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19話「全力で手伝ってやるのも吝かではない」byF

 

 文化祭実行委員会とは、各クラスの文化委員が一箇所に集い、同じ出し物をするライバル店の内情を知る情報戦の場である。


 メイド喫茶――なんてありふれた店なのだろうか!


 いや、別にその辺でよく見かけるみたいなことはないけども。

 ここ、秋葉じゃないし?


 ともかく、文化祭の王道を最前線で征っているようなメイド喫茶は、案の定他にも選んでいるクラスがあった。


「三組かぁ……結構近いな」


「そうね。クオリティにあんまり差がないと運任せになりそう」


 ちなみにうちのクラスは一組である。毎年新入生代表は一組になるらしい。


 私の場合は単なる偶然なのだが、この男と一緒のクラスになってしまったことを嘆くべきか、見返すチャンスが増えたことを喜ぶべきか……迷う。


「三組って咲から聞いた話だと、文化系女子が多いらしいわよ」


「向こうはメイド服、どうするんだろうな」


 メイド服? と一瞬なんのことか分からなくなったが、すぐに理解した。うちのクラスも同じ状況だということも。


「ほ、ほんとだ……うちのクラスはどうするのよ?」


「一応他クラスの知り合いの侍女さんに一着借りることになってる。それを見本に何とか本番までに数を増やすつもりだ」


 知り合いの侍女?


 他クラスといえば黒田さんくらいしか思い浮かんでこなかったが、まさか本当に侍女なんてことはありますまい……多分。


「それ、間に合うの?」


 正直な気持ち、間に合う気がしない。

 うちのクラス全員の裁縫技術を知っている訳ではないが、そんなに多く裁縫が出来る生徒がいるとは思えなかったのだ。


「……間に合わせるよ」


「――ッ!? そ、そう……」


 いつになく真剣な顔で言われてしまった。

 そんな彼の横顔がカッコよかったなんて、私は思っていない。


 結局彼も、寂しい文化祭はもう懲り懲りということだろうか。

 もしそうなのであれば、全力で手伝ってやるのも吝かではない。


「まあ、楽しい文化祭に出来たらいいわね」


「ああ、そうだな」


 口ではそう言っていても、赤羽くんの瞳は絶対にしてみせるという強い意志が灯っているように見えた。



 ―――ダメだ



 こんなんじゃ全くもってダメだ。

 いつまでたっても追いつけない。勝てない。


 手伝うんじゃない。私がしなくちゃいけない。

 私が、高校一年生の文化祭を最高の思い出として思い出せるようにするんだ。



 ―――負けない



 さっきより、何故だか文化祭にかける思いが強くなった気がする。



 ◆



 文化祭があるのは五月半ばで、今日を含めてあと三週間もない。普通ならそれだけあれば十分かもしれないが、うちのクラスにとってはかなりハードスケジュールである。


 翌日にその趣旨をクラスのみんなに伝えると、裁縫の得意な人や私と同じ帰宅エースの面々が放課後に残ってくれることになった。


「これが知り合いに借りてきた本物の侍女――メイド服なんだけど、基本的には他のもこれと同じようなデザインで作ることになる」


「えっと………一から?」


「いや、黒のロングワンピースに色々と縫い付けてそれっぽく見えるようにするだけだよ。もちろんクオリティは高い方がいいけどね」


 なるほど。


 たしかに今不安そうに訊ねた生徒の言葉通り、一から全てを作っていたらおそらく終わりは見えないだろう。

 しかし、その方法ならば早く終わる上に、失敗してもすぐに作り直すことが出来る。


「作る方法に関しては、まだ試してないからできるだけ各自で調べてきてほしい。一応俺も調べてきて、分からない人には教えるつもりでいるから」


 赤羽くんの一言に、残っている面々が頷く。


 先程からリーダーシップを発揮している赤羽くんと違い、私はほとんど喋っていなかった。


 もちろん裁縫が出来ないという訳ではない。むしろ今の私は裁縫は得意な方なのだが、残っている生徒が文化系ということもあってか、女子が多かった。

 そして彼女たちはあわよくばこの男と会話しようとするので、喋り辛かったのだ。


「赤羽くん、凄いリーダーシップだね。さすがと言うべきかなんというか」


「そう、ね……」


 表向き仲良くしているせいで、咲の言葉に頷くしかなかった。


「それでもまあ、ちょっと間に合うか心配なところはあるけどね〜」


「時間と人が足りないから仕方ないわ」


「菜々子、裁縫苦手だしね!」


「咲に言われたくないし!」


 いつものように言い合いになる二人を他所に、メイド服作製のために必要な材料について話し合いが進んでいた。

 それらの購入は登下校時に近くの店で買える人が割り当てられているので、私たちが何か買いに行くことはない。


「それじゃあ明日から頑張ろう!」


 最後に赤羽くんがそう締めくくり、その日は解散となった。


 帰ったら裁縫技術が廃ってないか確認しないといけないわね……



 ◆



 さて、間に合わせるとか意気込んではみたものの、実際問題どうしよう………特に何も考えてないんだよなぁ……


「まあともかくメイド服の作り方でも調べるか……」


 一度は大まかに調べたものの、詳しくは見ていなかった。


 それにしても今の状況、客観的に見てヤバい。

 自室でメイド服の作り方を調べる高校一年生………



 ―――うん、変態だ



 まあうちのクラスで残ってくれた男子生徒の多くも同士となるわけだから、別に気にしないけど。


 そんな言い訳をしつつ、俺は自前の裁縫セットを用意した。

 明日からは本格的に俺の裁縫技術をみんなに魅せるのだから、失敗は許されない。今から作り方と技術の確認しておかなければ……


 不本意なことに、メイド服作りに熱中してしまい、その日は勉強時間がいつもより三十分短くなってしまった。


 夜、就寝前に一着のメイド服が完成した。

 と言っても、動かすと色々とズレてしまい、とても着れたものではなかったが。


「まあ、最初はこんなもんか……」


 誰からの指示もなく、初めて作ったのだからこんなものだろう。それに時間もほとんどかけていない。

 実際、誰かに着てもらうつもりで作るのならば、このあと三倍は時間をかけて作るつもりである。


「そういえば天城さん、裁縫下手だったな……」


 ふと中学時代を思い出した。


 初めての彼女からの誕生日プレゼント。

 貰ったのは、手編みのマフラーだった。

 形は歪で、不格好で、冬に巻いていてもあまり暖かくないマフラー。


「………さすがに渡さなかったのは、ダメだよな」


 机の引き出しを開けると、そこにはリボンの巻かれた小さな箱が一つ。


「なんであの後、渡さなかったんだろう……」


 渡しに行っていれば、そして一言添えていれば、こうはなっていなかったかもしれないのに……



 時計を見ると、時間は既に十時をまわっていた。


「………寝るか」


 過去のことをどれだけ後悔しようとも、一夜眠れば明日がくる。

 だったら、後悔しても仕方ない。

 あの時渡せなかったプレゼントは、今度渡す。

 きっと今度は渡せるだろう。


 だって今の俺は、昔とは違うのだから――



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