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第三話 ベアトリス=フォンブラッド=エンハンスソード

 噂は瞬く間に広がった。私の時もそうだったし、新しい勇者の時もまた、同じだった。


『今度の勇者は当たりだ』


 その文言は私があってこその内容だ。そして私のハズレっぷりがその噂をより引き立てる。

 やれ水を生めば大河になっただの、やれ火を生めば森が焦土と化しただの、そんな噂だ。ぶっちゃけそんなの自然災害レベルだし、もし本当なら魔神と大差ないくらいの化物だ。むしろ人類の敵なんじゃないかと拗ねた私は1人毒突く。


 もうその勇者が居ればいいだろう。私の事はそっとしておいてくれ。そんな願望も虚しく、教会からの呼び出しを食らった私は普段着の革のパンツを履き、同じ革のジャケットを羽織る。使い慣れた革のブーツも含めて、私をゴブリンと寝る女と言った店長から初任給と一緒に貰った私の大切な物だった。


 それらを身に纏って教会へ出向くと門扉の前に居た教会騎士に呼び止められる。


「お待ちしていました、レイヴン様。此方へどうぞ」


 私の顔を覚えている事に驚きながら、案内され奥へと進む。行き着いた先は私の品評会が行われた応接室だ。嫌な記憶を思い出し、舌打ちをしながら中へ入るといつかのお偉方が勢揃いで座っていた。その手前には私に背を向けて女がソファ座っていた。私と同じくらいの背丈であろう其奴は漆黒の癖のない長い髪が印象的だ。

 背もたれ越しに見る。その四肢は分厚い鎧に包まれていた。あれは私が無理だと言った重鎧だ。しかし身に着けているのは篭手と脛当て、靴だけか。シックな黒い服が鎧で隠れるのが嫌なのだろうか。自信の表れか。それとも重かったか。そんな少し年上のような雰囲気の女を上から見下ろしてから、隣に座る。私が隣に座ったというのに、女はつまらなそうに長い黒髪の先端を弄りながら机の上のカップを見つめていた。


「おぉ、久しぶりだなレイヴンよ。元気にしておったか?」

「はぁ、まぁ」


 よくもぬけぬけと。この隈を見ろ。精神的に参って眠りが浅い。


「休日に呼び出して悪かった。紹介したい人物がおる」

「はぁ」

「噂には聞いておるかもしれないが、新たな勇者が見出された。『ベアトリス=フォンブラッド=エンハンスソード』だ」


 無期限休日にしておいていけしゃあしゃあと……と思いながら紹介された女、新たな勇者ベアトリス=フォンブラッド=エンハンスソードを改めて見る。


 と、ガッチリと視線が合った。

 合ったと言うか、絡み合ったと言うか。勿論これは絡まれたと言って差し支えない程度には一方的な絡みで、断じて私は絡みに合意した訳ではなかった。なのに、この視線から伝わる圧力は私の眼球を支配し、更に私の鼓膜も支配していく。


「貴女、私のものになりなさいな」


 その言葉だけが私の耳に届く。視界の端では老人達が立ち上がり、口を動かして何かを言っているが、何も聞こえない。そして謎の力はいつの間にか私の声帯も支配し終えていた。お断りの声が出ない。


「沈黙は肯定と判断致しますわ」


 実に都合の良い解釈だ。この都合の良さが勇者には必要な気質なのかもしれない。私には無いものだ。


 私は放心したままベアトリスを見つめる。見ているとどんどん蕩けた表情になっていくベアトリスはすすす、と擦り寄り、腕を絡め取られ、


「では私は彼女と魔神討伐の旅に出ますわ。行ってまいります」


 本当に強引に、魔神討伐に出征させられたのだった。



  □   □   □   □



 それが3ヶ月半前の出来事。今、私は勇者ベアトリス=フォンブラッド=エンハンスソードと共に魔神討伐の旅に出ている。王都を出て2日経ったところだ。あんなに苦労したゴブリンは視界に入る間もなく間引かれ、ゴブリンよりも強いオークやウルフも蹴散らしていた。勿論、ベアトリスがだ。


「レイヴン、もう後1日程走れば次の町ですわね」

「悪いが私は1日ずっとは走れない。勇者目線やめてもらっていいすか」

「はぁ、貴女も勇者だというのに……」


 カチンとくるが、ベアトリスはそれを無自覚にやっているのをこの2日間で理解した私は顔には出しても口には出さない。悪気が無いというのは質が悪い。これも勇者の気質か。


「私はゴブリンにも勝てない普通の女だ。もう帰らせてくれ」

「嫌ですわ。私、貴女と旅が出来ないなら魔神討伐なんて致しませんわ」

「はぁ……」


 私が此奴の傍に居ないと世界が滅ぶ。帰りたくても帰れない。勇者としてのなんてないのに、世界の運命を背負わされたなんちゃって勇者、レイヴン=スフィアフィールドはストレスで禿げそうだった。隈なんて消える訳がない。


「さぁ私が貴女を背負って……ふむ、何だか滑稽ね」


 問答無用でベアトリスが私の前でしゃがんでから立ち上がり、強引に背負おうとするが、何か納得がいかないらしい。


「そうですわね。えぇ、これしかないですわ」

「何するつも……な、馬鹿、やめろ!」


 今度は有ろう事かお姫様抱っこをし始めた。力の差は歴然なので抵抗は無意味だ。ていうか此奴、今、舌舐めずりしなかった?


「うふふふ……さぁ、行きますわよ!」

「降ろせ、馬鹿……あー!」


 ちょっとだらしない顔をしたベアトリスは走り出す。意外というか当たり前というか、ガクガクと揺れて不安定なお姫様抱っこ走法に、私の羞恥心は早々に置き去りにされ、代わりに恐怖心を植え付けられた。


 お姫様抱っこ、怖い。

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