第二十六話 人形ヶ丘での襲撃
メズマドリア=シュレディウム聖法国を出てから1週間が経過した。出国して暫くは雪原が続き、歩き辛さを感じてストレスが溜まっていたが、それも数日で薄れ、やがて草原が広がり始めた。龍脈の影響とは聞いていたが、地表にまで及ぼすのだから以外と浅い位置にあるのかもしれない。
草原を歩いていると後方から馬車がやってきた。どうやらメズマドリアから来たらしく、ランブルセンに向かう途中ということで代金を支払って乗り込んでからは早かった。
当然、徒歩よりも早いのですぐにランブルセン共和国首都ソル・ソレイユへ到着した。白亜の城を中央に広がる広大な街並みは観光するには1ヶ月では足りないだろう。
だが残念ながら私達は観光に来ているわけではない。消費した物を補充し、まぁ、ほんのちょっとだけ見てからすぐに首都を出た。今回は本当にちょっとだけだったので無駄な時間は過ごしてないぞ!
そして私達はかつてあった大きな戦争、『人形戦争』の跡地である人形ヶ丘へとやってきた。
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見渡す限りの荒野。立ち枯れした木は不気味さしか感じない。空も妙だ。此処に来るまでは快晴……とまではいかないものの、それなりに晴れていた。だけど、この地に近付くにつれて雲が増えてきた。現場は今にも雨が降り出しそうな厚く重い雲に覆われていた。
「此処が……」
「戦争跡地、人形ヶ丘。神気汚染が酷いですわね」
神界と繋がったこの地は次元の切れ目から漏れ出た神気の影響で荒野となってしまったらしい。多少であればステータスの上昇やスキルの開花等の恩恵があるらしいが、高濃度の神気は一転、悪影響となる。
その結果が、魔人だ。
つまり、魔人は此処、人形ヶ丘周辺で生まれた存在だ。
「……」
「ふぅ……」
なので私達は油断せず、周囲を警戒しながら先へ向かわねばならない。全く理不尽な話だ。魔神を討伐する為の力を得る為に目的地へ向かう途中で、成長中の身で敵陣を通過せねばならない。
しかし目的地へ行く為にはどうしても此処を通らざるを得なかった。かつての勇者達はどうやって此処を通過したのだろう? 多くの味方を引き連れて? それとも見つからないように一人でこっそりと?
此処で命を落とした者も居るかもしれない。それ程までに危険な土地だ。
「……仕方ない。一気に駆け抜けるしかなさそうだ」
「アレを使うのですか?」
「うん……代償は大きいけど、ちまちま歩く方が危険だ」
《立体起動》《神速移動》《思考加速》《並列思考》。4つのスキルの多重起動に加えて常に発動している《身体操作》も加えた5つのスキルと激しい運動がもたらす代償、負担は相当なものだ。
「慣れれば起動するスキルを減らしていくことも出来ると思うけど、今はまだな……」
「それを支えるのが私の役目ですわ。気にせず、全力を出してくださいな」
「勿論。……頼んだよ、ベアトリス」
ベアトリスを抱き上げた私は《立体起動》を発動させ、走り出す。階段状に足場を展開し、徐々に高度を上げていく。段々離れていく地面を見下ろすと、其処にはギシギシと歪な動き方をする黒く変色した『自動人形』が見えた。
「あれも人形戦争の負の遺産の一つ……神気を吸収し、再起動した自動人形、『殺戮人機』……視界に入った生物を無差別に襲う厄介な魔物ですわ」
「魔物なのか?」
「そう定義づけられてはいます。発生原因が特殊ですが、人間の敵であることは間違いないですわ」
ギギギ……と軋んでいるような、変わった動きで此方を見上げてはいるが、襲ってくる様子はない。此方までやってくる手段はなさそうだ。
そしてある程度の高度にまで上昇したので《神速移動》を始めとした各種スキルを起動する。爆発的に上昇する速度と共に景色が後方へと吹き飛んでいく。
「ぐぅ……ッ」
頭が痛い。ただ真っ直ぐ走るだけだから《思考加速》だけでも解除するべきか……? と思い、一つだけ解除する。……うん、負担は減った。直線行動以外は必要なさそうだ。足を下ろす時だけ気を付けて《立体起動》を使えば、何とか……。
「レイ、彼処」
ベアトリスが指を差す方向を見る。其処には町が広がっていた。見た感じは普通の町だ。けれど、こんな汚染区域にある町……ただの町ではないのは明らかだ。そう、あれが……。
「『魔都フィラルド』……魔人の都市か」
「出来れば、近付きたくないですわね……」
同意見だ。今の私なら通り過ぎるだけなら殆ど一瞬だ。
……と、思っていた私が甘かった。
「レイ!」
ベアトリスの声を聞いたその場で体を捻り、用意した足場を蹴って下方へ飛び出す。放たれた矢のよりも早くその場を離れ、急速に接近する地面に両足を向ける。
頭上ではちょうど私達が居た場所で轟音と共に炎が爆ぜた。爆音と爆風が衝撃となって背中を震わせる。それと同時に着地した私は踵で地面を削りながら速度を落とした。
「敵ですわ!」
「言われなくても分かってるよ!」
腕の中から飛び降りたベアトリスが両手に魔法を用意し、周囲を警戒する。私は腰に下げた《白刀・天狐》を引き抜き、新たに得たスキル《透過の神眼》を発動させる。説明不要とは思うが簡単に話すと、これは透視出来るスキルだ。眼に発現スキルは常時発動するものと意識的に発動出来るものがあるが、このスキルは後者だ。私の右目は今だけは全ての景色が透けて見える。
「其処の丘の裏。魔人が3人居る」
剣先を向けた何の変哲もない丘。そのちょうど真裏に私達に向かって魔法を放ったであろう魔人が3人居た。男が二人、女が一人だ。簡素ではあるが鎧を身に付けている様子から、ただの一般人ではなさそうだ。
「アストレイアの差し金でしょうか……」
「可能性はあるけど……」
アストレイアは魔神側の勇者だ。手下が居ても不思議はないが、あの鎧の様子を見ると手下には見えなかった。何というか、粗末というか……もしあれがアストレイアの手下だとしたら、はっきり言って足手まといだろう。
「……捨て駒という可能性の方が高いだろうね」
「ふむ……」
少し考え込むベアトリスの代わりにジッと様子を探る。あちらも私達の位置は把握しているようで、此方を睨みながらジリジリと近付いてくる。だが私達が向こうの位置に気付いている事には気付いていないはずだ。
なので、今なら後出しの奇襲が仕掛けられる。
「私が切り込むから、ベアトリスは援護を」
「殺しては駄目ですよ。素性を吐かせます」
「分かってる。……っすぅぅ……」
手にした天狐に魔力を流し込む。真っ白な刃は更に白い光を纏い、刃の境界線があやふやになる。それを後方に下げ、構える。
「……ハァッ!!」
そして一気に振り上げ、振り抜いた。すると天狐の特殊能力が解放され、弧状の魔力で出来た刃が放たれた。大きさは込めた魔力に比例するようで、放った斬撃は易々と丘を越えた。
地面と丘。その両方を切り裂いた純白の斬撃は魔人のパーティーを二人と一人に分断した。間髪入れず私は駆け出し、《立体起動》を駆使しながら変則的な動きで別れた一人、女の魔人へ切り込む。
「っあ、あっ!?」
焦りの色が濃い。槍使いのようだが、一度、二度の斬撃に対応出来たが三度目の斬り上げで槍を手放してしまった。
「ふんッ!」
「きゃあっ!!」
両腕を上げたがら空きの胴に肩から突っ込み、そのまま吹き飛ばす。何度か地面をバウンドしながら転がっていくのを見送り、分断した二人を見るとしっかりとベアトリスの氷魔法と土魔法で両手両足を固定され、身動きが出来なくされていた。
私も身動きが出来ないようにするべきかと転がった女の方へ《神速移動》で駆け寄り、天狐を振り上げる。
「ひぃっ……」
「……」
だけど何かする必要はなさそうだ。勝てないと悟ったか、頭を庇って蹲ってしまった。こうなってしまうと元一般市民代表としては追撃なんて出来なくなってしまう。
「何故攻撃してきた?」
「えっ……?」
天狐を鞘に仕舞い、語り掛けると女は耳を疑うかのように恐る恐る私を見上げる。
「いきなり攻撃してきた理由は?」
「あ、貴女が勇者だから……」
「私が勇者だと知ってて攻撃したのか?」
こくりと女は頷く。
「何で知ってる?」
「こ、これ……」
女が震える手で懐から何かの紙を取り出し、広げて私に差し出した。罠を疑いつつもそれを受け取り、目を通す。
「……なんだこれ」
其処にはへったくそな絵と私とベアトリスの名前が書かれていた。




