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20話「むしろやりにくいじゃねぇか……」byM

 

 二択――


 どちらかを選ぶ必要のある瞬間というのは、人生でいくつもあるし、誰しもが既にたくさん経験してきているだろう。


 俺、赤羽綾人にも現在、その瞬間が訪れていた。


「―――赤羽くん、お願い! 私たちにもメイド服の作り方を教えて下さいッ!!」


 覚えているだろうか?

 メイド喫茶を文化祭の出し物にすると決めたのは、何も一組だけではなかったということを。


 覚えているだろうか?

 俺が、彼女ら三組がどうやってメイド服を用意するのか気になっていたことを。


 つまり、そういうことである。


 彼女たちは結局、メイド喫茶というものを甘く見ていたのだ。

 うちのクラスもおそらく、俺――というよりも黒田さんや鬼道院さんがいなければこうなっていたのだろうが……


 それにしても大胆なことをするものだ。

 ライバル店であるうちのクラスにお願いしに来るとは……それだけ追い詰められているってことか。

 まあ、多分お願いされているのは俺だけなんだろうけど。


 俺が放課後に、クラスメイトにメイド服作りの指導を行っていることは多くの生徒が知っている。もちろんそれが何に使われるのかも。

 それを聞きつけた三組の文化委員二人が頼み込みに来た。

 それが現在の状況だ。


「俺としては教えてあげたいんだけど……」


「他の一組の生徒は絶対に説得します!」


 おおうっ……思ってたよりやる気だ。


 正直なところ、ほとんどの生徒は文句を言わないと思う。そもそもメイド服を作っている生徒が限られているから、文句を言えない。


 しかし、わざわざ自分で調べてきた生徒に関しては別だろう。その生徒には俺から聞いておかなければならない。

 そうしないと、勝手に教えた結果、三組ばかりに客が行ってしまったなんてことになったら最悪だ。

 俺なら普通にキレる自信がある。


「それじゃあみんなに聞いて大丈夫だったらってことでいいかな?」


「――っ!? ありがとうっ! 一組で困ったことがあったら力貸すから、なんでも言ってね!!」


「まだ決まったわけじゃないけどね」


 喜ぶ二人を見ながら苦笑してしまう。


 二人はさっそく手当り次第に、一組の生徒に許可をもらって回り始めた。

 その多くは気にしないといった感じだったが、たまにいい顔をしない生徒もいた。「自分のクラスで何とかしろ」という、尤もな意見だったわけだが、二人の必死のお願いが通じたのか、最後には折れていた。


 まあ、あんだけお願いされるとむしろ断る方が面倒ではあるが……


「全員に許可、貰ってきた! ――ってことで、今日の放課後からよろしくねっ!」


「うん、よろしく」


 彼女たちは数人という少人数でやるらしく、メイドは五人ほどらしい。それならば間に合うだろう、といった様子だ。


「そもそも赤羽くん、あなたの知識なんだから、わざわざ許可なんて取らなくても誰も文句は言わないと思うわよ」


 後ろの席の天城さんが、カチューシャをメイド風に仕立てあげながら言った。

 この女、いつの間にか裁縫技術を伸ばしており、俺とタメを張るレベルになっていたのだ。


「それでも、俺はこのクラスのために覚えてきたわけだからね。それに、言葉にしないだけだってのも、俺たちなら分かるでしょ?」


「………」


 人は誰しも、心のうちに抱える思いというものがある。

 その思いを人に伝えてしまえば関係が崩れてしまうとか、大抵がそんな大層なものでは無いが、空気が悪くなったり、自分の印象が崩れたり、変わったりするものがほとんどだ。

 だから口には出さないだけで、心のうちでは思っていたりする。


「聞かれて答えられないのと、まず聞かれないのでは全然違うだろ?」


 これも違う。

 ボッチにはまず聞かれない。

 意見を言うことができない。

 出し物を決める時と一緒で、お互いがほとんど干渉しないのだ。

 そして陰で散々愚痴を言う。


 それを俺たちはよく知っている。


「そう、ね……」


 彼女が悲しそうにしているのは、両方の気持ちを知ってしまったが故だろう。


 コミュニケーション能力が高い生徒からすれば、何も言わないから悪い。なのにあとから愚痴を言うなんて意味が分からないと、そう思うだろう。


 今の俺たちは、その気持ちもよく分かってしまう。

 彼ら全員の気持ちを理解できれば、みんなを引っ張っていくことなんて容易いなんて甘く見ていた時期が俺にもあった。



 ―――むしろやりにくいじゃねぇか……



 そう思えるようになれたことを、俺は喜んでいいのだろうか?



 ◆



 放課後の教室、残る生徒が一組の他に、三組の生徒が数人だけ増えた。見ている限りではやる気はあるようだったし、元々仲のいい生徒同士がいたりと喧嘩にはならなかった。


 黒のロングワンピースが必要なことはすでに聞いていたのか、自前で用意してくれていたので多少の説明をするだけの仕事である。

 お陰で説明はすぐに終わり、途中からは完全に自分の仕事に集中できた。


「それにしても、天才コンビは相変わらずの多才だねぇ〜」


 三着目のメイド服の縫い付けをしていると、それを見ていた林藤が声をかけてきた。悟と林藤は部活動が始まるまでは暇らしい。


「たまたまする機会があっただけだよ。天城さんの方はどうかしらないけどね」


 嘘です知ってます。


 あの女、絶対春休みに猛練習してる。

 そうじゃなきゃ、あんなボロボロマフラーを縫っていたやつがこんな綺麗なメイド服作れるわけがない。


 俺の目の先には、手本としておかれている二着のメイド服があった。

 一着は俺が、もう一着は天城さんが作ったメイド服である。


 ちなみに黒田さんに借りた侍女服は汚さないうちに返したので、すでにここにはない。


「むしろお前に苦手なことって何があんだよ……」


「実は結構あるんだけどね。上手く隠してるんだよ」


 本当のことだ。

 高校デビューを決めてからわずか一年で出来ることなんてたかがしれている。

 その短い期間を上手く使い、多くのことを出来るようになった俺だが、当然できないことの方が世の中には多くある。


 例えば勉強でもそう。

 応用の利く数学などは出来ても、歴史に関しては高校のテスト範囲と一般常識くらいしか知らない。だからもし先生がマニアックな質問をしてきても、俺には答えようがない。

 まあ突然そんなことはないと思うが……


「俺も中間テスト頑張って、クラスのヤツらから見直されようかなぁ」


「悟、勉強苦手っぽいもんな」


「普段の授業見てて、俺が賢そうに見えたらお前は病院に行くべきだよ」


 自分からそう言うほど残念な頭の持ち主である悟と違って、意外にも林藤は勉強出来るんだよなぁ……


「文化祭が終わって次の週だもんな、中間テスト」


「――え? マジか……」


 悟はどうやら知らなかったらしい。

 俺は毎日予習復習を欠かしていないし、中間テストの範囲は入学前から終わらせているので、特に慌てることはない。


「まっ、赤点ならんくらいには頑張れよ」


 林藤の現実的な一言で、悟は撃沈した。



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