第二十四話 女神教と聖法国の成り立ちと夢
自分の思う通りの服を買えた私は上機嫌で町を歩く。行先は女神教会本部。エレディアエレス大聖堂である。
「歩きながら少し説明しておきましょうか」
相も変わらず私の腕に絡むベアトリスが此処からでも見える中心部にそびえる大教会を指差して語り出した。
「そもそもこの女神教というのはこの国周辺に根付いていた土着信仰でした」
「土着信仰?」
「はい。その村内、町内でちょっと崇めるくらいの女神様だったようです」
そんな小さな信仰が村から町に、そして都市になり、ついには国を興した。
「平和だったそうですよ。最初の内は。ですが、『人形戦争』が勃発しました」
「『人形戦争』か……」
古い歴史だ。600年程前に起きた自動人形と人との戦争。黒幕は古代エルフが残した魔道具の誤作動だと聞いている。
そしてその戦争の最中、女神と魔神が次元の狭間を抜け、神界より顕現した。
「これにより土着信仰程度だった女神教は、その存在を大きくしました。なんせ、女神が実在していたのですから」
「元々信仰していた女神と、顕現した女神は同一の存在だったのか?」
「それが偶然にも名前が一致したそうです」
誰がその女神に名を問うたのかは分からない。だがこの女神教が崇める愛の女神、フィレンツェ=ネルドリエは確かに存在したのだ。そしてその敵、魔神ハイデラも。
「当初は破壊神と呼ばれていたそうですが、女神教は魔神と名を改め、これを女神と共同での討伐対象としました」
「その理由が、魔人の出現か」
原因ははっきりしていた。神の出現だ。裂けた次元の切れ目から溢れた神気の影響である。人形戦争の戦地であった霧ヶ丘……現在は人形ヶ丘と呼ばれている土地から神気感染が広がっていった。
これが良くない働きをして人を魔人化させていった。外見は人に近いが肌は褐色になり、髪は白くなる。白目部分は黒く変色し、瞳は真っ赤に変化する。そして人間よりも凶暴性が強くなり、ステータスも高くなるのが内面の変化だ。
これを『進化』と捉えたのが邪教認定されている『魔神教』の教えと言われている。
「女神教は女神出現と同時に神具である二つの指輪をランブルセンから管理を任され、国名はエレディアエレス聖法国からメズマドリア=シュレディウム聖法国へと改めました。当時の教皇の名を一部組み込んだそうですよ」
「その名残が大聖堂か」
エレディアエレスの名を遺す為に作られたのだろう。改めて見上げる大聖堂は、まぁ、見た目は厳かで美しい。白亜の教会というのは神秘的で、さぞ信者は有難がることだろう。
「しかし土着信仰程度の宗教が水を得てしまったことでまた争いが発生したんだよな」
「此処からはレイも知っているようですわね。そう、旧エレディアエレスとランブルセンとで起こった戦争……俗に言う『女神戦線』ですわ」
これは私も知る戦争だ。女神の名を知らしめる為に起こったという、私からしてみればくだらない争いだ。何でも、霧ヶ丘を一方的に聖地と定め、所有権を巡ってエレディアエレスから仕掛けたとか。宗教というのは怖いな。ただの戦争跡地……しかも神気汚染が広がった土地に盲目的過ぎる。
ランブルセンにしてみればいい迷惑だろう。自分の国内で戦争が起き、女神と魔神が出現。賜った神具はわざわざ女神教を信仰する聖法国へ管理させてあげたら今度は土地も寄越せときた。
自分たちが崇める実在も疑わしい女神が本当に居ると知った途端に勢いづいて、まったく本当に……勇者と名乗るのが恥ずかしくなってきた。
「その顔を見れば何を考えているか分かりますわ……ですが、これまで女神と女神の勇者は何度も魔神を退けてきました。恐らく、事情は全て知った上で……。だから私達がやらねば、未来はないのです」
「分かってるよ……あぁ、やるしかないとも」
「それに、此度の勇者は二人……これはチャンスですわ」
「チャンス?」
「はい。今までの勇者は一人だったそうです」
それは初耳だ。だが元々、勇者に選ばれたのは私一人だった。通常ならそれで女神の選択は終了していたはずだった。しかし引いたくじはハズレで、新たにベアトリスが選出されてしまった。
「これはグランベルトの教会で聞いた機密情報なのですが、原初の勇者は二人だったそうです。初めてこの世界にやってきた魔神を絶滅寸前まで追いやったそうですよ」
「それは……知らなかったな」
あの爺共め……私にも教えてくれていいものを。
「なるほど、じゃあ頑張ればこの戦いの幕を下ろすことが出来るな」
「えぇ。初代女神の勇者を越えられれば、もう争う必要もなくなりますわ」
初代勇者の力か……どれくらいのものかは分からないが、とりあえずあのアサギを越えられる強さを得られれば、魔神なんてきっと楽勝だろう。まずはあの男を目標に、頑張ってみるとしよう。
「見えてきましたわ」
ベアトリスの声に顔を上げると、エレディアエレス大聖堂が目前まで迫ってきていた。グランベルトでは良い思いをしなかった教会……此処はもう少しまともな対応をしてくれることを心の隅で願いながら、私達は聖堂内へ足を運んだ。
□ □ □ □
荘厳と清廉……その中間で上手く調和した空気感の聖堂内には多数の信者が行き来していた。過度な装飾のない白い清楚な衣服を纏った敬虔な信徒や、鎧を身に纏った教会騎士。革鎧を身に着けた冒険者達も、此処では等しく女神の子らだ。彼等は開けっ放しの大扉の向こうにある礼拝堂を出入りしているようだ。
そしてそんな信者の中でも最上に近い場所に位置する女神の勇者たる私達は大聖堂の中へ入るなり囲まれ、早々に一番奥の部屋へ通された。
「お待ちしておりました。勇者ベアトリス、勇者レイヴン」
「遅くなってしまい、申し訳ありません」
白い髭を垂らした老人の挨拶にベアトリスが対応してくれたので私は硬い革張りのソファに無言で座り続けた。
「此方にお呼びしたのは女神の神具である指輪を預ける為です。それを身に着ければ勇者としての力は更に上がることでしょう」
目の前の老人が私達の背後に視線を動かすと、いつの間にか無言で立っていた男が小さな箱を老人の前へと静かに置いた。老人はゆっくりとその蓋を開け、中がよく見えるように此方へ向けてくれる。
赤い布地が敷き詰められた小さな箱の中には、特に装飾のない小さな指輪が二つ入っていた。
「お納めください」
老人の指示に従い、手に取る。手にしたところで特に変化は感じられないな。
「ふふ、レイ。左手の薬指なんてどうですか?」
「お前のはぴったりかもしれないが私のは違う」
どうやら男性用のサイズだ。ベアトリスの指輪はぴったりなところを見ると、初代勇者は男女の二人組だったらしい。
「困りましたな……今までは男女とも対応出来たのですが、お二人とも女性となると……」
「気にしなくていい。元々着けるつもりはないから」
手に持った指輪をそのまま尻のポケットにねじ込んだ。老人は一瞬、顔を顰めるが私は一向に気にしない。誰がクソ女神の指輪なんて身に着けるか。勇者として働きはするが、女神自身は嫌いだ。
「……いずれ、レイヴン殿に沿う形で身に着けてもらえればと思います」
「善処はする」
「では礼拝堂へ。選ばれし勇者へ、女神の信徒である私達からの祝福を与えさせていただきます」
促されるままに部屋を出て、先程見た礼拝堂へと向かった。
しかしこれが悪夢のような時間だった。
祝福というから何か武器や防具、もしくは金を寄越してくれるのかと思ったら延々と祝詞を唱えているだけだった。
それも、4時間近く。
「レイ……レイ……ッ」
「ふが……ぁ、寝てた?」
「もう、信者が見てますわよ……」
こんな事の繰り返しだった。もう終わりの方なんて記憶がない。夢なのか現実なのか……。
だが妙な光景が見えた気がする。
暗い場所で私とベアトリスは黒い髪の男と対峙していた。黒髪の男は無表情で生気を感じられない。だがとてつもない強さで、私とベアトリスは苦戦していた。
そんな私達を見た事もない白銀の髪をした男が助けてくれる。藍色の大剣と、灰色のスリットが入った両刃の大剣を片手で振り回し、黒髪の男と戦う。その体を纏う白銀の風は見覚えがあったが……。
そして戦いが続く中、黒髪の男が放った赤い光線がベアトリスに直撃した。私は泣きながらベアトリスの名を何度も呼ぶが……。
というところで祝福は終わった。あれは一体なんだったんだろう……。




