第二十二話 知らない人から物を貰う
それから程なくしてメズマドリア=シュレディウム聖法国へとやってきた。
しかし謎の男のスキルは凄まじい。
ちょっと抱えられている間に疲労からか意識を失ってしまった。ほんのわずかな時間だと思う。日も暮れていないし。そんな僅かな時間で聖法国の前に到着していたのだ。
「そろそろ歩けるだろ。この子は僕が背負うから」
有無も言わさず流れに身を任され、気付けば高級宿の一室に私達は詰め込まれていた。
この国は女神教のお膝元ということもあって、かなり発展している。住む人も多いし、他国からやってくる人も多い。その多くは信者だが、そういった人を狙って商人もやってくる。そして人が多い場所には荒事在りということで傭兵や冒険者なんかもわんさかやってくる。
そうした外国人の一時的な住処として重宝するのが、宿屋だ。この国の宿屋産業は互いに競い合うことでどんどん高級化していった。あの宿が風呂を置くならうちにも。あの宿が3階建てにするならうちも。なんて風に、だ。
お陰様で高級宿が溢れかえることになった。勿論、全てが高級な訳ではない。部屋が取れず、泊まれない人を狙った安宿もまた増えていったのだ。
女神の威光が作り出した影……所謂スラム街周辺にそんな宿が増えた。勿論、治安なんてものはあってないようなものだ。泊まれば荷物はなくなるだろうし、何なら命だって。
そんな光と闇が交錯する国。それがメズマドリア=シュレディウム聖法国なのだ。
……という話を以前、ベアトリスに聞かされた。
「とりあえず風呂だな。傷は僕の方で回復させておいたから、とりあえず入ってきなさい」
「あっ……本当だ。治ってる……」
いつの間に……気を失ってる時だろうか。走りながら回復までしてみせるか。底が知れないな。
風呂なんて無防備極まりないが、その単語を聞いてしまうと無性に入りたくなってくる。アストレイアから救ってくれて聖法国まで連れてきてくれたんだ。今更私達を襲うなんてことは……恐らくないだろう。
「ベアトリスを頼む」
「あぁ。ゆっくり入っておいで」
ベアトリスを寝かせたベッドの傍に腰を下ろした男は優し気な笑みを浮かべながら手を振る。魔人の勇者を退けた男には見えないな……。
まぁ今は風呂だ。汚れ落として、話はそれからだ。
□ □ □ □
替えの服に着替えた私が部屋に戻ると、ベアトリスが起き上がっていた。
「ベアトリス!」
「あ、レイ……!」
「怪我は……ないか。大丈夫か? 痛む所はあるか?」
「だ、大丈夫ですわ……」
顔や肩をぺたぺたと触りながら尋ねるが、汚れている以外は怪我らしい怪我は見当たらない。それでも内面が傷付いている場合がある。目に見えない不安は自分で確かめないと落ち着かなかった。
「レ、レイ……その……」
「どうした? 痛むか?」
「その、近い、ですわ」
怪我の報告じゃないのかと顔を上げると、真っ赤な顔をしたベアトリスがそっぽを向いていた。何だ此奴……。
「そういうのは、二人きりの時にお願いしますわ……」
「阿呆か」
「百合だぁ……」
すっかり忘れていた謎の男が両手を口元に当て、訳の分からないことを言いながら此方を見ていた。
「見世物じゃないぞ」
「そうだった。百合は見世物じゃないよな。あぁ、間に挟まろうなんて微塵も思ってないさ」
「何だ此奴……いやそんなことより、お前は一体誰なんだ?」
今一番気になってることだ。これを聞かない限り今日は安心して眠れないだろう。
「その前に、そっちの子……ベアトリスもお風呂入ってくるといいよ。話はそれからでも遅くないだろう?」
「お風呂ですか……入りたいですわ」
上手くはぐらかされてる気しかしない……だけど私が風呂に入ってベアトリスだけ入れないのは不公平とも言える。仕方ない。話を聞きたいところだが、ベアトリスも綺麗になりたいだろうし、もう少し待つとしよう。
□ □ □ □
ベアトリスが風呂から出てきたところで、私は椅子から腰を上げた。
「もういい加減話してくれてもいいだろう?」
「そうだな……まぁ座りなよ。立たれちゃ落ち着いて話も出来ない」
その言い様に少しカチンとくる。助けてもらってなんだが、怪しいことこの上ない。剣がなくても拳さえあれば戦える。
「あのな……!」
「座れって、言ってんだよ」
「……ッ」
背筋を悪寒が走った。ジッと見上げる男が、何故か巨大な魔物に見えた。……ような、そんな気がしてしまった。あのアストレイアの強さを目の当たりにした時の感情なんか、非じゃない程の、何か、もっと、恐ろしい……。
「おい、そんな怖がらなくたっていいだろう?」
「ッ、あ、あぁ……」
悪かったよと頭を下げる眼下の男は何処からどう見ても人間だ。とてもじゃないが魔物には見えない。あれは、きっとこの男の強さが見せた幻影だ……そうじゃないと、私は自分が保てない。
半ば、脱力するように椅子に腰を下ろした私はジッと、努めてジッと男の目を見た。
「遅くなっちゃって悪かったな。君達が落ち着けるまで待つつもりで、それ以外の感情は全くなかったんだ」
「ありがとうございます。私はベアトリス=フォンブラッド=エンハンスソードと申します」
「レイヴン……スフィアフィールドだ」
「……それで、あのアストレイアを退けた貴方様は、どちら様でしょうか?」
私よりも勇者で敏感なベアトリスが自身の震える手を掴んで抑え込みながら尋ねる。私は無言で男の言葉を待った。
「僕はアサギ。流れの剣士だよ。偶々あの迷宮の傍を通った時に君達を見つけて、助けたんだよ」
どうも嘘臭い。偶然あの場に居ることは多分だけど嘘だ。名前は……どうだろう。偽名を通し続けるのは難しそうだ。生まれてずっと付き合ってきた名前だしな……私が急にベアトリスと名乗れと言われても続けられる自信はない。そもそも嫌だ。
「怪しすぎますわね……」
「うーん……」
「よく言われるね」
「自覚してるのが何とも……」
アサギという謎の剣士は偶々《絶対邪教》の傍、それも崖下に居て、偶然殺されそうだった私達を救ったと。
「ほぼダウト」
「ウソツイテナイヨ」
「殺されちゃ困るって言っただろ。私達が何者か、分かった上で乱入したな?」
「ぐぅ」
ぐうの音はまだ出るか。その辺の理由付けは私の推理で正解だろう。残る謎は此奴の正体だ。あれ程の技量。そしてスキル。ベアトリスは直接見てないから分からないかもしれないが、あれは異常だ。
「あのスキルは一体何だ?」
「自分のスキルを人に話す人間なんて居ないだろう?」
「……それもそうだ。しかしあれはおかしい! あれだけの速度を連続で出せるなんて……」
「あんまり人のスキルのことをでかい声で話さないでほしいんだけど……そういうのよくないと思うな」
あまりにも此奴が怪しいからその正体を突き止めたい衝動に駆られて追究してたらいつの間にか非難されていた。解せないんだが。
「あの」
と、此処でベアトリスが小さく挙手した。いいぞ、言ってやれ。
「私の剣、誰か持ってませんか?」
「お前……こんな時に……」
「いやあれうちの家宝なので。レイ、拾ってくれてませんの?」
「そんな余裕なかった。多分まだ崖下じゃないか?」
「うーん……困りましたわね……」
アストレイアの攻撃で吹き飛ばされて以来見てない。私も予備も含めて全部の刀を折られたから新しい武器を探さないと……。女神教会に行けば支給してもらえるだろうか。
「私の剣……」
「これ?」
「あぁ、そうです。そんな真っ黒な……はい?」
アサギがスッと取り出したそれは先程見たベアトリスの家に代々伝わる剣、《黒帝剣》だった。
「助けにいく途中で拾ったんだよ。はい」
「あ、ありがとうございます……」
受け取ったベアトリスは困惑しながらも膝の上に置き、鞘から抜いて状態を確認する。
「良かった、折れてませんわね……」
「その剣は滅多な事がない限り折れないよ。材質が他とは違うからね、材質が」
自慢げに言ってるけど、此奴がベアトリスの剣の何を知ってるのだろう。ひょっとして有名だったりするんだろうか。私は知らないけど。
「詳しいのですね」
「まぁね。あぁ、そうだ。レイヴンにもあげるよ。刀、折られてただろう?」
「えっ? いや、悪いよ……あれは私が未熟だったからだし」
「まぁまぁ。えーっと……刀だろ……アレがあったな……よし、じゃあ、君にはこれだ」
空間に出来た裂け目に手を突っ込み、ガサガサと漁るアサギ。こうもあっさり次元魔法も操れるのか……底が知れないな。
そうして漁った末に取り出したのは3本の刀だった。白い刀が1本。黒い刀が2本。そのうち一本は小刀だ。
「これは《白刀・天狐》。魔物由来の武器だ。魔力を込めて斬ると斬撃を飛ばせる。こっちの黒いのは《首切丸》。短いのが《足切丸》。俗に言う妖刀だ。呪いが付与されていて動きに多少の制限が掛かってしまう。でも勇者なら大丈夫だろう。それに呪いによって切れ味が補正されるから相対的に見ればプラスだな。でもセットで装備しないと発動しないから注意だ!」
はいどうぞ、と押し付けられてしまう。いや、これ、希少とかそんなレベルじゃないぞ……。
「受け取れないって顔してるな。でもいいんだ。ベアトリスには黒帝剣があるし。レイヴンに3本渡して漸くフェアってところかな」
「フェアって……ベアトリスのは自前だろ」
「まぁまぁ」
さっきからまぁまぁで押し切られているが……返そうとしても受け取ってくれないだろう。しょうがない。有難く貰っておこう。あって困る物じゃないしな。
「ありがとう。大事にする」
「あぁ、そうしてもらえると嬉しいよ」
すっきりしたよな笑みを浮かべるアサギ。恐ろしく強く、そして優しい。怪しさは一向に拭えないが、悪い人ではないのかもしれないな。




