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追放一歩手前なのに追放されない。それどころか好かれてる。  作者: 紙風船


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第四十四話 魔神の最期

 振り上げた腕が振り下ろされる。たったそれだけの動作で地面は揺れ、建物にダメージが入る。其処に立っている私は防御するしか手段がなかった。


 この狭い空間で巨大化は悪手だと、その姿を見た時は思ったのだが実際は最適解だったように思う。何せ此方から攻撃しても複数の腕が防御と反撃を分担するし、そうなったら私は成す術がなかった。

 切断しても別の腕が切断面を引き千切り、先程とは比べ物にならない速度で再生してしまう。袖に通した腕が出てくるくらいの速度だ。攻撃するだけ私の体力は削れていく。


 私は避けていた長期戦を余儀なくされてしまっていた。


「えぇい、狭すぎる! 外へ……しかしそれでは魔人達も巻き添えに……クソッ! 知るかそんなもん!」


 攻撃するにしても防ぐにしても此処じゃ何もできない。場所を変える必要があった。

 踵を返し、一気に出口へと走る。扉を蹴破り、通路を駆け抜けていく。先程までダニエラさんが戦っていた場所は戦いの痕跡だけを残してダニエラさん本人は何処にも見当たらなかった。恐らくアサギさんが回収したか、自力で脱出したのだろう。

 通路を抜けて大広間へと戻る。其処もまた戦闘痕の残る場所だった。パッと見ただけでアサギさんが暴れてアストレイアがボコボコにされたのが分かる。あの人のことだからこれでも手加減しているし、殺してないのだろう。


 壊れかけの大扉を蹴り飛ばし、教会前広場へと躍り出る。周囲に人は居ない。見上げた空は曇天。鼻腔に感じる湿気はこれから大雨が降り始める兆候だ。まったく、嫌な戦場だね。外も中もどっちもクソだ。


 スン、と鼻が何かの匂いを捉えた。匂いの先を見ると、其処には一塊になって防御態勢をとる黒騎士達の姿が見えた。助ける義理はないが、其処に居ても戦いに巻き込まれるだけだ。面倒だが、救える命を見捨てるようじゃ勇者じゃない。


「おい、其処に居たら死ぬぞ! 町から離れろ!」

「貴様が消えろ! 貴様達の所為で暴走した次元獣が……うわぁっ!?」


 話している最中に次元獣が黒騎士達の頭上から音もなく現れ、塊の中の一人を串刺しにして異次元へと連れ去っていった。


「くそっ、忙しいっていうのに……!」


 助ける為に広場の端へと距離を詰め、次元獣が消え去ったばかりの空間の切れ目に雷魔法をぶち込む。するとまったく別の場所から雷が飛び出して家を壊していく。その後には黒焦げになった次元獣がひび割れた空間の切れ目から吐き出された。


「他に次元獣は!?」

「か、確認しているのは今ので最後だ……」

「ならさっさと逃げろ、次元獣よりも厄介なバケモンが……チッ、遅かったか」


 振り向くと轟音と共に教会が弾け飛んだ。瓦礫の中からヌッと腕がいくつも伸び出てくる。周りの瓦礫を支えに現れたのはハイデラだ。空虚な双眸を黒髪の隙間から覗かせながら、キョロキョロと何かを探している。まぁ、私だろう。


「ヒィッ……も、モンスター!?」

「ハハッ、酷い言い草だな。あれこそがお前達の魔神様だぞ」

「あれが、ハイデラ様……!?」


 黒騎士達も俄かに信じがたいといった顔だ。まぁ、ステンドグラスに描かれた姿ではないから無理もない。思えばあの描かれた姿は忠実そのものだったな。


「さぁ、お前達があれをいくら崇め奉ろうとも何も答えちゃくれない。見りゃ分かるだろう? さっさと町から避難しろ」

「お前は人間の勇者だろう? 私達を助けてどうする?」


 訝しむのも無理はない。だが、その通り。


 私は『人間』の勇者だ。人も魔人も、人間だ。


「お前達はモンスターじゃない。人間だろう? なら助けるのが私の役目だ」

「……ハッ、攻め込んできておきながらその言葉を信じろと?」

「まぁ、そうだよな。私もそう思うよ。だからとりあえずは……目の前の脅威から何を助けるか、それを考えてみると良い」


 私は人を助けたかった。そうしてこの魔都までやってきた。

 其処で私は自分が純粋な人ではないことを知った。そうして考えたのだ。人間の勇者として生まれた私が人ではなかったのなら、何を救う為の勇者なのかと。

 出た答えは酷くシンプルなものだった。勇気を以て脅威から救う者。それが勇者だ。ならば、自分が何者かなんて関係ない。何を救うべきかなんて、もっと関係ない。


 救える者は救う。救えない者は滅する。


 そうすることで私はモンスターの血と魂を人の身に宿した者として双方の為の勇者になれるのだ。


 黒騎士は異形と化したハイデラを一瞥し、私へ頭を下げた。


「……助けてくれたこと、感謝する。私達は市民の避難を誘導しながら魔都から退避する」

「賢明な判断だ。ありがとう。行先は……そうだな、確か向こうへ進むと古代(エンシェント)エルフの遺跡があると聞いた。其処ならきっと安全なはずだ」

「分かった。勇者様、ご武運を!」


 敬礼をした黒騎士は仲間を引き連れて町の中へと走っていった。迷いなく走っていったことから、人族が襲撃してきた時の避難所のような場所があるのかもしれない。


 ならば一先ずはその方向へ行かせないようにしなければ。


 『白翠狼王(ハクスイロウオウ)の脚』を発動させ、空を踏みつけて上空へと向かう。上から見るハイデラは正に異形だった。此処から見ているとまるで『腕の花』がフラフラと歩いているようにも見える。

 手の平を広げ、魔素を《雷魔法【天】》を発動させる。更に体内で練り上げた神気を混ぜ合わせると《雷魔法【天】》は《神雷》へと変化した。

 広げた手の上に具現化した雷を掴み、まっすぐに花の中心へと投げ落とす。手から離れた神雷は瞬きする間もなく、轟音と共にハイデラへと突き立った。落雷の余波が瓦礫となった教会を吹き飛ばしていく。


「神の雷すら跳ね除けるか」


 神雷を何の防御もせずに受けたはずのハイデラは虚ろな目を此方に向け、無数の腕の中のいくつかを空に向かって伸ばした。伸縮自在のようで、私の足元まで向かってきた腕を森剣で薙ぎ払う。

 それでもしつこく追ってくる腕を搔い潜り、腕とは違って2本しかない脚を切り飛ばす。根っこを失った花は巨体を保てずに地面へと倒れ込む。

 しかしそれも腕による切断面の切除によって回復されてしまう。うーん、手詰まり……。


 いや、一つだけ手段があった。時間の関係で習得にまでは至らなかったアサギさんの最後の技を使えば今の状態のハイデラでもダメージを与えられるはずだ。

 その技を出す為には多くの代償を払わなければならない。私自身、完成に至っていない技を放つのは不安だが、そもそも完成していたとしてもこの技の反動は大きい……だが保険は用意してある。

 首切丸を抜……こうとしてやめる。きっと刀身が耐えきれない。森剣を右手に持ち、左手に修行中に解放したスキル《破魔の剣》を召喚する。

 この剣は実体があるがその構成成分の殆どが神気で金属ではない。だから折れて壊れることがない。込めた神気の分だけ威力が増すスキルだ。今の私なら、不壊の剣となるだろう。


「さぁ、行くぞ!」


 発動するスキルは《白翠狼王の脚》《身体操作》《思考加速》《並列思考》《未来予測》《運命収束》《千里の神眼》《透過の神眼》《浄化の神眼》《読解の神眼》《限界突破》《女神の寵愛》だ。


 正直、頭がおかしくなりそうだ。でもこれだけ使わないとアサギさんと同じ動きはできないし、威力も出せない。いや、使っても出せるかどうか……でもだからといって使わずに、試さずに諦めて魔神を野放しにはできない。


「『上社式(カミヤシロシキ)亜流(オルタナティブ)神狼剣域(シンロウケンイキ)』!!!!!」


 最大風速でハイデラへと突っ込む。斬って、移動して、斬る。腕の攻撃を掻い潜り、斬る。触手のような髪を避けて、斬る。透過の神眼で隙を見つけて、斬る。千里の神眼で見えない場所を見つけて、斬る。読解の神眼を使うも思考が散らかっていて読めないが、斬る。未来予測して斬るべき場所を、斬る。様々な方向から来る攻撃を運命収束で一箇所に集めて、斬る。息が続かないが限界突破で無理矢理に体を動かして、斬る。


 斬って、裂いて、斬って、裂いて斬って裂いて斬って斬って斬っていくうちに風の尾が白と翠の半円状のドームとなっていき、我が剣域を作り出した。


「グゥッ……ゥゥゥ……ッ!!」


 息ができない。吸う暇も、吐く暇もない。1秒に3回、神眼を切り替えて、その間に20回の移動で50回の斬撃を繰り出す。技の中にスキルを織り交ぜて、如何にして致命傷を与えるかを引き延ばした思考で導き出す。

 目が乾く。胃が裏返る。心臓の鼓動が早すぎて止まっているようだ。体中を流れる血は川よりも激流。あまりにも強い流れの所為で鼻や目から溢れ出てくる。


 それでも攻撃は止まらない。狼は相手が死ぬまで攻撃を止めない。


 意志を失ったハイデラだが、それでも反撃を繰り出してきた。腕を振り回し、指先から神気の光線を放ってくる。しかしそれに当たることはない。掻い潜り、指先から順に切り落としていく。

 それでもハイデラは回復していく。駄目押しの力、モンスターの血を励起させる。私の体に流れる白翠狼王の力が溢れ出てくる。視界に見える私の髪が黒から白へと変わっていくのが見えた。

 変化はそれだけではなく、音が更に聞き取りやすくなった。まるで耳が4つあるかのような……多分、あるんだと思う。体の制御もしやすくなった。体重移動がしやすいというか、バランサーが一つ増えたような……腰の部分に。


 溢れる力がハイデラの回復速度を凌駕した。確実に削り取られ、体を失っていくハイデラ。


 私の突進に合わせて腕の切断面から放たれた黒い光線を上半身を逸らすことで避け、そのまま剣を振るった。


「アウウ……ウアアアアア……!」

「これ……でっ、……最後だぁーーーっ!!」


 最後の抵抗か、虚ろな眼光から極大の黒い神気の光線を放つハイデラの首を斬り飛ばした。切断面から間欠泉のように神気が放出され、風のドームを突き抜けて空へと広がっていく。


 神気は曇天を突き破り、雲を穿った。場違いな青空と差し込んだ日差し。それを見上げようとして、急に体中が激痛に襲われる。


「うっ、ガハッ! ゲホォッ! ゲホッ、ゲホッ……!」


 咳をする度にビシャリ、ビシャリと塊のような血が吐き出されていく。あんな挙動の技を放ったんだ。体の中がバラッバラだ。


 曇天はいよいよ自身を支えきれず、雨となって落ちてきた。地面に落ちる雨は黒い。


 是非とも雨宿りをしたいところだが、どうやら歩ける程には回復していないらしい。震える膝を何とか制御して地べたに座り込む。何かの上に座り、ズキンと腰が痛んだ。……あぁ、やっぱり尻尾が生えてら……。

 雨が頭に落ちるが、ピクリと髪が揺れる。そっと手を伸ばしたら動物のような耳もあった。自前の耳も残ったままだし、本当に中途半場にモンスター化しているようだった。


 そんな耳に当たる雨を、空を見上げた。


「黒い雨……神気の名残か……」


 雨に混じった微量の神気は、普通の人間には影響が出るかもしれない。でも此処には魔人か勇者か元勇者しか居ないし問題ないだろう。


「はぁ……終わったんだな……」


 雨に打たれながら、これまでの旅路を思い出す。突然、教会に呼び出されて勇者にされ、でもスキルは全部封印されていた。その解除方法は、後からやってきた本物の勇者と体を重ねるなどというふざけた話だったからやってられなかった。

 しかし、今思えばこれも愛の女神を名乗るフィレンツェ・ネルドリエ唯一のやり方だったのだと感じる。

 体を重ねる行為に愛があるかと問われれば、無い場合もあると答えるが、愛が前提にあって然るべき行為であるのは当然だ。私もその行為に愛情を感じざるを得ない場面は多々あった。


 そう、私はベアトを愛していたのだ。


「ベアト……私はお前と結婚したいって、思ってるんだ。早く元気になって帰ってこいよ……」

「あの……もう元気なのですけれど……」

「!?」


 背後から聞こえてきた声に慌てて振り向く。其処には、耳まで顔を真っ赤にしたベアトが居心地悪そうに佇んでいた。


「なっ……なっ……い、何時から……!?」

「玄関空間で2週間程治療してもらって、加勢に来たのですけれど……その、ちょうど終わったタイミングだったようで。レイに声を掛けようとしたのですが、なんだか邪魔しちゃ悪いかなって……」

「馬鹿野郎! 其処は邪魔してくれ!」


 くそっ、今思えば玄関空間に逃げ込んだのなら一瞬で2週間が経過する。それ以上の滞在は時間のずれが発生するから出てくるはずだった。

 戦闘に意識を割き過ぎて全っ然気付かなかった……。『黒い雨……神気の名残か……』とか『はぁ……終わったんだな……』とか一人で呟いて浸っていたところも全部見られていたということか……!


「格好良かったですわ、レイの戦いは。私も、貴女と結婚したいなって、会った時から思っていたのですよ?」

「うるさいな……私はもっと後だよ」

「ふふっ……レイ、大好きですわ!」


 座り込む私にベアトが抱き着いてくる。肩に乗せた頭をとりあえず撫でる。


 すると、穿たれた雲の穴から差し込む光が一層、強くなった。


「やぁ……良い愛が見れたよ」


 そんな声が背後から聞こえてくる。まったく何で皆して背後に立ちたがるんだ?


 重い体を動かし、振り向くと其処には人型に歪んだ空間だけがあった。

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此方もよろしくお願いします。
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