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17話「印象薄すぎて何も覚えてないっ!?」byF

 


 ―――思ってたのと違う



 いざ言葉を発しようとしたら、何故か心配する言葉がポンポン頭に浮かんできたのだ。

 別に赤羽くんが何に悩んでいようと私には関係のない話なのに……


 結局外部からのアドバイスをしただけという、優しい天城結衣を発揮してしまった。


 まあ、私は根っからの善人ということだろう。


 最後まであの男が何に悩んでいたのかは分からなかったけど、とりあえず授業中のため息は無くなってくれたのでよかったとする。

 お陰で加藤さんも諦めてくれたし、私も授業に集中できた。


 そんなことを思いながら食べ終えたお弁当を片付けていると、同じクラスの女子生徒が声をかけてきた。


「天城さん、私メイド役やるよ〜。あと蘭ちゃんもやるって〜」


「ちょっと待ってね………はい、それじゃあ本番よろしくお願いね」


 私は赤羽くんに渡されていた紙に「森川」「速水」と名前を書き込んでいく。

 紙には他にもすでに何人かの名前が書いており、合計で十三人だ。希望者はクラスの女子の半数を超えている。


 文化祭の出し物を決める時に一発ぶちかましたあの日から、昼休みに私のところへメイド役を希望する生徒がやってくるようになっていた。


「そういや天城さんはやらないの?」


「私は文化委員だから……」


 といってもこれは立候補したわけではなく、正副委員長が強制的に任命されただけである。それもうちのクラスだけ……


 あの教師、文化委員決めるのが面倒だったために面倒事を押し付けやがったのだ。許すまじ。


「まあそれなら仕方ないかぁ……ホントにいいの?」


「いいのよ」


 森川さんはしつこいぐらい確認してくるが、むしろ私はやりたくないのだ。それにメイド役決定権は私にあるので、やりたければ準備前までならいつでも希望できる。


「ゆいって中学の時は文化祭で何やったの?」


 森川さんが諦めてどこかに行った後、まだご飯を食べ終わっていない咲がほっぺたにご飯粒を付けたまま聞いてきた。


「ほらっ、ここ付いてるよ」


「んっ! ありがと、ゆい!!」


 ご飯粒をとってやると、まるで小学生のように微笑ましい様子で笑いかけてくる。本当に二人目の妹ができたような気分だ。


「文化祭か……何年の時かによるけど……」


 言われてみて気がついたことがある。



 ―――印象薄すぎて何も覚えてないっ!?



 これは酷い。

 いくら学校行事に興味がなかったボッチ影薄地味女でも、これはさすがに酷すぎる……


 いや、少しぐらいは捻り出せば思い出せるはずだ。


「えっと……ゆい?」


「ちょっと待って、今自分と戦ってる途中だから!」


「天城さん、それは重症よ。私と一緒に保健室に行きましょう」


 宮田さんの優しさが辛い……


 たしかに痛々しいのは自覚しているが、このまま思い出せないのは青春時代を寂しく過ごしていたと認めることになってしまう。

 いやまあ、九割方認めてるんだけどね。


 そう、文化祭と言えば青春なのだ。

 そして青春と言えば――



『―――ゆいちゃん、一緒に回ろうか?』



「――何も覚えてないみたい。ごめんね」


 うん、私は青春時代を寂しく過ごしたボッチ影薄地味独り身女だったわ。あんな優しく微笑んでくれる男子、私は知らない。


「今何かあった? 急に笑顔になってなんか怖いんですけど!?」


「天城さん、やっぱり保健室に――」


「大丈夫だから! ホントに何も無いからね!?」


 宮田さんがやけに保健室を勧めてくるので、つい焦って本気で止めてしまった。


「まあいいや。覚えてないなら高校の文化祭こそはいい思い出、たくさん作ろうねっ!!」


 咲は基本、意地悪をすることはあっても裏のあるようなことは言わない。

 そんな無邪気な彼女を見ていると、自分がどれほど汚くて最低な人間かがよく分かってしまう。


 だからだろう、宮田さんがあんなにも純粋でいられるのは。

 私も、もっと早く彼女と出会っていれば……



 ―――赤羽くんに、あんな意地を張らなくて済んだんだろうか?



 私の根っこはあの頃と何も変わっていない。

 多分、あの男も……



 ―――私たちは未だ意地を張り続けたまま、ただ、何をしたらいいのか分からず立ち止まっている……



「――それでも、やっぱりこの学校で咲と出会えて、本当によかったよ……」


「何、いきなりどうしたの!?」


「天城さんってよく、自分の中で話が完結しちゃってるよね? まあ、今回のことに関してはその気持ち、よく分かるけど」


「菜々子までぇ!?」


 たまに自己完結してしまうのは、ボッチだった頃の名残りだ。

 でも、彼女たちはそのことで離れていったりはしない。そして、私にはそれがたまらなく心地いい。


「ふふふ………それじゃあ文化祭、私たちで一緒に回ろっか?」


「――うんっ!」


 私の心がいくら汚かろうが、彼女たちと一年間過ごしていれば、いくらかは汚れが落ちるだろう。


 そして、その時には彼女に伝えよう。

 私が中学時代に、どんな人間だったかを――



 ◆



 学校にいても、自室にいても、風呂にいても、リビングにいても頭から離れないことがある。


 勉強をしていても、運動をしていても、歌っていても、家事をしていてもすぐに頭に思い浮かんでくることがある。



「メイド服、どうしよう………」


 そう、メイド服。

 うちのクラスはメイド喫茶。当然メイド服は必要になってくる。

 しかし………


「俺一人じゃ、一着が限度だろうし、そもそも現物がないとなぁ……」


 さすがに男である俺が購入する訳にはいかない。

 となれば文化祭の予算で学校購入になるが、許可が下りる気がしないし……


「やっぱり裁縫得意な人いっぱい集めて、自分たちで作るしかないかぁ……」


 気が遠くなるような作業だ。

 まず、クラスに裁縫が出来る人物がどれほど居るかって話だ。


 ちなみに俺は裁縫、得意である。

 例のごとく、高校デビューのために地獄と言うのも生温い練習をした成果である。


 一時期は手が血で真っ赤になるまで縫い物をしていたこともあった……

 そして結局出来上がったのが、今も料理をする時に使用しているエプロンである。


「家庭科の授業、急にメイド服作りに変わったりしねぇかなぁ……」


 そんなことを呟きながら今日の夕食である野菜炒めを作っていると、父が仕事から帰ってきた。


「もう夕食でき終わるから、お風呂は食べた後で入ってくれよー!」


「おぉ、今日はあやとの日か! お腹減ってるし、大盛りで頼む」


「了解っ」


 大盛りねぇ……


 ふと頭に鬼道院さんが思い浮かんできた。

 我ながらしょうもないことだが、大盛りと聞いて大金持ちを連想したのだ。


「………――あっ!」


 あったわ、メイド服。

 それも思ってたよりも身近なところに。



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