05話「なんのつもりですかやめてくださいコノヤロウッ!!」byF
高校生初の友達である咲に誘われたので咄嗟に了承してしまったカラオケだったが、まさか赤羽くんまで来るとは思わなかった。
いや、クラスの中心人物を誘うのは当たり前よね。勢いで返事するんじゃなかった………
別にカラオケが不得意という訳ではないが、あの密室に大人数で座ってられる自信がなかった。特に、彼も来るのならみっともないところを見られる訳には行かない。
「やっぱりカラオケは二人きりがいいなぁ………」
思い出すのは中学生の頃、あやとくんと二人で行ったあの日のことで………
―――って違うッ! 何考えちゃってんのよ!?
冷静になれ、クレバー私っ! 愛菜が一人、愛菜が二人………あぁ、ここは天国ですか?
なんとか冷静に思考できるようになった私は、今度はただの情報として昔の彼の点数を思い出す。
モニターに映る点数は、何故か昨日の事のように覚えていた。
―――普通だ。
そう、普通だった。
彼の点数はほとんど84点で、プラスマイナスもだいたいが1の誤差だけだった。
………これはチャンスなんじゃないだろうか?
少なくとも、春休みだけで90点も取れるようになるほどは練習はしていないだろう。少なくとも、一人カラオケなんてしに行くような恥ずかしいことはしていないはずだ。
多少上がっていても、86点ぐらいだと思う。
………いけるっ!
―――よしっ! カラオケで絶対ぎゃふんと言わせてやるっ!!
この時の私は知らなかった。
彼が一人カラオケに何度も行って、90点以上を取れるまで練習していたことを―――
◆
私はカラオケに来る度に思うのだが、使用する部屋は一部屋だけなのに、何故人数分の値段を支払わなければいけないのだろうか?
正直、一人一人別々に部屋を取った方が得である。順番的にも、私の精神的にも。
そんなズルいことを考えながら案内されたのは、二人で来た時には入ったことのなかった大部屋だった。
人数が多いとこうなるらしい。
ボッチには縁のない世界だったということか………
大部屋にあるのは、弧を描いた長椅子と、その正面にある机、そして壁に貼り付けてある大画面のモニターだけだった。
「六人っつう大人数だし、すぐに始めようぜ」
「俺、一番最初なっ!」
「それじゃあ私はジュース取ってくるね〜、欲しいやつ順番に言ってって〜」
私は席に座ると、早々動き始めた他の面々を見て目を丸くしてしまった。慣れるとこうなるのか………勉強になった。
私は断然麦茶派だったが、カラオケに一番適しているのは水だと聞いたことがあったので水を頼んだ。
そして赤羽くんと被ってしまった………
何となく、そう、本当に何となく気になって赤羽くんの方をチラッと見ると、最初に歌うと言っていた男子、たしか倉橋くんと言ったと思う。彼と楽しそうに楽曲を選んでいた。被ったことを気にする素振りは全く見られない。
………客観的に考えてみると、自分の考えが相当恥ずかしいことに気がついた。
―――だってよく考えたら普通じゃん!?
頼んだ飲みもの被ったぐらいで気にするって………乙女かっ!
………乙女だったわ。
今の彼には、昔の面影が全然ない。
昔なら私と同じように、一人で孤独に過ごしていたはずだ。
一瞬、私の脳裏には中学生の頃、休み時間を堂々と一人で過ごしていた彼が思い浮かんでいた。
―――いや、私も変わったんだ。昔の私なら、そもそもカラオケに誘われたとしても、まず断っているはずなのだ………
何に張り合っているのか、自分でもアホらしくなるようなことだったが、そのお陰で居心地の悪さは多少紛れたのだった。
「んじゃ、90点代目指して歌いますかーっ!」
倉橋くんが歌い始めると同時に、飲み物を汲んできてくれた女子、宮田さんが帰ってきた。さすがに手では持ちきれなかったようで、トレーに乗せて運んでいた。
「(天城さん、もう入れた?)」
結構上手に熱唱している倉橋くんに遠慮して、宮田さんは小声で私に聞いてきた。
「(まだ入れてないよ。出来れば先に入れてほしいんだけど………)」
「(咲はもう入れた?)」
「(うんっ! 多分、まだ入れてないのは天才二人組だけだと思うよ!)」
「(私と赤羽くんをセットで組まないでって!!)」
というかいつの間に広まったんだろうか………
倉橋くんの歌声に、少しビブラートを意識しすぎているなぁと感想を抱きながら、私はため息と共に宮田さんに続いて曲を入れた。
「いや〜、最初はやっぱ緊張するなぁ〜。多分90点は行かなかったな………」
倉橋くんの自己分析結果は正しく、点数は86点と表示された。ビブラートをかけすぎて音程が合っていなかったんだと思う。
おそらくだが、そのうちのいくつかはただ緊張して震えただけではないだろうか?
実際がどうだかは知らないけど、そう考えると緊張も和らいできた。
「次、私っ! 85点目指しますっ!」
「咲、音痴だもんね………」
「へえ〜、そうなんだ。なんか意外」
歌うまそうに見えるんだけどな………
ちなみに咲と宮田さんは小学校からの親友らしく、よく一緒に遊んでいるらしい。この話を聞いた時、同じクラスになれたことをとても喜んでいた。
「安心しろー、林藤は80すらいかんから」
「言うんじゃねーよ………」
「どうせばれんじゃん」
「そうなんだけどさ………」
分かる。分かるよその気持ち………誰かに言われることほど辛いものはないよね。
あれ?
どうしてだろう、目から汗が………
「悟、人に言われるのと自然にバレるのではかなり違うんだよ」
「そうだよー! 倉橋サイテーっ!」
咲は仲間意識でもできたのか、赤羽くんの言葉に追従して援護射撃を行った。
「わ、悪かったって………」
「ふんっ! 俺だって今回は80越えるわ!」
やめた方がいいのでは? とつい口に出そうになってしまったが、場の空気を読んで言わないでおいた。
別に届かなくったって、彼のメンタルにダメージがいくだけである。
まあ、みなさんお忘れだが、その前に咲の出番である。是非とも応援してやってほしい。
「頑張ってね、夢川さん」
「はい――ッ! 頑張りみぁすッ!!」
赤羽くんが微笑みを浮かべながら言った言葉は、咲のやる気ボルテージを最大まで引き上げたようだ。
噛んでるよ。緊張しすぎ………
少しモヤッとした。
それを意識すると、今度はムカッとした。
だから彼の方を見る、睨みつける。
―――ニヤッ………
「〜〜〜〜ッ!!」
声にならない叫び声をあげてしまった。
―――なんなのよッ! なんのつもりですかやめてくださいコノヤロウッ!!
今は咲が歌っている途中。叫んで妨害するわけにはいかなかったので、私は罵倒を混じえてお願いするのだった。