14話「まさか、昔の俺が嫉妬してるんじゃ……」byM
僕は一人が嫌いではなかった。
本を読むのは好きだし、寝るのも好き。
自分だけの時間というのが何故だろう、好ましく思えたのだ。
だから、わざわざ自分から誰かに関わろうとしなかった。向こうから話しかけてくるだろう、なんて偉そうなことを本気で思っていたのだ。
結果はボッチ、学校での敗北者だった。ずっと一人だった。
そこまで苦痛ではなかったけれど、特にこれといって楽しいこともない。
僕は一人が嫌いではなかった。
でも、それは嫌いではなかっただけであって、友達がほしくなかった訳では無い。
だから、寂しくなかったと言えば嘘になる。
誰だってそうだ。
一人でずっといると、人恋しくなる。
だからだろう、あの時彼女に声をかけたのは……
何の変哲もない、普通の日の、普通の放課後。
教室にただ、忘れものを取りに帰っただけのあの時に、教室で一人、寂しそうに掃除をしていた女の子。
『―――手伝おうか?』
彼女は泣いた。
僕はわけも分からず、ただ困ったことはよく覚えている。
でも、人に頼られることがこんなに嬉しいとは思わなかった。今まで頼られてきた時とは違う、心の底から頼りにされている感覚。
だから彼女に惹かれたのだろう。それを僕に教えてくれたから……
その光景を忘れることは絶対にないと断言できる。
泣き崩れる彼女の体温は、僕の固まった心を溶かしてくれた―――
◆
目が覚めた。
目覚まし時計を見ると珍しくまだ五時前で、カーテンを開けると、外はまだ太陽が昇っていなかった。
「やっちまった………でも二度寝はあんまり良くないよなぁ………」
今日は七時間五十四分しか眠ることが出来なかったのだ。毎日八時間睡眠という、俺の中の決まりを破ってしまった。
はぁ、鬱だ………
「それに、なんで今更あんな夢……」
別に思い出したくない過去でもないが、すでに関係のないことのはずだ。
あの女を見返してやりたいとは思っていても、少なくとも恋しいとは思っていない。それは確実である。
「まさか、昔の俺が嫉妬してるんじゃ……」
―――うん、ないわ。ちょっと頭冷やすために外走ってくるか。
思考を切りかえた俺は、タンスの中から取り出したランニングTシャツに着替え、一汗かくために外へ赴いたのだった。
◆
「あっ、赤羽くん! おはよう!」
「おはよう、夢川さん。今日も朝から元気だね」
学校に着くと、靴箱で夢川さんと会った。彼女とは登校時間が被るらしく、よく会うのだ。
「それが私の取り柄だからね! 赤羽くん、あれから菜々子とはどうなったの?」
「普通だよ、普通に友達として仲良くやってる……と思うよ」
少なくとも俺の方はそのつもりだ。
これで向こうは全くそのつもりがなかったとか言われたら恥ずかしさで数日は不登校になる自信がある。
「自信なさげだね……まあ、菜々子はまだ諦めてないみたいだったけどね」
「らしいね」
「あっ、知ってたんだ?」
「姉思いの妹たちに聞いたんだよ……」
「あー、あの子たちかぁ……ドンマイ!」
この様子じゃあ、きっと彼女も夜耶と久美に絡まれたことがあるんだろう。可愛らしくはあるんだけど、さすがに大変だと思う気持ちの方が大きい。
「そういえば、夢川さんはメイド役するの?」
「うん、その予定だよ! 私のメイド姿、楽しみにしといてね!!」
夢川さんのメイド姿か……
正直言ってロリコンが群がってくるイメージしか湧かない。
しかし、低身長を気にしている彼女にそんなことを伝える訳にはいかなかった。
「期待させてもらうよ」
教室に着くと、ドアの前に何やら人集りが出来ていた。
「なんだ?」
「なんか面白そうな予感がする!」
なんだその不吉な予感は……
きっと俺と夢川さんの感性は違うのだろう。
俺と夢川さんはその人混みをかき分け、奥に進んでいく。
その中心にいる人物は、うちのクラスの生徒ではなかった。
容姿端麗、金持ち、お嬢様と三拍子揃った校内で知らぬ者はいないと言われているほどの有名人。
「赤羽綾人という生徒はいますでしょうか?」
―――鬼道院桜
「………俺に何か用かな?」
本当は名乗り出たくなかったのだが、隣で夢川さんが脇をつついてくるので仕方なく名乗り出た。
周りが更に騒がしくなるが、もう無視だ無視!
というかよく見ると、集まってきてる半分くらいは鬼道院さんの取り巻きじゃん……
「ええ、少し二人きりでお話ししたいことがありまして」
やけに二人きりの部分を強調してきた。
おそらく、他の人には聞かれたくない話なのだろうけど、俺は彼女と接点が全くと言っていい程ない。
しかし、周囲に人が多くいるこの状況で断ることなど到底出来なかった。
「構わないよ。まだ朝休みの時間はあるし、今からでいいかな?」
「はい、では屋上に参りましょう」
こうして俺は、半強制的に屋上へと連行されたのだった。
◆
「それで………用って何かな?」
俺の問いに鬼道院さんは長い黒髪を右手で撫でる。
その一つ一つの動き全てが洗練されているかのように美しく、思わず見とれてしまう。
だが残念。
俺の高校生活での目的はあの女を見返すことなので君の下にはつきませんよ奥さん。
しかし、鬼道院さんは予想だにしない言葉を俺に放ったのだった。
「赤羽綾人くん、あなたのことは全て調べさせていただきました」
「――へ?」
一瞬何のことか分からず、つい素っ頓狂な声を上げてしまった。
そんな俺の様子がおかしかったのか、彼女は口元に手を当てて上品に笑う。
「ふふっ、驚きましたか? 一応確認させていただきますね」
――ちょっ!? 盗み聞きしてるかもしれない誰かに聞かれたらどうするんだよ!?
「安心してくださいな。黒田さんに頼んでいますのでこの会話は誰も聞いていません」
鬼道院さんは俺の心を読んだように言葉を繋いだ。
黒田と言えば、鬼道院さんと最も仲がいい……というよりも主従の関係の生徒だったか。
一体何を頼んだのだろうか?
「赤羽綾人16歳、元ボッチ、交際経験は一度だけありで相手は同じクラスの天城結衣さん、高校デビューを果たして今に――」
「ちょっ、ちょっ、分かった! 分かったから言わなくていいって! というかお願いだから言わないでくれ!」
淡々と恥ずかしい個人情報を暴露してくる鬼道院さんに、俺は誰も聞いていないと分かってはいたが恥ずかしさで辞めるようお願いした。
怖ーよ、なんで交際相手まで知ってんだよ。ほとんど誰にも言ってなかったのに……
「分かってくれましたね?」
「はぁ…………それで、俺に何させたいのかな?」
「実は………目立たなくなりたいのですっ!」
―――です――…です―……です………………
「………どの口が言ってんの?」
「この口です。それが素なんですね、その方が素敵ですよ」
一瞬しまったと思ったが、別にすでにバレているので問題はないだろう。
俺は改めて鬼道院桜を見る。
カラスのような艶のある綺麗な黒髪に、人形を思わせるほど整った顔立ち。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる理想的な体型………
「無理だろ」
率直に言って時間の無駄だと思う。