08話「嫌いだよ………大嫌い」byM
公園に着くまでについて語ろう。
二人で歩いた。
終わり。
マジである。
考えてみてほしい。
入学初日に今日あったばかりの女子と二人で公園に行く………そんなシチュエーション、普通想定できないだろ?
正直話しのネタはいくつか持っていたのだが、宮田さんがとても緊張した様子だったのでやめておいた。むしろ話さなくても気まずくならないよう、普段の態度を心がけておいた。
公園の場所は俺もよく知っている――というより子ども会でよく使用している場所だった。
昼に来ると、だいたい小学生たちがサッカーや野球をしているのだが、夕方ということで人は隅の方にあるベンチに座っているご老人だけだった。
「とりあえず、向こうのブランコに座ろっか」
俺が指さした方向にあるブランコは、ご老人の座っているベンチとは正反対の場所だ。
今は子どもがいないので、ブランコに座っていても邪魔になることはないと思う。
「………家、ここの近くなの?」
「うん……って言っても二駅離れてるけど」
「なるほど、歩ける距離ではあるね」
この公園から二駅ということは、学校までは自転車通学なのだろうか?
今日は入学式なので誰も乗ってこれなかったけど、明日からは自転車通学の生徒が増える。
俺の家も自転車通学の許可が貰える距離だが、俺は歩いて行くつもりだ。理由は単純で、自転車に乗れないからである。
小さい頃は大きくなれば乗れると信じていた。
しかし、残念ながら現実は厳しく、俺の乗れる自転車は未だに三輪車である。
春休み、練習してなかったんだよ………
完全に忘れていたことも理由の一つだが、思い出していたとしても練習するための場所に困っていたはずだ。乗れないのに道路で練習するのは危険だし、公園で練習するのは恥ずかしすぎる。
つまり、仕方ないっ! 説明終わりっ!
「赤羽くんは?」
「うーん……まあ、そこそこ近いかな。ここから一駅くらい。でも家から駅まで行くのと距離は変わらないから、どうせ歩きなんだけどね」
「そうなんだ、大変なんだね………」
会話が途切れる。
道路と違って、間近で聞こえてくる車のエンジン音や通行人の声も全くしない。聞こえてくるのはブランコの揺れる音だけ。
………
………
………
キコーッという効果音だけ流れるという、何もしてないのに緊張感が高まる状況下、俺は横目で宮田さんをチラッと見た。
Wow……
手に人の字書いてる………
これから何か起こるんだろうか?
ちょっと怖くなってきたんだけど………
宮田さんはついに意を決したのか、人の字を飲み込んで俺の方へと体を向けた―――が、俺が宮田さんの行動を見ていたことに気づき、また顔を伏せた。
「〜〜〜〜ッッ!」
耳が赤い。
正直、その行動自体が悶えそうなくらい可愛かったけれど、ここで茶々を入れると話が進まないので無言で復活を待つことにする。
―――あっ、宮田さん、カバンの値段札外し忘れてる……
そんなくだらない発見をしている間に、宮田さんは復活した。
「あ、あのねっ! き、今日は楽しかったです。ありがと」
「そう、それはよかった」
多分、これは本題ではなく、緊張を和らげるための前置だろう。
宮田さんが本題を話しやすいように相槌をうった。
「えと、それでね……あの……赤羽くんっ!」
「なに?」
「えっと、あの……わ、わた……私と――」
顔を真っ赤に染めて両目を瞑り、制服の端を両手で掴みながら宮田さんは―――
「―――付き合って下さいッ!!」
まさか本当に告白されるとは思わなかった。
いや、よそう。
分かっていたはずだ。ただ、信じたくなかっただけで……
宮田さんは勇気を振り絞ったのだろう。
それはもう、俺には想像もつかないほどに。
会って初日で一目惚れだろうがなんだろうが、告白することは難しい。特に面と向かってするのは。
―――俺には出来ただろうか?
いや、多分無理だ。
だって、振られることが怖くて逃げた男だ。
どれだけ運動ができようと、どれだけ勉強ができようと、好きだった女の子と向き合うこともできなかった男だ。
今だってそう。
他人に好意を伝えられると分かっていたのに、信じようとしなかった。俺が受け入れようと拒もうと、最後には悲しい想いをしなければいけないから。
結局、完璧超人なんて程遠いってことかな……
兎にも角にも、俺はこんな人間だ。
だから、今回も逃げる。
後腐れがなくなるように、今後とも宮田さんと仲良く話せるように。
「告白してくれてありがとう。正直言ってとても嬉しいよ………けど、ごめん」
「だ、だよね……」
宮田さんは瞳に涙を浮かべており、その言葉は震えていた。この告白にどれだけ勇気を出したのか、それだけで伺いしれる。
「会ったばかりで君のこと何も知らないし、それに俺は彼女をつくるつもりはないんだ」
俺がそういうと、宮田さんは驚いたように伏せていた顔を上げた。
「俺さ、信じられないかもしれないけど、中学の頃はこんなんじゃなくてもっと根暗だったんだよ」
「……赤羽くんが?」
「そうだよ。高校デビューってやつ……俺は宮田さんのことをよく知らないけど、嫌いじゃない。でも、俺は見返したいヤツがいるから、付き合うことはできない」
詳しくは話せないけど、初めてこの話を他の人にした。
「付き合ったら、見返せないの?」
「さあ、どうかな?」
「その人のこと、好きなの?」
「嫌いだよ………大嫌い」
「………」
曖昧な答え。
けれど、それ以上宮田さんは追求してこなかった。
高校デビューについては、どうせ同じ高校のヤツがいるからいつかは知るだろうし、別によかった。
でもその目的は違う。
俺自らが、言うべきだと判断して伝えたのだ。
宮田さんは涙を拭うと、ブランコから勢いよく立ち上がった。
「分かった………でも、私のこと嫌いじゃないんだよね?」
「うん。これでも好き嫌いは激しい方だけど、宮田さんのことは嫌いじゃないよ」
「なら、いい…………そろそろ帰ろっか?」
「そうだね。おじいさんも帰ったようだし」
「ふふっ、そうだね……」
時刻は午後六時。
周りもだいぶ暗くなってきていた。
ベンチに座っていたご老人も、気がついたらいなくなっており、公園には俺たち二人だけだった。
「明日からも話しかけるけど……いい、かな?」
「もちろん! よろしくね、宮田さん」
駅までの道は家とは反対方向なので、俺はそのまま宮田さんと別れた。送っていこうかとも考えたが、振ったばかりなので向こうも一人になりたいだろうし、やめておいた。
「赤羽くんのうそつき…………本当に嫌いだったら、あんな顔しないよ……」