第二十三話 勇者始めました
武器を貰い、自己紹介を終えた私達はお互いの素性の話を始めた。と言ってもアサギの素性を探る一方だが。
「私達は勇者としての使命があったから迷宮に居たが、やっぱりあの場に偶々居たというのは怪しいよな」
「いやホント、偶々だって」
「でも今の時期は迷宮も魔物が多い訳ではないですし……何をしにあの場へ?」
ジーッと二人で見つめるとスッと視線を逸らされた。
「怪しい……」
「ソンナコトナイヨ」
「ふむ……なるほど。アサギ様、貴方もしかして教会の関係者ですか?」
あ、そういうことか。私達が温泉街でダラダラしてたから教会本部から迎えが来てたのか。それなら納得出来る。筋も通っているな。
と、予想したのだが、アサギは苦虫を嚙み潰したような顔で予想外な事を吐き捨てた。
「教会? 教会は嫌いだよ。世界に必要とは思うけど、僕自身は大嫌いだ」
「それをこの国で言うなんて……怖いもの知らずですわね」
「ハハッ、僕に敵う人はこの国には居ないよ」
肩を竦めて鼻で笑うアサギ。
「あんたが強いのは知ってるけど、慢心は身を滅ぼすよ」
「いや、これは事実だ。慢心でも何でもない、歴とした事実だ」
言い切る言葉に澱みはなく、これまでの嘘をついた時のような小さな動揺は微塵もなかった。
「ならあんたが魔神を討伐してくれればな」
「そうもいかない。魔神討伐ってのは勇者がやらないと駄目なんだ」
強さで言えばアサギの方が圧倒的に上だが、『そういうもんだ』と言って勝手に納得される。
「何故、女神が勇者を見出して魔神と戦わせるか……それをよく考えながら旅をするといい。君達の目的地は精霊の加護だろう?」
「はい、教会からはそう指示されています」
「だったらこの先のランブルセンを抜けてアレクシア山脈を越えてフリュゲルニア帝国に行くんだ。その帝国を両断するように流れる大河を下ると、精霊女王の住む山に着くよ」
慌ててベアトリスがメモを取るのを横目に、ジッとアサギを見る。こういうと失礼だが、見た目は冴えないおっさんだ。髪はボサボサで肩まで伸びてるし、無精髭も生えてる。装備はまぁ、綺麗だがそういう付与がされてるのだろう。だから余計にみすぼらしく見える。
「……え、なに?」
「いや、何でも」
「あっそ」
加えて、無愛想だ。
「……ふぅ。ありがとうございます。詳しいのですね」
「まぁね。この後は教会本部に顔を出すんだろう?」
「そうですね……一度報告に行かねばなりません」
「え、そうなのか?」
「レイ……勇者として、当たり前のことです」
知らなかった。なんせ少し前までは服屋の店員だったからな。しかし教会本部か……ギラギラしてそうであまり行きたい気持ちが湧かないな。
「じゃあ僕はこの辺で。あぁ、安心して。宿代は払っておいたから」
「いえ、そんな。悪いです」
「悪くないよ。じゃあ、気を付けて!」
とか言いながら開いた窓に足を掛け、そのまま飛び出していった。あまりにも唐突な行動に慌てて二人で身を乗り出して姿を確認するが、残っていたのは空に尾を引く白銀の風だけだった。
「……まったく、意味不明な男だったな」
「ああいうのを変人というのでしょう。……ですが、強さは本物ですわね」
「アストレイアと戦うってことは、あのアサギを越えなきゃいけないってことだろ? 本当にそんなこと出来るのか……?」
「出来るか出来ないかではなく、やらなきゃいけないのですよ。……私達は、勇者なのですから」
ベアトリスの言葉を頭の中で反芻する。一方的に勇者にされ、しかも能力は封印され、一生分の不快感を味わったが、こうして地道に能力を解放して、一瞬とはいえアストレイアと交戦出来るくらいには成長した。
「……ここまで来たら腹を括るしかないのかもしれないな」
「勇者になりますか?」
此方を見るベアトリスと視線を絡ませる。ジッと私を見つめる黒い瞳には私が映り込んでいる。其処に映る私は何時か見た店員だった時の私とは違う私が居た。塞がってはいるが、傷の増えた顔だ。昔じゃ考えられなかったな……。
映る姿は紛れもなく戦士の顔だった。
「……あぁ、今日から私も勇者を名乗るよ」
「ふふ、そう言ってくれると信じてました」
レイヴン=スフィアフィールド。19歳。改めて勇者始めました。
□ □ □ □
アストレイアに服をズタズタにされたので今は予備の服なのだけど、それじゃあお互い身が入らないなということで服を買いに来た。流石、大きい国だから店の数も多いが、やっぱり宗教国家な所為か、落ち着いた感じの服ばかりで私好みの服が見つからない。
「うーん……良いのが無いな」
「レイ好みの革製品、見当たらないですわね」
以前も着ていたジャケットとかあれば良いのだが、特に流行ってる訳でもないし、どちらかと言えばマイナーなジャンルだ。私が居た国でも着てる人間はあまり居なかったな……。服屋ということで店長に頼んで個人的に入荷していたからあの時は困らなかった。
「レイは服飾店に勤めていたのですから、自分で作ればいいのでは?」
「私はただの販売員だから作業は全くと言っていい程出来ない……」
「そうなのですね」
作業は殆ど店長がしていた。私はそれを店に並べて管理して来た客に売りつけるのが仕事だった。……何だか以前の事を思い出してちょっと気分が沈む。
「そうだ、以前聞いたのですが色んな国に支店を出してる大手の服飾店があるのですが、其方に寄ってみましょう」
「この国にも展開しているのか?」
「確かしているはずですわ」
私が居たような個人店とは違う大手の商会の店なら、融通が利くかもしれない。ちょっと楽しくなってきた。やっぱり服が好きなんだな、私は。
□ □ □ □
ベアトリスが通行人に道を尋ねながら通りを歩いていると、それらしき店が見えてきた。
「きっとあれですわね!」
「ん……あっ、めちゃくちゃ有名な店じゃないか!」
看板には『肉球服飾店』と書かれている。世界中に展開している超有名店だ。有名とはいえ、場所が場所なので店があるとは思わなかったが、まさかこの国でも店を開いていたか!
「よしちょっと覗いてくる」
「私も行きますわ」
「そうか? じゃあ一緒に行こう」
するりと私の腕に自身の腕を絡ませるベアトリス。何だかこれがいつもの風景になりつつある。
店内はこんな宗教国家でも流行りの服を求めてやってきた人で混んでいた。店員さんも対応に忙しそうだ。こういう時、同系列の店で働いていた過去があるとついつい動きを目で追ってしまうな……駄目だ駄目だ。今日の私はお客さんなんだ。
店内は明るく、色々な服が置いてある。そんな中から自分好みの服……革製品を見つけ出した。有名店とはいえまだマイナーな服らしく、店の端に少しだけ置いてあった。
「良かった、あったあった」
服の種類もまだ少ないが、私好みの形だ。幸運だな……。
「よし、買おう」
「えっ、もっと吟味とかしないのですか?」
服を手に取り、会計をしようと歩き出すとベアトリスが引き留める。
「吟味するも何もこれだけしか服がない。何を吟味するんだ?」
「ほら、あの、もっと新しいジャンルとか……」
「必要ないな。私に一番似合うのはこの服だ」
似合わない服をあれこれ選ぶのは時間の無駄でしかない。自分を一番魅力的に飾り立ててくれる服は直感でしか選べないんだ。




