第二十九話 更に強くなる為に
腹ごなしに散歩しながら街を眺めていたが、平和だった。山脈一つ越えた先に魔人族が潜んでいるというのに、だ。どういう事だろうとそれとなく調べてみたが、実はあの山を越えるのは結構きついらしい。
以前は鉱山があった。その鉱山での作業をする為の人間が集まって出来た町、アレッサ。今ではもう鉱石も掘り尽くされて誰も居ないゴーストタウンだが、其処が魔物の巣となってしまっているそうだ。じゃあやっぱり大変じゃないかという話だが、この町の周辺に生えている木々の香りが魔物避けになっているんだとか。
「元は蜜の材料というのが面白い話ですわね」
「ベルル蜜な……今では希少というのも納得出来る」
蜜を採る為に幹を傷付ける。それが枯れる原因にもなり兼ねない。大量の魔物が襲ってくる可能性に繋がるのであれば、軽々しく採取も出来ないだろう。
この宿場町もかつて程の旅行客もおらず、今では生計の殆どが植林だという。ベルル蜜用の木の量産が希少な蜜の採取に繋がる。それを高値で輸出すれば、町も潤うという訳だ。
「甘味は人間にとって欠かせない幸福の要因。それを高値で売りさばくとは汚いな」
「辛口ですわね。糖分が足りないんじゃないですか?」
「後で摂取するからいい。今はちょっと……」
膨れた腹を二人して撫でる。此奴が引っ込むには相当な時間を要するだろう。
腐っても宿場町ということで特に苦労することなくそれなりの宿を見つけた私達は部屋に転がり込むなり、大きなベッドに横になった。いつもならすぐに発情するベアトリスも、今日ばっかりはうんうんと唸りながらコロコロと寝返りを繰り返している。それは私も同じで、落ち着く体勢を探してベッドの海をコロコロと旅していた。
そうしているといつの間にか寝てしまっていたみたいで、気付けば窓の外からは小鳥の囀りが聞こえてきた。流石、森に囲まれているだけあって鳥とかの鳴き声がよく聞こえてくる。
後回しにしていたつもりが寝てしまっていた所為で入れなかった風呂を朝から贅沢に頂いてから身支度をしているとベアトリスも起き出してきた。
「おはよ」
「おはようございます……ふぁぁ」
珍しく大きな欠伸をして伸びをしている姿が妙に可愛らしい。私と違って寝起きからしっかりしているベアトリスではあるが今日はまだ寝足りないようだ。
「風呂入ってきたらどうだ? 目が覚めるよ」
「そうします……」
眠い目を擦りながら立ち上がったベアトリスが浴室に入ってくのを見送ってから私は一人、今後の予定を立てる。いつも任せっぱなしだからな……とは言え、一人じゃ自信がない。後でベアトリスに確認してもらおう。
□ □ □ □
ある程度のスケジュールが組み上がった頃、ベアトリスが浴室から出てきた。最早一糸纏わぬ姿で出てきても何の動揺もない。私も日々成長しているのだ。
「つまりませんわね」
「やかましい。でさ、今後の予定なんだけど」
「ちょっと、服くらい着させてくださいな」
「着てから出てきなよ……」
ベアトリスの白い尻に向かって溜息を吐き捨て、暫し待つ。
「さて、聞きましょう。レイの初めて立てた予定を」
「……此処から東方面に進むとフルスリバーリヴィエール川がある。其処から更に南下すれば水郷都市もある。川沿いに進めばある程度は自給自足も可能だし、まっすぐ東を目指そうと思うんだが、どうだろう?」
「ふむ……町を経由しない理由は?」
これから先にあるのは、地下に出来た大迷宮《地下牢獄》に挑む為、世界中の冒険者が集まる冒険都市レプラントや霧の魔物と戦う為に幾つもの丘の上に建てた砦を橋で繋いだ丘陵要塞都市センカ、無数の牧場で出来上がった酪農都市ダアナだ。それらを経由して物資を補充しながら行くのは簡単だ。
「……でも私達、すぐサボるだろ」
「……」
スゥー……っと息を吸い、そっぽを向くベアトリス。まぁ、流石に自覚はあるようだ。
「これまで何だかんだ言って町に着く度にうだうだしてきたよな。これからの町だって物凄く魅力的だ。絶対にサボる。だからこそ、魔人の勇者も現れた今は必要最低限の寄り道だけにしたいなと。流石の私も危機感を覚えてるくらいだぞ?」
「私だって危機感はあります! 今までは勇者になる前、勇者になった後……身に付けた力に自信というものがありました。でもそれはアストレイアの前では無力でしかなかった。私は努力に見合った力を手に入れたと慢心していました」
グッと両手を握り締めるベアトリス。初めて会った時から圧倒的な強さだった。私なんて虫けら同然の力。力に基づく自信がベアトリスにはあった。
でもそれはアストレイアの前で儚く砕け散った。
「川沿いの旅で魔物との実戦を繰り返して修業をしましょう。あの魔人よりも強く、魔神よりも強くなりましょう」
「これは選ばれた私達にしか出来ない旅だ。失敗は許されないんだ」
ある程度戦闘用のスキルも解放出来てきたことだし、この旅で残りのスキルロックも解除していきたい。これから先に広がる大河沿いは魔物が多く出るらしい。そんな奴等を相手に戦えば、かなりの経験が積めるはずだ。そして水郷都市ニコラに到着する頃にはあのアストレイアとも並ぶ程の強さになれれば、その先の大樹海でも戦えるはずだ。
「この旅で大樹海の先の精霊王の場所に辿り着くまでに誰よりも強くなるぞ」
「私も今以上の力を身に付けましょう。貴女も、私以上に強くなってくださいね。元々私は貴族ですから、守るより守られる方が性に合っていますので」
「まぁ、そうだな。それくらいになればアストレイアにも勝てるかもな」
ベアトリスを守るくらいという基準が少し気に食わないが、今の私よりも強いベアトリスよりも強くなれれば私自身、安心出来るというものだ。
しかしベアトリスもまた同じように成長する。それを追い越す程の努力が必要だ。今まで通りでは絶対に駄目だ。私が私じゃなくなるくらいの、それくらいの修業をしなければ意味なんてない。
こうして、私とベアトリスの修行旅が始まった。




