第五話 無能→有能?
翌朝、睡眠が完全に不足して疲れ果てていたにも関わらず、いつもと同じ時間に目が覚めた。上体を起こし、重力に従い落ちる布団が私の素肌を朝日に晒す。ハッとして押さえようとしたが、見る人間なんて1人しか居ないこの部屋では気を遣うだけ無意味だ。
「はぁ……」
隣ですやすやと眠るベアトリスを見て溜息をつく。寝顔だけは可愛いんだがな。
ベッドの縁に腰を掛け、周囲を見渡すと無理矢理脱がされた私の服と、自主的に脱いだベアトリスの服が、昨夜の私達のように絡み合っていた。いや、一方的に絡まれた形だったが。体は正直とはよく言うが、自分でも情けなくなるくらいには鳴かされた。
「はぁ……ん?」
二度目の溜息をついた時、自分のレザーパンツの尻ポケットからステータスカードが覗いているのが見えた。起きて何もすることがない私はそれを手に取り、魔力を流し込む。すると私のステータスが表示される。しかし多少レベルを上げたところで何になるというのか。
「クソ、忌々しい……あ?」
朝から気分が悪い。見るんじゃなかったと、苛立ちに任せて部屋の隅に投げ捨てようとした時、2つの事に気付いた。
「何だこれ……鍵穴?」
奇妙なことにステータスカードの右下に変な鍵穴が表示されていた。しかしそれは穴ではなく、黒いイラストだった。指でなぞってみても穴はないし、覗き込んでも向こう側は見えない。
そしてもう一つの違和感。全てロックされたスキル欄。その最後尾。其処に表示された、新しいスキル。
「『寵愛の鍵』……? うわ!?」
スキル名を口にした途端、目の前にピンク色の小さな魔法陣が浮かび上がった。床に対して水平に展開されたそれは、ゆっくりと回転しながら魔力を発する。
何が起きるのか。逃げるべきか。しかしベアトリスを置いて逃げる事は出来ない。
どうするべきか、ロックされているはずのスキル《思考加速》が発動したかのように頭を回転させて打開策を練る。しかしその間も魔法陣は回転し、ついには小さな光の粒が集まり、魔法陣の上に何かを構築し始めた。ゆっくりと何かの塊が出来上がり、其処から上へと棒状に伸びていく。そしてまた塊が出来上がり、光の粒は消え去る。魔法陣も役目を終えてかのように回転を止め、薄れ、消えていった。
後に残ったのはぽとりとベッドの上に召喚されたそれだけだ。それはどう見ても……
「鍵……?」
華美な装飾の小さな鍵だった。貴族や王族が宝箱でも開けるような、小さな鍵。
私も馬鹿じゃない。こんな意味深な鍵と、ステータスカードの鍵穴のイラスト。関係ない訳がない。
「……」
恐る恐る指先で鍵をつついてみるが、弾くような拒絶反応はない。そっと握ると、折れそうな細さだが非常に丈夫なのが指先から伝わってくる。私の力では絶対に曲げられないだろう。
手にした鍵と、ステータスカードの鍵穴を交互に見比べる。
「……考えても仕方ないか」
勇者になったからこれが出てきたのは間違いない。すぐに私を捨てた忌々しい女神関連の物のはず。なら、危ない物ではない。そんな安直ながらも何処か納得出来そうな理由をこじつけ、鍵を鍵穴に触れさせた。するとイラストだったはずの鍵穴に、するりと鍵は刺さった。そのまま時計回りに捻ると、小さくカチャリと音がした。
「……」
次に起きる変化を見逃さない為に、目を見開いてステータスカードを見つめる。するとスキル欄の寵愛の鍵(1)が寵愛の鍵(0)へと変化し、ステータスの一番下に新たな文言が表示された。
◇ ◇ ◇ ◇
名前:レイヴン=スフィアフィールド
種族:人間
職業:勇者
称号:勇者
LV:12
HP:103/103
MP:15/15
STR:19 VIT:21
AGI:18 DEX:29
INT:17 LUK:1
所持スキル:女神の寵愛(-),破魔の剣(-),剣術【天】(-),弓術【天】(-),拳術【天】(-),状態異常無効(-),環境変化無効(-),飢餓無効(-),限界突破(-),並列思考(-),思考加速(-),神速移動(-),無詠唱(-),未来予測(-),運命収束(-),障壁展開(-),立体機動(-),千里の神眼(-),透過の神眼(-),浄化の神眼(-),読解の神眼(-),超鑑定(-),自動回避(-),自動反撃(-),身体操作(-),寵愛の鍵(0)
所持魔法:光魔法【天】(-),雷魔法【天】,次元魔法【天】(-),無魔法【天】(-),精霊魔法【天】(-)
装備一覧:頭-なし
体-なし
腕-なし
脚-なし
足-なし
武器-なし
装飾-なし
備考:スキル解除権限(1)
◇ ◇ ◇ ◇
備考欄が増えていた。其処には『スキル解除権限』と記されている。これは、もしかしなくても……!
「スキルのロックが解除出来るのか!」
最高だ。理由は分からないが、私もちゃんと勇者を出来るようだ。いやしかしこれは迷うな! 【天】まで至った武術スキルや魔法。各種耐性無効。思考補助に身体補助。確率操作に神眼。迷う。これは迷う。
「んんぅ……レイヴン……?」
「あ、起きたかベアトリス! 見ろ、これ!」
「はい……?」
昨日とは打って変わって興奮気味な私の声に目が覚めたベアトリスは眠そうに目を擦りながら私の差し出したステータスカードを見る。
「……え、何ですのこのスキル数……私より凄い……けど、鍵の印?」
「あぁ、そう言えば話してなかったな。というよりもお前は人の話を聞かなかったんだな。私の勇者としてのスキルは全てロックされているんだ。理由は分からないがな。お陰様でゴブリンすら倒せない。けどな、今日起きたらこんなスキルが増えてて、この鍵穴、此処にスキルで出てきた鍵を挿し込んだらスキル解除権限なんてのが出てきたんだ! これはおそらくだがスキルを解除する事が出来ると私は睨んでる! ベアトリス、私も勇者として戦えるようになるんだ!」
興奮しすぎて早口になりながら捲し立てるようにベアトリスに説明する。最早支離滅裂だが、どうにか伝わったらしく、眠気が吹き飛んだベアトリスは私と同じように上体を起こし、裸体を晒しながら腕を組んで考え込む。その豊かな胸部が歪む様は、持たざる者には目の毒だ。まぁ、昨夜さんざん触ったが。
「………………」
「なぁなぁベアトリス、どのスキルが良いと思う? 私としては剣術スキルなんて良いと思うんだ。世の中の誰よりも剣を上手く扱えるぞ!」
「いえ、まずは身体操作のスキルを取った方が良いと思いますわ。今の貴女は兎よりもか弱いですから。勇者固有のステータスは身体操作により、一般人のそれより遥かに高められます。私も所持してるスキルですから」
「お、おぅ……何だお前、真面目な顔も出来るんだな……全裸なのに」
「昨日、貴女を貪ったので頭の中が晴れ渡ってる状態なのです」
「そ、そうか……」
昨日の痴態を思い出して頬を染めてしまう。いやそんな場合じゃない。なるほど、《身体操作》か。盲点だったな。確かにどんなに剣を上手く扱えるようになっても体が付いてこなければ意味がない。
納得した私は早速操作を試みるが……やり方が分からない。
「どうやったらスキル解除出来るんだ?」
「指で触れてみたらどうですか?」
「まずはそれを試すか」
ステータスカードの《身体操作》を指先でタッチしてみる。が、何も起こらない。
「じゃあスキル解除権限をタッチしてみては?」
「あぁ、先にそっちの可能性もあるか」
言われた通りにタッチしてみる。すると変化が起きた。カードの表示が消え、文字が浮かび上がった。
『スキル解除権限を使用しますか? 現在の権限数:1 はい いいえ』
という文字だった。
「これだな」
「これですわね」
一も二もなく『はい』をタッチ。するとまた表示が代わり、スキル欄だけが大きく映される。此処までくれば此方のものだ。私は悩むこと無く《身体操作》に触れる。
『《身体操作》のロックを解除しますか? はい いいえ』
勿論、私がタッチしたのは『はい』の文字だ。
『スキル《身体操作》が解除されました。ステータスの数値を書き換えます』
その文字を読んだ途端、私の意識は反転。夢も見ない眠りへと落ちていった。