第四十話 元・勇者
「さて、まずは種明かしといこうか」
我が愛剣、鎧の魔剣を肩に担ぎながら目の前の勇者殿に笑みを浮かべてやる。それだけで勇者殿は尚一層、不機嫌さを表してくれるからこっちとしてはやりやすかった。
「何ィ……?」
「セブンリーグブーツだっけ。食っちゃったんだってな、ご先祖様」
「何でてめぇが……チッ、彼奴等……」
「まぁ、情報の共有は基本だよね」
玄関空間での修行の合間に魔人の勇者、アストレイア=ウォルター=セブンリーグブーツの情報はレイヴン達から聞いていた。魔神討伐の為にフィラルドへ向かうなら、当然この勇者が出てくるのは分かっていた。であれば、お相手を務めるのは当然、この僕だ。勇者2人を消耗させる訳にはいかないし、かといってダニエラはこの勇者とは相性が悪かった。
「君の、というより君の一族の能力は靴由来だけど、その能力を体内に取り込むのは正直言って大失敗だ。靴なら履いたり脱いだりが出来るけど能力として宿しちゃあ、着脱で補ったデメリットを全部背負うことになる」
「……何が言いたい?」
「その顔、もう分かってるんだろ?」
苛立ちは消え失せ、無表情に近い。だがその内面は焦燥感と憤怒が渦巻いているのが手に取るようにわかる。微かに震える手は怒りか恐れか。まだ当てて欲しくないって思ってるとしたら……それはあまりにも、甘い。
「距離制限」
「……ッ!」
「加速移動の距離制限が、その能力の最大のデメリットだ。距離制限を超えると、負荷が襲ってくる。だから、あの時僕達を追い掛けられなかったんだろう?」
「チィッ……!」
ぶっちゃけ、靴の名前からして予想するのは簡単だ。セブンリーグって言うくらいだから、それくらいの制限はあるだろうな、と。
言い当てられて焦ったアストレイアが加速で距離を詰め、大鎌を振り上げる。だが僕は《神速》で一定の距離を保つ。
「ほらほら、無駄に距離を稼ぐなよ。制限距離内に仕留めなきゃ、勝ち目はないぞ?」
「っざけんなてめぇ! 逃げんのか!?」
「ハハッ、これは逃げじゃない。戦略的後退って言うんだよ」
と、話しながら一気に距離を詰める。
「そしてこれは戦略的前進」
「ガッ……!?」
振り抜いた拳は鍛えられた腹を抉る。《神速》の速度が乗ったパンチはアストレイアを教会の壁にめり込ませた。しかし実に良い腹筋だ。ダニエラには及ばないにしても、しっかりと鍛えられた良い筋肉をしていた。能力に胡坐をかかず、実直に鍛えて修行してきたのだろう。今の感触でそれが手に取るように分かる。だからこそ、デメリットだけで侮られるのは腹が立つだろうし、今みたいに単純な殴りでダメージを負えば、悔しい。
「てぇんめぇぇぇぇえええ!!!」
「はっはっは、元気だなぁ」
掬い上げるように下方から迫る大鎌の切っ先の横を鎧の魔剣で叩き、軌道を逸らす。それでもめげずに攻撃してくるが、全て弾いて軌道を逸らし続けた。流石の勇者も疲労の概念はあるらしく、段々と肩の上下が大きくなってくる。
「てめぇ、……っ、舐めてんのかぁ!?」
「はぁ? 舐めてるのは君だろ」
振り上げた大鎌の刃に沿ってギャリギャリと火花を散らしながら刃の付け根にグラム・パンツァーを引っ掛けて無理矢理に奪い取り、剣先を揺らして大鎌をクルクルと回転させてやってきた柄を空いていた手で掴んだ。
「動きも大雑把。大鎌の振りも甘い。顔を見れば思考は駄々洩れ。君さ、それでも魔神助ける気あるのか?」
「ぐぅ……っ!」
無手で突進してくるアストレイアを奪った大鎌の柄で打ち倒す。
「舐めるなよ三下勇者。立場が理解出来るまで分からせてやるよ」
「く、そがぁぁ……!」
下から見上げるアストレイアを、わざと浮かべた嘲笑で見下ろす。さて、これで準備は完了だ。
もう、此奴は僕を倒すまで何も出来ない。
□ □ □ □
靴音が遠く離れていくのを耳にしながら静かに柄を握る力を強めた。
「お前は何だ?」
「……」
「会話は出来るのか?」
「……」
「ふん、ならいい。そのまま死ね」
細剣状態の死生樹の剣を突き出す。次元人は身構えることなく私の剣を受け入れる。だがダメージが入っているようには見えなかった。顔部分であろう場所は3つの赤い穴が空いている。その目と目の間に突き立ててやったのだが、何の変化もない。
「次元透過、か。やはり次元獣とやっていることは同じだな」
次元獣達が次元の狭間から此方に干渉する時、実は次元魔法は発動していない。
何故なら、此奴等には魔力がない。
であればどういう仕組みかと言うと、全てスキルで補っている。次元透過、次元干渉、次元跳躍。主にこの3つで此方に干渉してくる。後は物理攻撃だ。つまり此奴等は単純な生き物なのだ。魔力がなく、スキルのみを頼りに生きている。だから魔力が弱点なのだ。
「その腕も治らないようだしな」
「……」
凡そ表情と呼べるものはないらしく、変化は見られない。だが気配だけはご立派に殺す気満々だ。
恐らく此奴は次元獣の中では誰よりも強く、その生態系の頂点なのだろう。だが相手が悪かった。何故ならば、私はオリジン・エルフ。ダニエラ=ヴィルシルフだ。精霊女王であり、初代勇者であり、世界の頂きである。
伸びた片腕を撫でるように斬る。スライスされた銀腕はべらべらとはためき、本体へと引っ込んでいく。
「真正面から攻撃して、それが通ると思うなよ」
「……ァ」
「ほぅ?」
初めて声らしき声を聞いた。無限の空間に押し潰され、引き延ばされ、捩じられ、圧縮され、そしてまた引き延ばされて。すっかり退化し獣となった次元獣だったとしても、その姿を人体まで進化させれば人としての感情も取り戻すのだろうか。
これでも私はこの獣達に同情の念を抱いてはいる。かつては人間だった者達だ。理不尽な拉致により次元の狭間に落とされ、死ぬことも出来ずに永遠の時を彷徨い続けた結果、こうなってしまった。
だからこそ、腹が立つ。獣に堕ちたとしても人であった者に、意志を以てこうも舐められた事をされれば、腹が立った。
「頭が高いぞ、三下。我が無限の魔力の前に平伏すがいい」




