第四話 勇者、勇者に襲われる
過激な表現があります。
最も身近な恐怖体験としてお姫様抱っこマラソンを経験し、不甲斐なくも足腰を震わせながら私達はその日の日暮れには王都近郊の衛星都市『ネプタル』へと到着した。此処は王都へ運ばれる数々の品が集まる町だ。非常に賑やかな町で、それだけに良くない物も者も集まる。町の明かりには、必ず陰が出来るものだ。なので王都からの圧力も強く、それでも物は集まるので些か混沌とした雰囲気だ。
「じゃあまずは宿を探しましょうか。こんな時間ですけれど、大きな町だから多分泊まれますわよ」
「あ、あぁ」
「大丈夫かしら? また抱っこしてあげましょうか?」
「二度とするな」
心配そうな顔をしながら恐ろしい事を言うベアトリスの顔を手で押し退け……ようとしたがビクともしない。悔しいのでさっさと町へと向かう。
設置された門には沢山の人間の列が出来上がり、中へと入る為の手続きを行っているが私達は、一応私も含めて勇者なので面倒な手続きは全てスルーで入る事が出来た。
「ネプタルへようこそ、勇者様方!」
わざとらしいほどに大きな声で言うのは並んでいる人間の不満解消の為だろうと我慢する。しかし申し訳無さからチラリと列を見ると多くの人の視線がかち合う。私の噂も耳にしているのか、何人かは下卑た笑みと蔑みの笑みを浮かべていた。そりゃあ1ヶ月半もすれば王都の外にも話は流れるだろう。私も店で働いていただけでそれなりの話は耳にしていた。
「じゃあ行きましょうか」
しかしベアトリスは何処吹く風と言わんばかりの笑顔を私に向けて先に歩き出す。此処に留まる事も、帰る事も出来ない私は仕方なくベアトリスの後をついて行った。
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宿を探して歩きつつ、隣で私に腕を絡めるベアトリスの様子を伺う。
うん、実に楽しそうだ。顔には出さないが雰囲気が伝わってくる。まるで恋人に寄り添う彼女のような状態に此方の顔が赤くなってしまう。
例の初邂逅後、漸く正気に戻った私は、今と同じように絡めていた腕を外そうとし、しかし非力なので外せず、首を傾げるベアトリスに恥ずかしさに顔を赤くしながら早速断りの返事をしたのだが、受け入れてもらえなかった。
「もう時間切れですわね」
その言葉だけで一蹴され、後には取り付く島もなかった。理不尽過ぎるがこれもまた本物の勇者の資質なのかもしれない。まぁだからと言って無視して無期限休日に精を出したらこの勇者様は魔神討伐の旅に出やがらない。そうなると世界は終わりだ。今もなお、魔神率いる魔族達は大陸の果てから侵攻を続けている。それを食い止められるのは、本物の勇者だけなのだ。
だから私は仕方なく、不本意ながら嫌々この女に付き従っている。こうして腕を絡めようものならちょっと肘を突き出して絡めやすくしてやったり、ちょっと早足気味なのを気を付けてベアトリスの為に足並みを揃えてやったり、馬車が近付いてきたら少し押して馬車から遠ざけてやったり……ん? 勇者の方が馬車より硬いからこれは必要ないか。むしろ私が轢かれて死ぬ。
宿はすぐに見つかった。此方も勇者権限で優先して泊めさせてもらう。勿論、宿代は支払う。教会が。
「ふぅー……疲れましたわね。私、初めての旅で少し興奮気味です」
「そうだな……お前と出会って以来、疲れっぱなしだ……」
他人に振り回される事に慣れていないので本当に疲れる。元々、私は1人が好きなんだ。
というのも早くに両親が死んで孤立無援になったのが原因だ。失うくらいなら求めない。自分の事は自分でやる。赤の他人なんてのはすぐに掌を返す人間ばかりだ。私が信じていた店長だってそのうちの1人となった。この人ならもしかしたら……なんて期待したって簡単に裏切られるのだ。だから私は1人が良い。1人というのは、存外悪くないものだ。
閑話休題。とはいえ、此奴は殺しても死なないだろう。勇者だから。皮肉にも今の私に裏表無く笑みを向けてくれるのはベアトリスだけになった。
「じゃあ私がマッサージしてあげますわ! これでも多少は嗜んでいますのよ」
「やめろ、お前の力量でやられたら粉砕骨折も生温いわ。殺す気か?」
「癒やす気満々ですよ。さぁ横になって。じっくりたっぷりねっとりしっぽりサービスしてあげますわ……」
「待って、やだ。目が怖い。その手の動きも怖い。やめて。やめろ、おい!」
駄目だ、話が通じない。どんどんお互いに興奮してくる。勿論、私と此奴は別の意味でだ。私は身の危険を感じて。此奴は何故か性的に興奮して。助けを求めようと周囲を伺うが、此処は宿の一室……あ、これは拙い。女同士、密室、来たばかり、何も起きないはずなのに……!
「気持ちよぉく、してあげますわね……」
「や、ちょ……っ!」
此奴の力に勝てるのなんて魔神くらいだ。いや、魔神だって怪しい。抵抗しても振りほどけないまま、ベッドに押し倒される。妙に優しく押し倒すのが癪に障る。
しかし何だろう……女同士だからか。それとももう助けが来なくて腹をくくったからか。ゴブリン程の恐怖は感じなかった。いや怖いけどね。怖いけどね!
「あ、やめ……あっ」
結局、私は朝までベアトリスに夜のマッサージを受ける羽目になった。二度と此奴と同じ部屋には泊まらないと心に決めた私だった。