第二十八話 野を越え山を越え、スイーツ
魔人達と別れてからは出来るだけ周囲に気を張りながら、迅速に移動した。お陰様で神気汚染の広がる荒野を抜け、『アレクシア山脈』と呼ばれる長く大きな山々の麓に到着するまで、魔人に襲われることはなかった。
「かつてはこの辺りまで綺麗な草原が広がっていたそうです。今は見る影もないですが」
「ふぅん……」
山は半分程が神気に汚されているようで、草木の生えない地肌が荒野伝いに続いている。半分を過ぎる辺りからちらほらと木々が見えてくる。だが雄大な自然感は一つもなく、ただただみすぼらしさが際立っていた。
「元々此処は鉱山として有名でしたから、あんまり木は生えてなかったそうです。それでもこうして見ると、汚染の酷さが極まりますわね」
「山って言ったら木々が生い茂ってる雰囲気だけどな……岩山って表現する程、岩山って感じもしない」
「このまま魔神の侵略が進めばこの山の向こう、フリュゲルニア帝国も神気汚染の影響を受け始めますわ」
止めるしかないだろう。ランブルセンが戦場になってしまったから周辺国は同情しているが、国境を越えて浸食が進めば態度も変わるだろう。そうなればその先に待っているのは、人間同士の戦争だ。
「文字通り、世界を守る為の勇者か……」
「重いですか?」
「重すぎ。私に出来ることは限られてる」
ぶっちゃけ世界なんてどうでもいい。私は私の身も周りが安全なら世は事も無しだ。住んでいる場所が危なくなったら抗う。それでも駄目なら逃げる。そうして抗って、逃げた先に待っているのが死だとしても、人間、最後はどんな形でも死ぬ。
いや……どうにも最近、考え方が悪い方向に進みがちだな。何だろう、どうせ死ぬとか、そんな事は今まで考えたことがなかった。漠然とした意識はあったけれど、こんなに死が身近に考えるようなことはなかった。
それもこれも、アストレイアに殺されかけた所為だ。思い返せばあの一件依頼、ネガティブな思考がぐるぐると続いている。アレの所為で考え方がガラリと変わった気がする。……それだけ衝撃的な体験だったもんな……。
「はぁ……行こう。ずっと此処に居てもしょうがない」
「ですわね。また運んでくださいますか?」
抱っこをせがむ幼児のように両腕を広げるベアトリスに溜息の返事を返し、抱き上げる。此奴も此奴で重いな……まぁ、武器や鎧を身に着けていれば仕方ないか。
ベアトリスを抱き上げた私は深呼吸をし、意識をスキルに集中して再び多重起動する。地形を無視して駆け上がり、一気にこのみすぼらしい山を乗り越える。
そろそろ太陽は天辺を過ぎ、暮れに向かう頃だ。厚く重たい雲も、そろそろ薄くなるだろう。
□ □ □ □
野を越え山を越え、辿り着いたのは森に囲まれた『ヴァドルフ』という宿場町だった。何の変哲もない宿場町ではあるが、スイーツが名物らしい。ベアトリスがソル・ソレイユで仕入れた情報だ。これは確かめる必要があるぞということで、適当に宿を決めた私達は夕暮れの町に繰り出すことにした。
「しかしベアトリス、空きっ腹にスイーツというのも贅沢というか、勿体無い気がするが」
「そうですわね……しっかりと料理を堪能してから食べる甘い物こそ真価が問われるというものでしょう」
珍しく息が合った私達は良い匂いのする通りをぶらぶらと流す。胃を刺激する香りが左右から手招きしてくるが、此方の容量設定はそれ程大きくはない。メインであるスイーツの事を考えると、じっくり吟味して行動せねばならない。
左右に広がる幾つもの店。香ばしい肉の香りやスパイシーなソースの香り。そして主張の激しいスイーツの甘い匂い。一見すれば混合された匂いでむせ返り、気持ち悪くなりそうではあるが不思議と気分は悪くならない。それどころか胃への刺激が強すぎて暴走しそうまである。
「うーん……あの店なんかどうだ?」
「外観は良さげですわね」
それ程大きな店ではない。こじんまりとした一軒家だ。けれど何か惹かれるものがある。それは懐かしい故郷とか、そういうノスタルジックなもののような、そんな気配。思わずただいまって言いたくなるような、そんな雰囲気だった。
「行ってみましょうか」
まぁ、ベアトリスみたいな貴族には分からない感情かもしれない。豪邸だろうしな。
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「う……っぷ」
「大丈夫ですか?」
メニューを見た辺りまでは普通だった。美味しそうな名前の料理をいくつか頼み、改めて店内を見回した時、背筋が冷えた。周囲のテーブルの上には嘘みたいな量の料理が並んでいた。何処の大食い大会だと、声を大にして言いたくなったが見間違いかもしれない。偶々多く頼んでいただけかもしれないと、そっと目を閉じ、心を穏やかに料理を待っていた。
そしてドン! という音と共に目を開くと、テーブルの上は大皿と山のような料理が何品も並んでいた。
正直、もう見ただけでお腹いっぱいだった。無限のような揚げ物、一生無くならなそうなスープ、ジュウジュウと音を立てる肉、肉、肉。
始まったのは戦闘だ。大量の軍勢相手に私とベアトリスは奮闘した。味は素晴らしく良かった。だが量が凄まじかった。味が良いからすいすい入るが、一瞬我に返ると胃もたれが襲い掛かってくる。内なる自分を制し、そして皿を全て空にした時、ドン! と出されたデザートで私達は死んだ。
「試合には負けたが、勝負には勝った……んだ、私達は……」
「ルール違反で敗退ですけどね……」
流石に無理と判断した私達は《空間収納》でデザートをこっそり仕舞い、後程、万全の状態で頂くことを誓い合った。




