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追放一歩手前なのに追放されない。それどころか好かれてる。  作者: 紙風船


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第二十話 アストレイア=ウォルター=セブンリーグブーツ

「ベアトリス!」

「ッ!?」


 魔物の死体を検分しようとしていたベアトリスの前に立つ。同時に《障壁展開》を前面に広げた。その瞬間、大きな音を立てて障壁が何かを弾いた。


「ねぇその明かり、眩しいんだけど」


 女の声だ。だからと言って油断はまったく出来ない。万が一にと障壁を展開したが、本当に先制攻撃してくるとは思わなかった。そもそも、魔神関連の場所に居る人間がまともな奴な訳がない。


「誰だお前」

「名乗るならそっちが先でしょ?」

「誰が決めた約束だ?」

「ふん……まぁそうね」


 神殿から出てきた女を見て驚いた。其奴は人間ではなかった。


「魔人族……!?」

「えぇそうよ、人間。私は魔人の勇者、『アストレイア=ウォルター=セブンリーグブーツ』よ!」

「勇者……!?」


 かつては人間だったが、魔神の力に触れて変異し、人間の敵となった魔人族の判別は簡単だ。肌が褐色で髪は白い。目は赤く、白目の部分が黒く染まっている。目の前の女はまさに魔人族だ。


 更にその魔人族は魔神側の勇者だった。ややこしい話だが、女神に見出された私達が人間側の勇者であるならば、魔神側の勇者が居ても何ら不思議はない。逆に、その可能性を考えなかったのは油断でしかなかった。


「で? あんた達は何者? もしかして教徒……ではなさそうね。それにその装備……神殿漁りの罰当たりにも見えないし」


 拙い。このままでは正体が……。


「……ッ!」


 思わず腰の刀に手が伸びてしまう。それを見た魔人の勇者、アストレイアは溜息と共に目を細めた。


「はぁ……そう、なるほど。そういうことね」


 相手の雰囲気ががらりと変わる。見る者を震え上がらせるような、冷たい殺気が溢れ出る。


「いつまで黙ってるつもり? 同じ勇者なら名乗りなさいな」


 その言葉は誇りと自信に満ちた言葉だった。どちらも私にはないものだ。だが、隣に立つベアトリスは違う。


「そうですわね。失礼致しました。私は女神に見出されし人間の勇者、ベアトリス=フォンブラッド=エンハンスソードと申しますわ。以後お見知りおきを」

「ふぅん……で、あんたは?」


 赤い目が私を捉える。グッと息と唾液が喉に詰まるが、悟られないようにゆっくりとそれを飲み下し、震える喉を抑えつけて名乗りを上げる。


「レイヴン=スフィアフィールド。私も勇者だ」

「はぁ? 勇者が二人? 弱そうだったからてっきり従者かと思ったけど」

「……ッ」


 確かに私は弱い。ベアトリスよりも、目の前の此奴よりも弱いだろう。けれど、面と向かって言われれば苛立ちもする。アストレイアはそういった感情の揺らぎを見抜くのが得意なようで、目敏く私の感情の起伏を感じ取り、嘲笑う。


「あはっ、半人前の癖に怒るのは上手ね!」

「なんだと……!?」

「レイ、落ち着いて」

「だけど……!」


 身を乗り出す私の前に立つベアトリスが手に魔力を漲らせる。


「今はまだ、実力に差がありますわ。此処は私が」

「ふぅん、やろうっての? ま、女神の勇者と魔人の勇者が出会えば殺し合うのが自然の摂理……」


 ベアトリス同様に手に魔力を流したアストレイア。だがその魔力は剣の形へと姿を変える。


「では殺し合いましょうか。アストレイア=ウォルター=セブンリーグブーツ、勇者の名に懸けて貴女達を殺すわ!」

「ベアトリス=フォンブラッド=エンハンスソード。勇者の名に懸けて貴女を殺してあげましょう」


 お互いの魔力が間欠泉のように吹き上がり、衝突する。ベアトリスの放った熱波をアストレイアの魔力の剣が引き裂く。その衝撃だけで私は吹き飛びそうだったが、《障壁展開》でそれを防いだ。実力が足りないとはいえ、勇者としての力は難なく衝撃を防いだ。これなら私も少しは……。


 ベアトリスが私の方を振り返る。しっかりと防御した事を確認し、頷いたので頷き返す。


「これならどうですか!?」


 熱波を防がれたベアトリスは続いて雷を放つ。ひび割れのように枝分かれした雷が広範囲を破壊する。その先端がアストレイアへと向かうが、奴は涼し気な顔で魔力剣を地面へと突き刺した。


「雷ならこれで防げるわね」

「くっ……」


 なるほど、避雷針か。広範囲を破壊する雷も、アストレイア周辺は魔力剣に吸われて無害化されている。しかも魔力剣は輝きを増していく。ベアトリスの魔法を、魔素を吸収しているのだろう。あれでは魔法を放てば放つだけ此方が不利になる。


「ベアトリス、魔法は駄目だ! 剣で……!」

「仕方ありませんわね……!」


 普段は魔法しか使わないベアトリスが剣を引き抜く。貴族らしからぬ幅広の剣だ。ぶら下げている所は見ていたが、実際に刃を見るのは初めてだ。

 その剣の刃は漆黒だった。ベアトリスの髪のような漆黒の剣。その根元は櫛状にスリットが入っている。不思議な形状だ。


「出来ればこの剣は使いたくありませんでした……ですが、勇者が相手となるのであれば、仕方ありませんわね」

「その剣は何なんだ……?」


 チラ、と此方を見たベアトリスが不敵に笑う。


「我がエンハンスソード家に伝わる家宝の剣。その名も『黒帝剣(ヴェルノワール)』ですわ」


 不思議な気配のする剣だ。武骨な見た目だが洗練された何かを感じる。


 剣を抜いたベアトリスがアストレイアを睨む。対してアストレイアは薄ら笑いを浮かべる。


「魔法が駄目なら剣? あは、雑魚の思考ね」

「雑魚かどうかは……これから判断してもらいますわ!」


 右手に握った剣を後方に引き、左手には魔力の盾を構えながら突っ込む。アストレイアはてっきり魔力剣で戦うと思っていたが、違うらしい。剣を霧散させ、代わりに空間から引き出したのは……


「大鎌!?」

「あっは!」


 赤黒い刃の大鎌は荊棘の蔦が絡みついている。持ち手まで繋がっているが、使用者が傷付いている様子はない。全体的に刺々しい見た目の大鎌だ。


 振り下ろした刃はベアトリスの黒帝剣の一撃を防ぐ。しかも重さが勝ってる所為でベアトリスの方が押され気味だ。何とか弾いて反撃に出るが、クルリと回した大鎌の柄がそれを防ぐ。流石、自身の武器か、大きな得物の癖に手足のように変幻自在に攻撃を繰り出し、剣撃を防いでいた。


 このままじゃ多分、ベアトリスは勝てない。だからと言って私が加勢しても勝てるとは思えない。私はまだ弱いから……勇者の癖に出来損ないだから……。


 だがそんなことは関係ない。ベアトリスが戦っているのに私は指を咥えて見ているなんて、出来やしない。今だって刀に伸びる手をずっと押さえている。


「くっ……!」

「あっはっは!」


 大鎌の一撃を防いだベアトリスの足元で火魔法が爆ぜる。もう、我慢ならない。私のベアトリスを良い様にあしらいやがって。


「ハァァァ!!」


 引き抜いた刀を上段から振り下ろす。単調な攻撃は真横にした鎌の柄に簡単に防がれる。


「雑魚がどういうつもり?」

「見てられなくてな」

「はぁ?」

「雑魚相手にもたついているので、我慢が出来なくなったんだよ」


 押し込むように体重を掛け、褐色の顔に顔を寄せ、煽る。嘲笑を張り付けていたアストレイアの顔は感情を失くしたように無表情となり、冷たい殺気が放たれる。


「雑魚に雑魚呼ばわりされることほど腹立つことってないよね……」

「あぁ、まったくだ」

「ク、ソがぁぁぁあ!!」


 強引に振り抜かれる鎌に合わせて後方へジャンプし、滑りながら体勢を整える。黒帝剣を構えるベアトリスが隣に並び、案の定キレ散らかした。


「貴女という人は……!」

「怒るなよ。今は上手く逃げることだけ考えて」

「はぁ……そうですわね」


 私に使える手札は多くない。だがこの状況でも上手く立ち回れば、生き残ることは出来るはずだ。今は倒せなくてもいい。撤退だって勇気ある行動だ。勇気と無謀は全く違う。これだけの力量差があるのなら、退くことこそが正解だ。


 しかしそれを悟らせては相手の思うつぼだ。まずは二人で応戦……する振りをする必要があった。


「行くぞ!」

「えぇ!」


 武器を構え、一直線に突っ込む私をベアトリスが援護する。背後から炎弾が私を追い抜いていくが、怖くはない。ベアトリスが誤射するなんて、ありえないからな。


「フッ……!」

「オラァ!!」


 剣術スキル《居合三閃》。一度鞘に納めた刀を高速に抜き放ち、その速度のまま一気に三回斬りつける技だ。縦に、横に、斜めに。だがアストレイアの強引な大鎌の一撃が2閃目を弾き、大きく体が開いてしまう。


「《障壁展開》……!」

「グッ……!?」


 その隙を狙った一撃を展開した障壁が拒む。拮抗する切っ先と障壁。力任せに貫こうと力を込めるアストレイアにベアトリスの炎弾が飛来し、私の障壁を貫通してアストレイアの懐で爆発した。白熱する閃光に目が眩むが、突っ込んできた方向に向かって連続でバックステップで距離を空ける。


「……今だ!」


 《光源(ライト)》のお陰ですぐに目が元の明るさに慣れた私はすぐ隣に居るベアトリスに囁く。無言で頷いたベアトリスはすぐに踵を返し、《障壁展開》を持つ私は殿を務める。


 背後に展開しながら全速力で駆け抜ける。一度通った道だ。滑りやすさはあるが、障害になりうるものは何も無かった。


「はぁ、はぁっ……!」


 存外、スキルを使い続けながら走るのはきつい。常に後方に展開している事を意識しながら、障害物がないとは言え、多少は入り組んだ洞窟を滑らないように駆け抜ける。それだけの事がこんなにもきついのは想定外……考えが足りなかった。


「レイ、急いで!」

「う、うぅ……!」


 返事をしたつもりだったが呻き声になってしまった。心配そうに振り向くベアトリスに前を向けと顎で指す。此方の心配をしてるような余裕は一切ない。今も真後ろに居るかのような、そんな悪寒が……。


「ねぇこれ邪魔なんだけど」

「ッ!?」


 思わず振り向いた其処には私の障壁を鎌の切っ先で引っ掻くアストレイアの姿があった。私達を殺す以外の感情がない表情。それから感じるのは圧倒的な恐怖だった。


「レイ!!」

「ッ!」


 ベアトリスが手だけを後方に向ける。反射的に姿勢を低くしたその瞬間、雷魔法が私の頭上の空間を切り裂いた。勿論、私の障壁はベアトリスの魔法は通す。


「チッ……!」


 青い雷を防ぐ為、アストレイアはその場に踏み止まる。その隙を突いて私達は限界を超えて走る。あれだけ距離を空けても詰められるのであれば、今この瞬間しか逃げられる時間はない。最終的に入口を魔法で塞いだらベアトリスの風魔法で崖上まで逃げるつもりだが……逃げられる自信がまるでない。


 走りながら後方を見るが、アストレイアの姿は見えない。あの超スピードを出すには幾らかのインターバルがあるのかもしれない。であればあれはスキルか……?


「レイ、出口が見えました!」

「よし……!」


 薄暗くはあるが洞窟よりは明るい外にレイが飛び出し、魔法の準備に入る。数秒遅れて脱出した私は障壁を洞窟の入口に展開したままそれを待つ。


「まだか!?」

「もう少し……!」

「早く!」


 急かしてもしょうがないのに、気が急いてしまう。今にもあの障壁の向こうにアストレイアが現れそうで、気が気でない。


「……いきます!」


 ベアトリスから高密度の魔力が放出される。それと同時に私は障壁を解除する。放たれた大炎弾が洞窟に向かって射出される。真っ直ぐに飛び、着弾し、破裂するまで私は一瞬たりとも目を逸らさなかった。閃光に視界が白く染まるその瞬間まで、アストレイアの姿は確認出来なかった。


 轟音と共に崩れる岩壁。積み重なっていく岩に洞窟の入口が塞がれていく。巻き上がる砂煙を吸わないように口元を押さえていると、ベアトリスが更に魔法を岩壁に放ち、どんどん岩を崩していく。積み重なった岩に岩が積み上がり、崩れ落ち、更に岩が重なっていく。これだけ塞げば……。


「……レイ、逃げますわよ」

「そんなに焦らなくても……」

「駄目ですわ! これだけじゃ……!」


 ベアトリスが私の手を掴み、引っ張る。風の魔力が私を包み、一気に上昇していく。


 其処で、私の意識は一瞬、途切れた。

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