第三十二話 お互いの過去
淹れなおしたお茶を3人で飲みながら女子だけの会は滞りなく進んだ。お互いの来歴。好きな物。楽しかった事。驚いた事。嫌な奴の事。友達の事。親の事。此処には心を許せる人しか居ないからか、それともダニエラさんの不思議な雰囲気の所為か、心の淀みのような感情が自然と吐き出され、洗い流されていった。
「……私の親は、商人だったんだが運悪く盗賊に殺された。と言っても育ての親で生みの親は顔も知らないんだ。天涯孤独ってやつだ」
「初めて聞きましたわ……」
「ふふ、初めて言ったしな。あぁ、そういえば生みの親が私に唯一残したものがあるぞ」
シャツの中に垂らしているネックレスを引っ張り出す。革紐は何度も擦り切れたから交換したが、ぶら下がってる黒い爪はずっと無くさないようにしてきた。育ての親である父の家の前に、これを握った私が寝かされていたらしい。
「ふむ……狼の爪のようだな」
二人に見えるように掲げているとジッと鑑定していたダニエラさんがポツリと呟く。そういえば私も鑑定のスキルを得たんだっけ。《超鑑定》という何でも分かる便利なスキルだ。ちょうどいい、使ってみよう。
『父のペンダント 君の人生はきっと過酷だろう。だがこの爪の様に強く鋭く、困難を走り抜けられますように』
……まさか、こんな所で父からの言葉を見つけられるとは思わなかった。思わず目頭が熱くなってくる。
「レイ?」
「……いや、ちょっとな」
鑑定で見た言葉を二人に教えてあげると、私と同じようにちょっと目が赤くなっていた。
「レイが話したのですから、私も家族についてお話しましょうか」
「いや、別に無理して話すことは」
「私が話したいのです」
そう言ってベアトリスは自分の家族の事を話し始める。
「私の家はエンハンスソード家と言いまして、まぁ、貴族です。そして剣に力を入れていまして、騎士として出世してきました。大昔はそうでもなかったそうなんですが、ご先祖様が旅の途中である人から剣を貰ったのがきっかけで剣一筋の家になったそうです」
「それがあの黒い……」
「えぇ。黒帝剣、ヴェルノワールです」
剣帯から外した漆黒の剣をそっとテーブルの上に置くベアトリス。ダニエラさんがそれを手に取り、鞘から引き抜いた。
「ふむ……よく手入れされているな。欠け一つないとは驚いた」
「特殊な素材が使われていると伝えられています。何かは分かりませんが……」
「ちょっと待って。見てみる」
《超鑑定》で黒帝剣を鑑定してみた。
『黒帝剣 異端皇帝キサラギが鍛え上げた剣。黒妖星石という星の核から出来ている。神狼の魔力が込められている為、傷付かない』
これまた驚きの結果だ。もう意味が分からない。これ絶対アサギが使ってたやつだ。あぁ、今思えばあの口ぶりは完全にアサギがベアトリスの先祖にあげた口ぶりじゃないか。
「ベアトリス、お前の先祖に剣をあげたの、アサギだぞ」
「はい? えっ?」
混乱しているベアトリスを他所に、ダニエラさんはクックッと喉を鳴らして笑う。
「なるほど、アサギが魔力を込めたから不壊の効果があるのか。彼奴め、媚びを売ったな」
「えっと……この剣は、アサギ様の物だったのですか?」
「あぁ。大昔に帝剣武道会で準優勝した時に当代の皇帝から貰った物だな。ちなみに優勝は私だ」
「そう、だったのですね……」
噛み締めるようにダニエラさんから受け取った剣をジッと見つめるベアトリス。思うところがあるのだろう。魔人の勇者……アストレイアに出会うまで一切抜かなかった剣だ。
「……私、実は剣の才能が全くなかったのです。その代わりに魔法の才は飛び抜けていたのですが父はそれを認めてはくださいませんでした」
ぽつりぽつりと零れ出すベアトリスの言葉に耳を傾ける。
「勿論、剣術の訓練もしました。しかしスキルにすら昇華しない程の才能の無さに、父を始めとした兄や姉、弟や妹すら呆れ返る始末で、家族なのに私には居場所はありませんでした」
貴族なのに貴族らしい生活も出来ない程に追い込まれたベアトリス。しかしその癖、父親は結婚相手を見繕ってくる。外聞だけは保ちたいのだろう。その真意を見抜いていたベアトリスをそれを全て蹴った。すると更に家族からの当たりや生活は辛くなっていったが、そんなベアトリスを救ったのは《女神の寵愛》だった。
「女神に見い出された私は突如、剣術のスキルに芽生えました。それも、家族の誰よりも上位のスキル。父は手の平を返して私を褒め称えましたわ。『流石はエンハンスソード家の人間だ。信じていたぞ』と。私はその言葉に怒る気力もない程に心を擦り減らしていました……情けないことに、媚びるように笑顔を顔に張り付け、深々と頭を下げ、こう言ったのです」
ありがとうございます――と。
それ以来、ベアトリスは家には帰っていないらしい。家族との会話もないそうだ。そりゃそうだ。そんな関係しか築けなかった家族と一緒に生活なんてぞっとする。私なら願い下げだ。
「だから私が貴族なんだからとか言うと嫌な顔をしたんだな……その、ごめんな」
「気にしていない……と言ったら嘘になりますわね。でも私も散々意地悪をしたのでお相子ということでどうでしょう?」
「あぁ、勿論だよ」
「私も初めての友人だったので嬉しかったのです。ごめんなさいね」
ぺろりと舌を出して謝るベアトリスの頭に手を伸ばし、撫でるように軽く叩いてやると、手の平にグリグリと頭を押し付けてきた。お互いの境遇を知ったからか、今は此奴が愛おしく見える。だが油断はしてはならない。主導権を握るのはこの私なのだ。




