第三十話 精霊都市 -ヴィルシルフ-
町を出て1ヶ月が経った。闇雲に刀を振り回していたり、スキルに振り回されていた頃の私はもう居ない。状況や相手に合わせて行動を選択する余裕が生まれた。
2ヶ月が過ぎた頃、刀を完全に扱えるようになった。勇者としてスキルとして理解はしていた。だが体はそれに追いついていなかった。体に振り回されていた頭が漸く追いついた。
3ヶ月が経過した。やっとの思いで自分なりの戦い方を見つけた。あのアサギという男の戦い方を見てしまった所為でかなり奴に引っ張られていた。やって出来なくはないからやろうとしていたのが大きな間違いだった。それに気付けたのはこの旅で一番の成果だったと今では思う。
4ヶ月目を迎えた頃、大樹海へとやってきた。此処は不思議な場所だ。出会う魔物全てが今までの魔物に比べると規格外の強さだ。だが私とベアトリスの敵ではなかった。
そして5ヶ月目。私達は旅の目的地、精霊都市へとやってきた。
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不思議な町だった。そもそも立地が異常だ。大樹海の奥にそびえる山の中にあるのだから、普通に暮らしていれば存在にすら気付かないだろう。だけどそれは町の人間が此処に引き籠っていればの話だ。
このヴィルシルフに住む人間は積極的に町の外へと進出している。何でも此処を収める女王が必ず一度は旅に出る事を義務としているそうだ。
町の外は大樹海。生息する魔物はどれもが規格外の強さ。旅に出て最初に出会う魔物が世界でも最強の魔物なのだからこの町の人間の強さはそれ以上ということだ。まったく、ぞっとするね。
「それにしても異様な光景ですわね」
「話には聞いていたけど、改めて目の当たりにするとな……」
町を行く人種は様々だった。人間、エルフ、獣人、そして魔物。人型や獣型、様々だ。それらが街並みに溶け込む姿は異様の一言に尽きる。
こういった光景が広がることは事前に聞いていた。最後に寄った町、アスクで出会った青年がこのヴィルシルフ出身だった。あの町には似合わない強者の雰囲気から警戒していたら向こうから声を掛けられ、此処の話になった。だから予備知識はあったが、実際に見ると流石に圧倒されてしまう。
女王が住む場所というのは大通りを抜けた先にあるらしい。町の入口に居た門番に尋ねると気前よく教えてくれた。普通ならもっと警戒するとは思うが、大樹海を出て世界を旅して帰ってきた者が大勢住む町だから、多少野蛮な来訪者が居ても制圧することなど造作もないだろう。此処は今、世界で一番平和と言っても過言ではなかった。
「此処か……?」
女王が住む城は見当たらない。あるのは庭付きの小さな一戸建てだ。絢爛豪華な装飾もなく、堅牢堅固な防壁もない、ただの家だ。此処に女王が住んでると知らなければ普通に通り過ぎるような、そんな庶民的な佇まい。
「えっと……とりあえず、行くか」
こくりと頷くベアトリス。腰よりも低い生垣を抜け、赤い戸の前に立つ。私は恐る恐る3度、拳で叩いた。
「はーい」
「!?」
意外にもノックに対する返事は男の声だった。此処は女王の家ではないのか? いや、女王の家から聞こえる男の声……王様!? いや、王配か!?
「はいはい、どなた?」
「あ、えっと、私は……は?」
「え……アサギ様?」
戸を開けて出てきたのは、流浪の剣士、アサギだった。
「おー、漸く到着したか。まぁ、あがりなよ」
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中に通された私とベアトリスは大人しく椅子に座る。テーブルの上に置かれた花瓶に生けられた花を見つめていると、トレーにカップを乗せたアサギが帰ってきた。いや似合わんなぁ……。
「よかったらどうぞ」
「いただきます」
「ありがとう」
なんで居るのかも分からないアサギを睨みながらずず、と再び啜る。……うん、旨い。これならまぁ、斬らなくてもいいか。
「旨いな」
「此処で採れた豆で作ったコーヒーだ。旨いだろう」
「不思議な場所ですわ……出荷はしないのですか?」
「計画は立ててるよ」
どうやら最近になってこの味に至ったそうだ。試行錯誤の結果か。どれだけの年月を費やしたのだろう。とりあえずはこの都市内で消費して意見を聞いてからの計画らしい。
「ま、遠路はるばるやってきた勇者達に旨いって言ってもらえたんだ。計画を早めてもいいだろうな」
「ん……まぁ、楽しみにしておく」
「ところでどうしてアサギ様が此処に? 此処は精霊女王の城? だと聞いたのですが」
そうだそうだ。コーヒーの所為で直前の記憶が全部飛んでいたが、此処に来た理由は女王に会う為だ。アサギに会う為でもコーヒーを飲む為でもない。
「どうしてって、此処は僕の家でもあるからだよ。ダニエラと住んでるからな」
「ダニエラ……此処の女王の名ですわね」
「じゃあなんだ、アサギはダニエラ女王と結婚してる王族ってことなの……ですか?」
「あはははは! 今更敬語になるのウケるんですけど!」
一々腹立たしい奴だな……!
「ははは……いや、結婚はしてないよ。今更結婚したところで、関係が変わる訳でもないしな。僕とダニエラは今も昔も恋人同士さ」
「おい、恥ずかしい話をするな」
と、奥の部屋から凛々しい女性が声と共に姿を現した。白金の髪の美しい女性だ。今度こそ間違いなく、あれが女王ダニエラだろう。私とベアトリスは膝をつく為に席を立った。
「あぁいい。そういうのは嫌いだ。座ってくれ」
「しかし……」
「嫌いなんだ」
念押しされてしまった。これ以上は失礼にあたるだろう。私もベアトリスも座り直した。
「アサギ、私の分も」
「はいよ」
私の対面の椅子の背を掴んで引き、女王も同じように席に着いた。途端に緊張感が増す。
「私は女王を名乗った事はないのだが、皆が女王女王と呼ぶ。お陰様でやりたくもない政治の仕事も増えてな……今も奥の部屋は書類でいっぱいだ」
「いつもお疲れ、ダニエラ」
「あぁ、ありがとう」
慈愛の笑みでコーヒーを差し出し、柔らかな笑みでそれを受け取る。あぁ、恋人同士というのは間違いないのだろう。結婚していないという話だが、長年連れ添った間柄というのが見て取れる。
意外な程に穏やかなアサギの顔を見ているとダニエラ女王……いや、女王じゃないんだっけ。ダニエラさんから声を掛けられる。
「君がレイヴンだろう。アサギから聞いている。そしてそちらがベアトリスか。二人の勇者か……あの女も今回で決着をつけるつもりらしいな」
「あの女……とは?」
「女神だよ」
「!」
女神を『あの女』呼ばわりするのは私だけではなかったことにも驚いたが、やはり精霊女王と呼ばれるだけあって無縁ではないようだ。
「出来ればその辺りのお話も伺いたいのですが」
「あぁ、長くなるが聞いてほしい。これはかつての勇者全員に話していることだ」
「……出鼻をくじくようで申し訳ないんだが、かつての勇者とは?」
言葉の通り捉えるならそれは不老不死という事になるが。
「あぁ、言葉の通りだ。私とアサギは不老の化物だ。そして、初代の女神の勇者でもある」
その言葉を飲み込むまでに、私とベアトリスはかなりの時間を要したのだった。




