怪談と苦手な俺
ニイルズが村に加入してから数日が経過した。
今のところ怪しい動きはない、どころか雑用からモンスター狩りまでこなし、住民たちの愚痴や相談事まで受け付け、いつの間にか村に馴染んでいる。
決して出しゃばることなく、あくまで一歩引いた立場を貫いている。この数日で俺からの好感度も上昇中だ。
彼は神官長をするまではハンターとして活躍していたそうで、戦力としてもかなり期待できる逸材だった。
武骨なメイスを手に怪力で吹き飛ばす豪快な攻撃。更に巨大な盾により自分や味方を守る万能ぶり。チェムよりも高位の治癒魔法も扱えるので、彼女の負担も減っていいこと尽くしだ。
「あの大袈裟なリアクションは芝居だと疑っていたのを謝らないとな」
本当に悔い改めたようで、毎日忙しそうに走り回る姿はどこか楽しげで微笑ましい。
順風満帆で穏やかな日々。次の《邪神の誘惑》まではこのまま何も起こらないで欲しい。
そんなことを考えながら日曜の昼からぼーっとPC画面を眺めていると、来客があった。
「よっしぃは最近変わりない? あの新入りの男の子はどうしているの?」
俺の部屋にやってきた精華は何気なく会話をしている……ように見えるが、その視線は何度も部屋に設置してあるケージに注がれている。
そこにはガラス板に貼り付いて、こっちを凝視しているディスティニーの姿が。――怖いって。
互いの気持ちを理解している大人の男女が個室にいる。普通ならいい雰囲気になる場面なのだろうが、じっと俺たちから視線を外さないディスティニーと、飲み物とお菓子を持ってきたまま居座る妹――沙雪がいるので何も起こりようがない。
……喫茶店にでも行く予定だったんだけどなぁ。
「私もそれ知りたい。すっごくカワイイ男の子だよね」
精華の問い掛けに妹が食いついてきた。
二人の真君への印象があれからかなり良くなっている。
前に本当に男なのかと二人がしつこかったので、当人に許可をもらって仕事の休憩中に薄着になっている真君の写真を撮らしてもらい、それを見せてからこんな感じだ。
ちなみに真君に理由を話すと、
「そ、そんな勘違いをされたんですね。すみません!」
と逆に気を使わせてしまった。
「一週間に二回から、三回のペースでバイトに入ってもらっているよ。先輩の岬さんは子供の行事でちょくちょく休むときがあるから、凄く助かっているみたいだ」
岬さんは真君をかなり気に入っているので、一緒に仕事をする機会が減ったことに愚痴っていたけど。
社長も山本さんも人当たりのいい人だから、真君も徐々に馴染んできているようだ。
あと、真君に誘われて自宅へ訪問したことがあるのだが、その際に父親から感謝されて焼き肉を奢ってもらったことがある。
真君が俺を大袈裟に褒めていたようで、父親に「これからもよろしくお願いします」と頭を下げられたことには恐縮してしまった。
俺みたいなヤツに対して相応しくない過剰な評価に思うところはあるけど、過去の自分に似た境遇の彼に、勇気を持って手を差し伸べたことだけは……自分を褒めたい。
しばらく、互いの現状を話していると精華がこんな話題を口にした。
「あっ、そういえば最近ネットで見かけたんだけど、昔に流行った異流無神村の話って知ってる?」
「いりゅうぶじんむら? なんだその長い村の名前」
「あーーっ、昔のは知らないけど、今動画で話題になっているヤツだよね?」
俺はピンともこなかったのだが、沙雪は知っているようでガラステーブルの上に身を乗り出している。
「話題、なのか?」
「お兄ちゃんもゲームばっかしてないで、たまには動画見たりしたら?」
確かにPCでは常に《命運の村》が起動していて、もう一つのPCは真君とチャットをしたり、調べ物をするぐらいにしか使ってない。
「そうだな。俺も積極的に動かないとな」
運命の神からの頼まれ事もある。噂話なんかはネットの掲示板に氾濫しているから、その中にプレイヤー関連の話題が潜んでいても不思議じゃない。
「でね、十年ぐらい前かな……ネット掲示板のオカルト板で流行ったスレがあって、それが《ヤバい村にたどりついてしまった》っていうのだったの知らない? それが動画投稿サイトで再燃してるの」
いつもは穏やかな口調なのに今日は熱を帯びている。
オカルトか……。個人的にはホラー系が苦手なんだが、精華は好きだったなそういうの。都市伝説とかホラー映画が好きで、何度肝試しやホラー映画に誘われたことか。
男としてのプライドがあったから付き合っていたが、正直に言えば勘弁して欲しかった。
「それでね、それでね。そのスレに出てきた廃村が《異流無神村》って言うんだよ。その村の場所が最近判明したとか話題になって、あんまり人気のない動画配信者がそこに行った動画が投稿されたの。あっ、先に昔のスレ見た方がわかりやすいよね」
精華に教えてもらったオカルト板のまとめサイトをPCで検索する。
確かにあるな《ヤバい村にたどりついてしまった まとめ》というのが。クリックしてみるか。
〇:なんか、通行止めのトンネルがあるんだが
車が一台ギリギリ通れるかどうかの幅しかない、苔むしたトンネルの写真が貼られている。入り口はボロボロの板で塞がれているが、大半が朽ち果てているので人が入れるぐらいの隙間があった。
△:嘘乙
×:おー、どこで拾ってきたんだその写真。それっぽいねー
〇:マジなんだって。ほら、これでいいか
二枚目には、その日の日付が印刷された新聞が一緒に写っていた。
△:わざわざ現場に行ってるのかよ。どこのホラースポットだここ
〇:トンネルの近くにあった看板には、かすれていたけど異と流、あとはたぶん無、神、村って書いてあったぞ。今からトンネルに突入するぜ
×:異流無神村ねえ。長ったらしい変な名前だな。面白そうじゃん、行け、行けー
◇:ちょい調べてみたんだが。異流無神村って存在していたみたいだぞ。昭和初期に火事で廃村になったって書いてるけど
△:なんだ、意外と近いな。明治とか江戸じゃないんだ
しばらく〇からの書き込みがなくなる。
〇:トンネルをなんとか抜けたぞ。なんか、めっちゃ長かったんだよ。それよりもこれを見てくれ!
新たな写真が投稿される。そこには草木が一本も生えていない広場跡と焼け焦げた廃村が広がっていた。
△:今日の釣りはこってるな
×:ここまでやるなら乗ってやるのが優しさだろ
◇:なあ、もしかしてなんだが…………これマジなんじゃね?
〇:信じる信じないはおまいらの勝手だけど正直ちょっとビビってる。まさかって思ってたからな……
△:へいへい、ビビってんじゃねえぞ。もっと探索しようぜ!
×:死体はないのか?
◇:あるわけないだろ。事件があったのって昭和初期なんだろ?今から何十年前だと思ってんだ。残ってたらやりすぎ
〇:おいおいおいおいおいおいおいおい、マジかマジかマジか
△:もったいつけるねー
×:次の燃料早う!
◇:な、なあ。マジでヤバいんだったら帰れよ?
十分後、写真がUPされる。
そこには真っ黒に焦げた人型の死体らしきものが転がっていた。頭、体、腕、脚が切断された状態で。
△:凝り過ぎだろ。これは伝説の釣り師なのでは!
×:…………マネキン燃やしただけだよな?
◇:ホラー映画のワンシーンとか?誰か鑑定頼む
〇からの書き込みはなく写真だけが次々とUPされていく。
焼け焦げた村。無数の焼死体らしきモノ。
×:これ絶対偽物だって。死体が残ってるのがまずおかしい。それに地面に雑草の一つも生えてないなんて変だろ。何十年も経過してんだったら草ぐらい生えるだろ
◇:wwwwwwww
△:草生やすな。てか、〇いい加減なんか書けよ
◇:そういや写真ばっかで全然書き込まなくなったな。本物だって信じて欲しかったらそこの住所教えろって。だったら信じてやってもいいんだからねっ
〇:ここは タスケテクルシイ だ
〇:あれなんだ、こんなの打ち込んでないぞ! ここは シネコロス だって
△:くそっ、一瞬ぞわっとさせられた
×:実は俺も。ゾクッとした
◇:や、やるじゃねえか。お、俺はビビってねえからな!
〇:違うんだって! マジでこの場所を書いたのに勝手に変わってんだよ! クルナコイコイクルナコイクルナコイコイコイコイ
△:もういいって
×:俺たちの負けだから、引き際は大切だぞ
◇:釣られた釣られた、これでいいか
〇:あれなんだ!? 今から写真 ノロウ
UPされた写真には、焼け焦げ切断された死体が宙に浮かび上がり、〇に向かってくるシーンだった。二枚目は『オマエラモニガサナイ』と赤い血文字で書き殴られているだけの写真。
△:わかった、これ映画の宣伝だろ!掲示板を利用したプロモーションだ!なかなかや ヤルコロスヒキサク
×:お前、便乗して悪乗り イヤダシニタクナイ
◇:冗談 ジャナイキサマモ
これ以降、誰からの書き込みもなくなる。
「よく出来た話だな。少しだけゾクッときた」
「私も初めて見たとき深夜だったから後悔したもん。トイレ行くの怖かったなー」
「でしょ、でしょ」
ちょっとビビっている兄妹を見てなんで嬉しそうなんだよ、精華は。
このサイトを見て、さっき思い出したんだが、この話題ネットで何度か見かけたことがあった。詳しい内容も題名も知らなかったし、そういう系統の話は避けていたから完全に忘れていたな。
「それでね一週間前ぐらいだったかな。この《異流無神村》の場所を発見した、って動画配信が話題になって、村に行くまでの過程を動画で上げているの」
俺の横で覗き見していた精華がキーボードとマウスを奪うと、今度は動画サイトへと繫いだ。
動画では、ぱっとしない感じの青年が自分を映しつつ、何度も噛みながらトンネルの入り口でおどけている。
「底辺配信者っぽさ出てるよね」
「それは言わないのが優しさだ」
ぼそっと本音を呟く妹。……俺もちょっと思ったが黙っていた。
「さっきのサイトで見た洞窟と同じように、見えるな」
「でしょ。ちょっと違うところもあるけど、それは年月が経過して風化しただけっぽいのが逆にリアルで」
周囲の雑草が少し伸びて苔も増えているように見える。
青年はとりとめもない話をしながら、トンネルの中へと入っていく。そこからは下手な歌を口ずさんでいたが、四曲ぐらいでレパートリーが尽きたのか、そこからは無言で歩くだけの映像が十分ほど流れた。
同じような映像が続いているだけなのに、何故か俺たちは目を離すことが出来ずに集中していた。
長い長いトンネルを抜けて目に飛び込んできたのは――焼け焦げた廃村。
炭と化した柱や梁。
崩れ落ちた家屋。
地面に転がる焼けた人のように見える、ナニか。
「ひいいいいいいいいっ!」
腰を抜かしたのか地面に落ちるカメラと青年の悲鳴。
そして乱れる映像がプツリと切れた。
「ま、まあ、動画としてはよく出来ているな」
「お兄ちゃん、本気でビビってる?」
「よっしぃ、こういうの苦手だもんね」
頑張って兄としての虚勢を張っているのに、あっさり見破るのやめてくれませんかね。
今の映像、作り物にしてはよく出来ていると思う。あの冴えない青年も最後の絶叫なんて芝居だとしたら相当の役者だ。
「さっきの動画って、ネットでは本物説と、映画のプロモーション動画じゃないか説に分かれているみたいなの」
「あー、なるほど。宣伝として考えるなら納得できるな」
「話題にもなっているから、大成功だよね」
本物じゃないかと一瞬でも思った自分がちょっと恥ずかしい。
そうか、映画のプロモーションとなればすべてに納得がいく。
「でもね。これだけ話題になっても映画配信の情報はどこにもないの。この動画が投稿されたのが一か月前ぐらいで、話題になったのはここ数日なのも変じゃない?」
「すっごい地道な宣伝活動、とか?」
二人とも首を傾げて悩む姿が姉妹みたいだ。
これが宣伝絡みの仕込みだとしたら大したもんだが、あのリアルな映像と青年の生々しい悲鳴。……俺には判断が難しい。
「あっ、ちょっと待てよ。もしこれが本物なら、この場所に行った他の連中がいるんじゃないか?」
「そう思うよね。でも、この投稿者は場所がどこか明確に明記してなかったから、わからないみたいなの」
となると、やっぱり宣伝の色が濃くなってくるな。
なんだろう、この話題が妙に気になる……。プロモーションじゃなくてがちのホラーだったら怖いけど、そういう怖い物見たさの好奇心とは別で何か引っかかる。
「私は本当の話の方がロマンがあって……ひいいいああああっ!」
精華はホラー映像を楽しそうに見ていた者とは思えない悲鳴を上げると、PCの反対側の壁まで一気に後退った。
その怯えた視線の先に居るのは、PC机にちょこんと座るディスティニー。
いつものように精華を驚かしに来たのかと思えば、そっちには目もくれずにじっとPC画面を見つめているだけだった。




