますか……恥ずかしいので』
ロディスが何もなかったかのように司会進行している。
全員があれやこれやと意見を交わし、結局五つの名前に絞られた。キャロルのを入れた理由は大人しくさせるため、だけだったりするが。
『この中から運命の神に選んでいただくというのはどうでしょうか?』
とチェムの提案があったが、ここは村人たちに決めて欲しかったので神託で投票制を進めて今に至る。
投票結果については……実は俺も知らない。
ロディスが代表して集計していたが、意識してそれを覗かないようにしていたので結果を楽しみにしている。
『では、投票結果を発表します。一番多かったのは――』
そこで一旦言葉を句切って大きく深呼吸する、ロディス。
キャロルは目を輝かせて何かを期待しているようだが、それはないと思う。
『命運の村です!』
それを聞いた村人たちは満面の笑みを浮かべると一斉に拍手をしている。
「意外というよりも…………これは初めから決められていたことなのか?」
村の名前が偶然にもゲームのタイトルと同じだった、と思うには無理がある。となると確定事項だったのかもしれない。
俺としては不満はない。ゲームと同じの方がややこしくなくていいよな。
その場に居る村人で唯一不服そうにしているのは、キャロルだけか。頬を膨らましている姿もかわいいけどね。
村の名前も滞りなく決定して、他の村人にも通知をした。ハンターギルドの支店にも連絡したので《命運の村》が正式名称となった。
これで今のところは悩み事がすべて解決したことになる。月末にもまだ三週間近くあるので《邪神の誘惑》への備えにも余裕がある。
そもそも、ダークエルフやエルフの加入により戦闘要員も増え、更にハンターが十数名は常に滞在しているので戦闘面での不安はほとんどない。
《邪神の誘惑》時にはクエストとしてギルドに依頼する予定にしているので、一定数のハンターの助力が期待できる。
更に真君と一緒に村づくりをしているので、プレイヤー二人体制という強み。
「けど、油断は禁物だよな。毎回毎回、予想外のアクシデントがある流れだし」
リアル襲撃や異世界での攻防。更に資金力の差。
万全、なんて言葉を使わない方がいいのは……いい加減、悟った。
今回も月末までに出来るだけの備えをしておかないと。
現在、奇跡を発動するポイントはかなり溜まっている。初期は五人だったが今は百人を超えている。無課金でも毎日増加するポイント量の桁が違う。
人がここまで増えると、ちょっとした天候操作ぐらいなら毎日でも問題なく発動が可能だ。もちろん、ポイントの無駄づかいは控えている。
「人が増えると楽になるのは理解しているけど、これ以上増えるのはなあ」
ゲームを始めた頃は大きな街にしたい、という野望があったが今は正直そうでもない。今暮らしている村人が幸せならそれでいい、という考えに変わってきている。
人口を増やして街になって利便性も上がり、やれることも増える、と考えるならゲームとして面白くなる、かもしれない。
だけど、俺にとって村人はゲームのキャラじゃない。
特に古参のメンバーは家族同然だと思っている。人に優先順位を付けるのは間違いかもしれないが、村人のことを一番に考えて行動する。それだけは曲げないつもりだ。
村のことといえば、一番気になっているのはアレだ。
長宗我部社長との戦いを乗り越え、村のレベルは4に上がったことで奇跡の種類が更に増えて、もう一つ大きな追加要素がプラスされた。
それが――《領地》という項目だ。
レベルアップと同時に増えた《領地》というコマンドをクリックすると、このような説明が表示された。
《領地 禁断の森
禁断の森全域のモンスターや人間や動物の居場所が地図上に表示される。領地内の攻略ポイントをすべて制覇すると、禁断の森全域をプレイヤーは見聞きすることが可能となる》
マップを確認すると、今までと違いマップのあらゆる場所に赤や青い点が表示されるようになっていた。
赤い点を拡大するとモンスター。
青い点は人間や亜人。
黄色い点は動物。
他にもまだ未開の地であっても、禁断の森の範囲であれば点で表示されるようになっているのは、かなり助かる。
それに加え《領地内の攻略ポイントをすべて制覇すると、禁断の森全域をプレイヤーは見聞きすることが可能となる》これができると、かなり便利になるのは間違いない。
今までは聖書を中心として一定範囲内であれば会話を聞き取ることが可能だったが、それが禁断の森全域になれば敵の戦略も筒抜けになる。
「狙うしかないよな、これは」
ただ、条件が《領地内の攻略ポイントをすべて制覇》となっている。
このポイントとは地図内に新たに表示された場所を指していて、まだ未開で真っ暗なエリア三か所に印が付けられていた。
すべてが禁断の森の北側にあり、エルフやダークエルフも寄りつかない危険な場所らしい。
条件は満たしたいが、村人を危険に晒したくはない。
そこで俺はハンターギルドを利用して、その付近の探索をクエストとして依頼してハンターに調べてもらっていた。危険なことを告げ、依頼料も多めに設定して。
「これも結果待ちだよな。それか、奇跡か」
奇跡の項目の一つに《凄腕ハンターがやってくる》というものがある。
これを使って依頼を受けさせたら、攻略ポイントの一つぐらいは制覇してくれるのでは? という甘い期待が……。
まあ、その奇跡はポイントがべらぼうに高いので気安く発動は出来ない。
どちらにしろ、今月は地道に活動して様子を見るべきか。
リアルの方も忙しいし、仕事もゲームも真君との連携がスムーズにやれるようになってから、色々試してみるのはありだけど。
色々考えすぎて脳が疲れたので、PC前から離れて寝転がる。
時計を確認すると予想以上に時間が経過していた。かなり集中して考え込んでいたんだな。
スマホに誰かから着信があったみたいだけど、対応は少し寝てからでいいか。




