第三十三話 修行したから修行に耐えられるって意味分からんね
お互いの事を語り合い、打ち解けてきた所でアサギが散歩から帰ってきた。何食わぬ顔で座ったかと思えば、どこからか美味しそうな果物を沢山取り出した。次元魔法かな。
「詫びのつもりか?」
「まぁまぁまぁまぁ、食べようぜ」
ジト目で睨むダニエラさんにタジタジのアサギ。殆ど初対面みたいなものだが、何故かこの光景が妙に懐かしく感じてしまう。
「……さて、そろそろ本題だ」
リンゴを齧ったアサギが私達をジッと見据える。その目には今までのようなふざけた色は全くなく真剣そのものだ。眼力から感じる圧は600年を生きた神狼という実感を初めて肌に実感させるだけのものだった。
「短くて半年……長くて2年程でハイデラがこの世界に現れる。今までは僕やダニエラの支援の元、追い返すのがやっとだった。理由は単純に、戦力の差だ。これまでの勇者は一人だったからね」
「だが、今回は二人。初代の勇者である私とアサギのように。それも、行き当たりばったりではなく、初めから二人で選出された。これはフィレンツェがハイデラの侵攻を終わらせるという意味が込められてるんだ」
初めから、という言葉に引っ掛かりを覚えた。最初に選ばれたのは私だった。けれど、スキルが封じられて使い物にならなかったからベアトリスが選ばれたのだ。
「それにも意味があった。一度に勇者を二人召喚するというのはフィレンツェ自身の弱体化に繋がる。だから、力を封じた上でレイヴン、君が選ばれた。ベアトリスの助けで成長することで、勇者は二人になったんだ」
「なるほど……こうなる事を見込んで、私は……」
とは言え、町で受けた屈辱の日々は許せない。殆ど人生のどん底のような日々だった……。アレ込みで女神が仕組んでいたとしたら一発殴らなければならない。
「二人の勇者は、二人の元勇者に導かれ、魔神ハイデラを討滅する……これがフィレンツェの筋書きだ。だから僕達もその役目を果たそう」
人間を超越した存在、フェンリルとオリジン・エルフと対峙するというのはこういう事かと改めて実感する。小さな一軒家を埋め尽くす重圧。私がまだ一般市民だったら泣きながら逃げ出すだろう。だが勇者となった今でも顔に出さないように姿勢を正すことしか出来ない。
「敵はハイデラとその配下。魔人族と異界の魔物だ」
「異界の魔物とは?」
「文字通り、この世界とは別の世界から召喚された魔物だ。お前達が普段戦ってる魔物とは一線を画す強さを持った異形の魔物だ。別次元から召喚された魔物……僕達はこれを『次元獣』と呼んでいる」
次元獣か……流石は魔神。何でもありか。
「それら全てを私とアサギで抑え込むから、お前達はハイデラだけを目標に突き進め」
「分かりました」
「了解」
いよいよという気持ちで手が震える。当然、武者震いだ。これまでの旅で私も力を付けた。目の前の二人にはまだ敵わないかもしれないが、それでもやってやれない事はないと思う。
「それともう一つ。僕とダニエラが君達を更に強化する。それが出来る場所に早速行くよ」
返事もしていないのにアサギはパチン、と指を鳴らす。するとテーブルの横の空間が裂けた。空間の向こうに広がる光景は見たこともない場所だ。空を見る限り夜のようだが、ポツンと佇む建物らしき物は太陽のように明るい。
「さ、行くぞ」
立ち上がったダニエラさんが入っていく。それを見たアサギが私達を促すので恐る恐る裂け目へと進んだ。
□ □ □ □
アサギが言うには此処は『玄関空間』と呼ばれる場所で、彼が作り出した空間だそうだ。時間と空間を支配する次元魔法だからこそ出来る魔法だけど、これ程までの使い手なんて世界に存在しないんじゃないかと尋ねると、『一人だけ居る』とのことだった。世界は広いな……。
「此処では時間の流れが外とは違う。二週間以上滞在すると外界との時間軸に弊害が出るから時々出るね」
「さらっと言ってるけどだいぶ頭おかしい」
「次元魔法使ってる奴は大体頭おかしいから。じゃ、始めるぞ」
アサギが腰に下げていた剣を抜く。艶の無い銀色の使いこまれた剣だ。それを見て私とベアトリスも剣を抜き、腰を落として構えた。
「僕を斬るくらいの気持ちでかかってきていいよ。ちなみに君達がヴァドルフから此処に来るまで行ってきた武者修行は僕も見ていたから手の内はバレてると思ってもらって構わない」
「おい、それは覗き見してたってことか!?」
「安心してくれ。僕は理解ある百合男子だ。挟まるつもりはないから大丈夫!」
突然アサギが距離を詰めて剣を下方から振り上げてきた。ふざけんなと憤っている隙を突かれた私は、それでも天狐の峰で何とか受け流す。
「やるじゃない」
「いい性格してるな……ッ」
「戦闘中にお喋りしてる余裕なんてないぞ。此処にはヒーローの変身を待ってくれる敵なんて存在しない。油断はそのまま死に繋がるぞ!」
お喋りしてるアサギの猛攻は止まらない。口を動かしながら手も足も出してくる。当然私はそれに返事する余裕なんて微塵もなかった。あの修行は何だったんだと言いたくなるが、あれがなかったらこの攻撃すら躱せなかったはず。
であればまだ私は戦える!
「チィッ……!」
武者修行を経て得た新たな戦闘スタイルは魔法と剣術の併用だった。
私は、普通の戦い方は出来ない。だって、ある日突然こんなスキルを押し付けられて、しかもそのスキルは誰よりも上位のスキル。体だって追い付かなかったはずなのにスキルで押し上げられ、頭にはその使い方を押し込められて。でも頭の出来はそんなに良くないし、すぐに取扱説明書を引っ張り出すことは出来ない。並列思考、思考加速を使って漸く上澄みだけを掬って戦う、宝の持ち腐れスタイル。
そんな私の戦闘スタイルがトリッキーなものになるのはある意味必然だった。
「『ブリッツ・アクセル』!!」
最上位雷属性魔法。それは自身の速度を雷と同等に引き上げる魔法だ。攻撃魔法もあるが私は自分を強化するこっちの方が得意だ。急速に上がった速度で振り抜く刃は私自身が帯びた雷が刃まで覆っている為、鍔迫り合うだけで感電する。この技を『閃絡一刃』という。
「ぐ、がっ……!?」
「逃がさない……!」
感電し、反射的に距離を取ろうとするアサギを追い、閃絡一刃の連撃を食らわせる。一撃一撃を適確に防いでいるが、感電によるダメージはどんどん蓄積されていく。徐々に浸食していく麻痺によりじわじわとアサギの動きが悪くなってきた。其処へベアトリスの炎の矢が突き刺さる。
「あっちぃな……!」
白銀の風を両足に纏い、後方へ大きくジャンプするアサギ。追い掛けたいが、あの風を纏ったアサギ相手に無理はしたくない。
「ふぅ……なかなかやるね。以前とはまったく違う……成長したな」
「まぁ、色々あったしね」
天狐の峰で肩を叩きながらベアトリスを見やるとコクリと頷き返してくる。魔物の大群に囲まれた時もあった。森に住むドラゴンとも戦った。夜中に盗賊の襲撃もあったりした。完全に殺しに来てたから此方もそれ相応の対応をさせてもらったが……あれからかな。刀を振るう際に感じてた違和感のようなものが消えた気がする。多分、命のやり取りに対する迷いとかが吹っ切れたんだろう。
だから今もアサギに対してしっかりと刀を振るえる。ちゃんと寸止め出来るだけの腕も身に付いた。相手がアサギだから安心して稽古が出来るというのもあるが。
「さぁ、その調子でやっていこう。時間はたっぷりあるぞ」
こうして修行の旅を経てやってきた精霊都市で再び、しかも今度は終わりのない修行が始まってしまった。
まさか精霊の加護が物理的な加護だなんて、誰が思っただろうか……。




