第三十八話 分断
押し合う刃が擦れ、不快な金属音が鼓膜を擦る。
「元気そうね?」
「お陰様でな。お前こそ調子はどうなんだ?」
「ふふ、絶好調よ。じゃあ、死ねよ!」
大鎌を一回転させ、天狐を弾く。そして間髪入れず振り下ろされた刃を防ごうと左手で引き抜いた首切丸を構えるが、その腕を誰かに押さえられた。
「ッ……!」
「まぁまぁ、落ち着きなよ」
割って入ったのはアサギさんだった。
「なんだぁ? てめぇ……」
「あれっ、もう忘れたかな。ほら、これで思い出すか?」
アサギさんが指を鳴らすと一瞬で初めて会った時と同じ壮年の姿へと変化する。それを見たアストレイアの表情が一変した。
「てめぇ……あの時の野郎かぁ!」
「思い出して貰えて何よりだよ。じゃあほら、やることあるだろう?」
「ぶっ殺す!!!」
キレたアストレイアが標的を私からアサギさんに切り替える。なるほど、これが狙いか……。
大鎌相手にアサギさんは難無く防御と回避を織り交ぜ、アストレイアを往なす。改めて大鎌という視覚的にも恐怖心を煽る武器を持ったアストレイアの立ち回りを観察する。
大きな武器だからといって大振りかと言われれば、実はそうでもないらしい。刃による斬撃のみならず、柄の部分による突きや叩き付けも加えることで攻撃のバリエーションが増え、防ぐ側は翻弄される。かと思えば、攻撃を受ければ峰での受け流しや柄での防御。大鎌を回転されることで状況に合わせて巧みに入れ替える為に、攻撃へ転じることも容易だ。
だけど、そんな攻撃もアサギさんの前では児戯にも等しかった。
「ク、ソがァ……!」
「まだまだそんなもんじゃないだろう?」
煽り散らすアサギさんの余裕な態度を見て、自分の実力を比べてしまう。やっぱり私はまだまだだ。初めてアストレイアと戦った時の自分よりは確実に強くなっているはずなのに、それでもやっぱり、あの人との差は一向に縮まらない。
「比べてもしょうがないですわ」
「分かっちゃいるんだけどな……」
「おい、此処はアサギに任せて先を急ぐぞ」
ダニエラさんの声に頷く。勇者が相手をするべきは勇者ではなく、魔神だ。チラ、とアサギさんを見ると空いた左手だけがシッシと払っていた。心の中で礼を言い、私達3人は教会の更に奥を目指す。
「おいレイヴン! てめぇ、何処へ行くつもりだ!?」
が、それを許すアストレイアではなかった。天狐を手に振り返ると眼前に迫ったアストレイアが大鎌を横薙ぎに振り抜く。突進と共に振るわれた大鎌の膂力に圧され、峰で防ぎ踏ん張るも、ガリガチと地面を抉りながらベアトリス達から引き離された。
「舐めてんじゃねぇぞ、野郎に任せててめぇは先を急ぐってかぁ!?」
「私の相手はお前じゃなくて、魔神なんだよ!」
「様を付けろよ人間風情がァ!!」
キレたアストレイアが大鎌を振り上げる。その勢いを利用して《立体機動》《神速移動》を重ねた斬撃で大鎌を弾き飛ばす。アストレイアの手から離れた大鎌は回転しながらアサギさんよりも向こうに飛んでいく。
が、着地点に移動したアストレイアがそれを難無く掴んだ。
「チィッ……」
忌々し気に此方を睨むアストレイアだが、その間にアサギさんが割って入る。
「女の子同士の間に割って入るのはポリシーじゃないけど、今回だけは入らせてもらうぜ」
「何言ってんだてめぇ……」
本当に何を言ってるのか分からないけれど、今だけは頼もしかった。
「行くぞ!」
ダニエラさんの声に急かされ、踵を返す。去り際に一度振り返ったが感じ取れたのは金属音だけで、2人の姿は既に視認出来なかった。
□ □ □ □
ダニエラさんを先頭に走る。アサギさんとの戦いの最中に指示を出したのか、次元獣が引っ切り無しに襲撃してきた。それらを一撃で屠るダニエラさんの背中は頼り甲斐がある。こう言うと怒るが、流石は精霊女王だ。
「おかしい」
「……と言いますと?」
「先程のアレクシアか? あの魔人勇者が次元獣を操っているようなことを言っていたが、アサギと戦いながら指示を出せるとは思えない」
視認出来ない程の超高速の戦闘の最中だ。出せるとしても簡単な指示だけだろうとは思うが。
「例えば、追い掛けろ……だけでしたら、簡単なのでは?」
私と同じ考えらしいベアトリスが首を傾げながらダニエラさんに尋ねた。が、ダニエラさんは首を横に振る。
「アサギが戦闘中にそんな雑念を許すはずがない」
その言葉には絶対の自信が込められていた。それに対して私達は、あの地獄の修行を思い出して、納得した。
「となると一体誰が次元獣を?」
「それは分からない。だが私達は進むだけ……伏せろ!!!!」
突然の指示に頭で考える前に体が反応した。修行の事思い出してて良かったとか、一体何がとか、そんな脳裏に浮かぶ考えを、視界に映った銀の腕が掻き消した。
「だ、ダニエラさん……」
「が、はっ……無事、のようだな……」
「ダニエラさん!!」
裂けた空間から伸びた銀の腕がダニエラさんの右胸を貫いていた。痛みに戦慄く口からは大量の血が溢れ出していて、純白の服が一気に真っ赤に染まった。
「ぁぁぁあああ!!!!」
怒りに任せて引き抜いた天狐に魔力という魔力を込めて腕を袈裟懸けに斬り捨てる。斬撃はあっさりと腕を切断したが、それ以上に建物自体も寸断した。ガラガラと轟音を立てて崩れた瓦礫が私達が走ってきた廊下を埋める。
切り離された腕は縮むように空間に引っ込み、裂けた空間も閉じられた。
「ベアトリス!!」
「こちらは任せなさい! レイヴンは、」
「分かってる!」
言われるまでも無く2人を守るように立ち、周囲を警戒する。《並列思考》を発動させ、《透過の神眼》と《千里の神眼》と《読解の神眼》を並列起動させる。何処に隠れたって見つけ出し、必ず殺す。
背後ではベアトリスが《光魔法【天】》による最上位回復魔法でダニエラさんを回復させていた。どうやら《魔力譲渡》も使っているようで傷はみるみる内に回復していく。
その間も私は一切の油断もなく警戒していた。だが先程の銀の腕は現れなかった。気配一つない。妙なことにあれ程頻繁に襲撃をしてきた次元獣ですらも現れなかった。
「すまん、もう大丈夫だ」
「傷は塞がりましたが、その……」
何か不調が見られるのかと視界を後方にすると腕に貫かれた部分は傷一つなかった。が、貫かれた服は無残にも破け、隠すべき部分が片方、放り出されている。
「こんなのは何の問題でもない」
「ダニエラさん、これ」
流石にそれは無頓着が過ぎるし、目に毒だったので脱いだ上着を渡した。が、ダニエラさんは受け取らない。
「問題ないんだ。ほら」
「!」
ダニエラさんが服を撫でると切れ端が光りながら伸び、元通りになった。思わず驚いて言葉を失ってしまった……。
「すまないな。でも気遣ってくれてありがとう」
「あ、や……直って良かったです」
格好良く上着を脱いだ手前、めちゃくちゃ恥ずかしかった。手にした上着は妙に重かった




