プロローグ「絶対に見返してやるっ!!」byM
「―――別れよう」
雪の降る寒い校舎裏で、僕は最愛の彼女―――天城結衣に言った。
「―――っ………」
何か言いたそうに何度か口をパクパクさせる彼女だったが、本当に言いたいことは分かっているので、むしろ聞きたくなかった。
彼女が迷っているのは今まで付き合ってきた僕に対する情からだろう。
「………それじゃあ」
「あっ―――!」
僕は放たれるであろう言葉から逃げるように彼女に背を向け、その場を去った。
―――どうしてこうなってしまったのだろうか?
僕が彼女を振ったのは、彼女のことが好きでなくなったからではない。そんなことありえるはずがない。
逆だ。
彼女が僕のことを嫌いになったのだ。
僕は彼女から、あの口から「別れよう」と言われることが怖かった。
だから僕の方から振った。
その方が向こうにとっても罪悪感がなくてお互いにいいだろうと思った結果だ。
僕は橋の上で、止まることなく流れ続ける、夕陽が映った川の水を眺めながら、あの日のことを思い出していた。
そう、あれはもう三ヶ月も前の話だ―――
◆
その日は日曜日の休日で、ショッピングモールにある多くの店がセールをしている日だった。
僕は別にそれを狙っていたわけではなかったが、彼女が、ゆいちゃんが喜んでくれるようなプレゼントを選ぶためにショッピングモールに来ていた。
経験したことのある人は分かると思うが、誰かに贈るためのプレゼントを選ぶ時、とても迷う。相手が大切な人の場合は特に。
迷いに迷って一旦休憩をと思い、フードコートの椅子に腰掛けた。
それが僕たちの終わりの始まりだったのだ。
座って数秒もしないうちに、クラスでも人気の女子である宮内さんに声をかけられたのは、もうある意味運命だったのかもしれない。
―――運命神ぶっ飛ばすぞコラッッ!!
なんてバチあたりなことを思うことができたのも、全てが終わった後だった。
「あれっ、赤羽くん? 奇遇だね! 一人で何かお買い物?」
一人で悪かったな! なんてクラスのアイドルに面と向かっえ言えるわけがなく、淡々と来た理由を話した。
彼女は誰にでも優しく、人との約束は守る人だ。
それにゆいちゃんとはあまり話している様子はないし、プレゼントのことが伝わることはないだろう。
話し出すと止まらなくなり、気がついたらプレゼント選びのアドバイスを貰っていた。
―――滑稽なことに、その時にはすでに終わっていたのだが。
「多分、なんでも嬉しいとは思うけど、そういうことじゃないんだよね〜」
「うん、出来れば意見が聞きたいかな」
「私も彼氏いたことないから、あんまり分からないんだけどさっ、最終的には赤羽くんが自分で選ばないとダメだと思うよ?」
宮内さんの意見は正しいと思ったが、僕はゆいちゃんがより喜んで貰える物を贈りたかった。
「そうだよね。君ならどんなプレゼントが欲しい?」
「うんーっとぉ〜………やっぱり普段から身につけられるアクセサリーかなぁ〜。なんかさ、近くに感じれるから」
なるほど、なんて本当は納得している場合ではなかったのだが、僕たちは全くそのことに気がついていなかった。
立ち上がったのは偶然だった。
ただ、たまたま催してしまっただけで、気がついていたからでは決してない。
だのに目が合ってしまった。
横を向いた時、バッチリと。
「「あ………」」
立ち尽くす僕と彼女。
僕は彼女が先ほどから僕たちのことを見ていたことを理解した。
何も悪いことはしていないはずなのに、罪悪感で胸がいっぱいになる。
「―――っ!!」
逃げ出す彼女に、僕は手を伸ばすことしか出来なかった。
「誤解だ」とか、そんな簡単な言葉すら出なかった僕は、恋愛小説に出てくる度に馬鹿にしていた主役たち以下の存在だったのだろう。
◆
知っているだろうか?
中学生カップルがそのままゴールテープを切って共に生涯を過ごす確率なんて、両親が離婚する確率より圧倒的に低いということを。
まあ、完全に僕の推測なわけであるが、おそらく事実だろう。
もしゴールテープを切ることに成功したのならば、君たちは数少ない絶滅危惧種だということだ。保護してもらった方がいい。
つまるところ、赤羽綾人と天城結衣がこうなったのは自然の摂理―――運命だったのだ。
僕はその日から、彼女のことを思い出さないように勉学に励んだ。その励み具合といえば、最高で学年七位をとるほどだ。
しかし、それでも僕は彼女を忘れることが出来なかった。
身が引き裂かれるような思いで別れ話をしたあの日から一年近く経った今でも、あの日の光景は昨日のように思い出すことができる。
勘違いしてもらっては困るのは、忘れることが出来なかっただけということだ。
僕が今、彼女に抱いている気持ちはどちらかと言えば怒りである。
何故そんなことになっているのかって?
―――え、聞いてない?
いやいや、お願いだから聞いてください。
それはとある異世界転移小説を読んでいた時のことである。
『俺たちのパーティに戻ってくれ! 俺は前からお前が無能なんかじゃないって信じてたんだ!』
『いや、だからなに? お前と同じで俺も無能とはパーティ組みたくないわ』
いわゆるザマァシーンというわけだ。
恋という不明な点が多い現象はとても別の感情に移り変わりやすく、彼女のこと嫌いになるなんてありえるはずがない、なんて小っ恥ずかしいことを思っていた俺も、結局のところ例外ではなかった。
―――アイツにもそう言わせてやりたいっ!
そう思ったら最後、僕の彼女に対する気持ちのベクトルは怒りに変化していた。
恋愛感情なんて本当にあっけないことで変わるものだ。
僕は彼女に喜んでもらうために、プレゼントを買いに行っただけなのだ。なのに何故あんなに無視され続けなければならなかったのか!
そんな理不尽な怒りを胸に、一人称を『俺』に変えて容姿にも気づかった。
また、女子力の高い男はモテると聞いたので、様々なことに手を出した。
春休みの僅か1ヶ月で大部分をやりこなした自分の器量の良さを褒めてやりたい。
今の超人とかした俺に死角はない!
春休み中に培ってきた、この完璧な技術とコミュ力で………
―――絶対に見返してやるっ!!
こうして俺たちの、スタートがすでにゴールな惚れさせ合い高校生活が始まろうとしていた。