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第八話 デート(じゃない)

 《拳術【天】》を取得した翌日はスキル取得をせずに過ごした。何故ならば、私達はネプタルに来て宿に入ってから1度も町に出ていなかったからだ。


「せっかくだし観光くらいはしたいな」

「そうですね。レイとデートしたいです」

「デートじゃないから」


 目覚めた時間は夜だったが何とかもう一度眠り、朝を待った。



  □   □   □   □



 翌朝、私がスキル取得の為に寝ている間にベアトリスが宿の人間に洗濯させていた服を着て外に出る。


「う……久しぶりの日差し……」

「朝食はカフェで食べましょう」


 日差しから目を守りながら歩き始めるとベアトリスが楽しげに私の腕を引っ張る。以前の私ならそれで引き摺られて砂まみれになるところだったが、今は違う。


「こら、引っ張るな」

「むぅ……いじわるですのね」


 こうして振り払う事が出来る。実に気分が良い。気分が良いから、引っ張られないように隣に立たせることにする。


「ほら」

「!」

「引っ張られるのはあまり好きじゃないんだ」


 肘を突き出してやると驚き、それから嬉しそうにギュッと腕を絡めてくる。私はポケットに手を突っ込みながら歩き始める。ふん、私がちょっと気を許してやっただけでこれだ。私より強く、評判も良い癖に。ちょろい奴め。


 こうして歩いていると、やたらと視線を感じる。まぁ、流石に勇者が二人並んでいたら気にもなるか。


「ふふ、皆さんには恋人同士に見えてるのかもしれませんね?」

「はぁ? 勇者が並んで歩いてるから気になってしょうがないんだろ」

「レイは分かってませんね……」

「ぁあ?」


 やれやれと首を振るベアトリスにカチンと来るが、分からないのであればしょうがない。此奴の感性はすっかり勇者基準だからな。私とは違うのだ。私はこうはならないように気を付けたいものだ。


 チュンチュンと鳥が鳴く爽やかな朝の通りを初めて歩く。王都と違ってごみごみしてなくて長閑だが、何処か活気を感じる。既に戸の開いた店からは良い匂いがしたり、元気に客を呼び込む声。看板を掛ける為に梯子を用意している店員の姿も見られる。


「元気な町だな……」

「ネプタルは王都へと続く物流の最終地点です。王都で手に入る品は大体此処に集まりますわ。人も物も集まるので、活気だけは王都以上って言う人も居ますのよ?」

「確かにまだ朝なのに結構な人が動いてるな」

「朝から精が出ますわね」


 朝から元気はベアトリスも一緒なのだが、まぁ、今日くらいは……な。


 時々チラ見されながら通りを進み、途中でベアトリスが『良いカフェの気配がする』とかちょっとやばい感じの事を言って急に裏通りに曲がる。それから少し進むと、驚いた。隠れ家的なカフェがひっそりと看板を出していた。表にはテラス席もあるし、大通りからも離れて閑静な空気は本当に良い雰囲気だった。


「気持ち悪いな」

「酷くないですか?」


 凄すぎて思わず本音が出てしまったが、カフェは良い感じなので入る事にした。表に置かれた立て看板には『夕霧亭』と書いてあった。店の名前か。淡いオレンジ色で書かれた文字が愛らしい。


 扉を引いて中へ入ると、其処は柔らかい朝日が差し込む幻想的な空間となっていた。どうやらあの天窓から光が入ってくるらしい。差し込んだ光の斜線を目で追うと床に窓枠の影が出来ていた。


 空いている席に2人で座り、朝食を注文する。カウンター裏のキッチンでジュウジュウと私が頼んだスクランブルエッグが焼かれるのを耳にしながら店内の様子を伺う。外の忙しい空気とは間逆な、落ち着いた雰囲気だ。ゆったりとした時間が流れ、朝を何倍にも伸ばしているようだ。ベアトリスもいくらか大人しく、店の空気を壊さないように配慮しているのが見ていて分かる。


「良い店だな」

「私の感覚も馬鹿に出来ないですね?」

「そうだな」


 ドヤ顔のベアトリスはムカつくが、店は当たりだったのでそう答えてやると、ムカつく顔が引っ込み、頬を染めた女らしい顔つきになった。そうして大人しかったら何倍も魅力的なんだがな……。


「お待たせしました」


 店員の女性が私とベアトリスの朝食も持ってきてくれた。礼を言い、早速口に運ぶと、頬が落ちたかと思った。美味しい。ふわふわの卵とカリカリのベーコン。焼いたパンも香ばしくて美味しい。付け合せのサラダも瑞々しく、新鮮だった。


 私もベアトリスも無言で朝食を食べる。談笑しながらゆっくりと食べるのが失礼だと言わんばかりに、黙々と食べた。あっという間に皿の上は綺麗になり、食後のコーヒーも楽しむ。酸味がなく、私好みだ。ベアトリスはミルクと砂糖をたっぷり入れている。私はそういうのはあまり好かない。


「子供だな」

「まだ18歳です」

「大人だろ」


 15を過ぎれば立派な大人だ。私は4年前に過ぎたが。というか年下だったのか……。

 しかしこうして改めて年齢を意識すると、世間的にはもう結婚していてもおかしくないが、私には縁遠い話だ。結婚するつもりもない。私は1人が好きなのだ。


「ベアトリスは結婚してないのか?」

「なんですの? 藪から棒に。してませんわ。お父様が相手と縁談を見繕ってきますが、全て蹴っていますの」

「お父様? 何だ、ベアトリスは貴族なのか?」

「今更ですのね……エンハンスソード家は王家の剣として名高い公爵家ですわよ?」

「マジかよ……」


 全然知らなかった。そもそも此奴のファミリーネームなんて聞いたこともない。……気がする。


「そんなお貴族様が何で結婚しないんだよ。結婚は政治に必要なものだろう?」

「酷い事を言うのね、貴女は。私だって恋愛をして結婚したいのです。宛てがわれた相手となんて御免被りますわ」

「それもそうか……貴族も人間だもんな。ベアトリスだって女の子だ」

「そういうことです」


 そんなベアトリスのお家事情を聞いていたらコーヒーを飲み干していた。おかわりをして聞く程の話でもないので、代金を払って店を出た。しかし貴族だったとはな……勇者的にはぴったりの属性だな。服屋の店員とは大違いだ。


「ありがとうございました」


 少し私に似たハスキーな声の女性店員に見送られながらドアを押し開く。チリンと控えめに鳴る鈴の音を聞きながらしっかり店の位置を覚える為に店を見上げた。『夕霧亭』。とても幻想的で温かい店だった。




 朝食を食べた後は町を散歩した。何処へ行く訳でもなく、活気溢れる場所を、点々と。この町は市場が多い。


 そりゃあ物流の最終地点ともなれば市が開かれるのは当たり前だ。王都へ届く前に格安で買い、それを王都で高く売る。なんてのもある。

 そうした物を買い集める客を狙って屋台が出る。その屋台の材料を、誰かが買わせる。そして王都へ行く人間の護衛を。その護衛の為の武器を。武器を作るための鍛冶屋も。ならば鍛冶の為の金属を。そしてそれらの人間の為の食料を。家を。

 本当に切りが無い。ありとあらゆる方面に対しての需要が、この町一つで供給されるのだ。混沌とするのも当然だった。


「活気は王都以上、か。頷ける話だな」

「私は王都出身なので外の町を見たことはあまりないのですが、此処が異常なのは分かります」

「私も王都民だが、親の都合で色々な町に行った。こっちとは反対方面だったがな。だからネプタルは初めてだが、確かにどの町よりも、王都よりも騒がしい町だよ」


 両親は商人だったからな。商品を仕入れる為に色んな町へ行った。私は商売に全く興味がなかったから、何を扱っていたかなんて知りもしないが、町だけは見ていて楽しかった。それぞれの町で違う町並みを馬車から眺めるのが唯一の楽しみだった。そんな両親も、もう居ないが。


「そろそろ疲れたな」

「ちょっと休憩したいですわね」


 ベアトリスも疲れるんだな。同じ勇者でもベアトリスの方が圧倒的に格上なのに、町を歩いただけで疲れるのか。ちょっと意外だ。


「レイ、彼処に休憩所がありますわ」

「そんなのもあるのか。何でもあるんだな、ネプタルは……」


 ベアトリスが指差した場所には、んー……どう言えばいいのだろう。ネプタルっぽい活気と言うか、派手さと言うか。桃色の塗料で塗られた建物がある。あれが休憩所らしい。王都に居た頃は見たことがなかったな。あまりウロウロしないタイプだったからかもしれないが。

 利用者は結構多いみたいだ。今も男女が中へ入っていき、別の男女が中から出てきた。休憩して疲れも取れたのか、とてもスッキリした顔をしている。


「さぁ、行きましょうか」

「ん、分かった。いやぁ、久しぶりに歩いたし、まだステータスが馴染んでないのか疲れたな……」


 またベアトリスが腕を絡めてくる。歩きにくいったらないよな……まぁ、でも、気を許してくれているのだと思うと、許せる……かな?

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此方もよろしくお願いします。
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