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第二話 女神を嗤う

「レイヴンよぉ、さすがに飲み過ぎだぜ……?」

「私がこの程度で酔わないって知っているだろ?」


 寝不足で出来た酷い隈を指でなぞりながら力なく返事をする。勇者になる前から行きつけの酒場のマスター『エド』が眉間に皺を寄せて言うが、私はあまり酒に酔わない。なのに何故こうして飲んでいるかって?


 やることがないからだ。


 勇者となる前は服屋で働いていた。着るものに頓着しない私が珍しく服を買いに行ったところ、その場でスカウトされ、偶々無職だったので就職した。店長には色々服を分けてくれたりと良くしてもらったものだ。それからかれこれ3年程働いて客とも顔見知りになって仕事というものが楽しくなり、服屋ということで自分の服装にも興味が出始めた頃、御告げで勇者にされた。それからも仕事は続けたかった。恩もあったし、私自身働きたかった。しかし勇者との兼業は難しいということで泣く泣く退職した。


 だから今の私は無職だ。勇者なのに勇者活動が出来ない。なので無職。笑えない。


 しかし勇者手当とでも言うのか、教会からは毎月の給料のようなものが出る。暇を出された時、帰り際にもらった時は手切れ金かと疑ったが。まぁ、こうして何の役にも立たない勇者を教会は養っているというわけだ。他人の金で飲む酒は不味い。


「にしたってよぉ、ほら……外聞が……」

「なに? 外聞? お前、今、外聞って言ったか?」


 外聞。噂。他人の声。それらは今の私には非常に煩わしく、鬱陶しく、忌々しいものの一つだった。それをまさかエドの口から聞くとは思わなかったからか、妙に苛立った。

 自分で言うのもあれだが、普段はこんなに噛み付かない。多分、貯まりに貯まった鬱憤を、酔いもしない酒を言い訳に晴らしたかったのかもしれない。と今は思う。


「外聞なんてな、今更気にしたところで仕方ないんだよ。知っているだろう? 私は、ゴブリンにも勝てない勇者だって!」

「おい、レイヴン……」

「最近聞いた新しい話も教えてやろうか? ゴブリンに負け、惨めに犯された汚れ勇者様だそうだ! ゴブリンに相手してもらう為に夜な夜な王都の外へ行く淫乱勇者様だとさ!」

「その辺にしとけって……」


 エドが宥める声も耳に入らなかった。いや、入れたくなかった。怒りに任せ、感情のままに吐き出すうちに次第に酔いは回る。


「勇者になった所為で辞めた服屋で再就職しようと店に行ったら門前払いだ。つい3ヶ月半前まで一緒に仕事してた店長が言うんだ。『悪いがゴブリンと寝るような女とは仕事は出来ない』ってな! 『君がそんな人間だとは思わなかった』だとさ! 分かるか!? 何処に行っても何をしてもこの外聞が、私の邪魔をするんだ!」


 ギュッとグラスを握るが、非力な私では砕けない。それがまた怒りに拍車をかけ、だんだん早口になりながら私はエドを捲し立てた。


「街を歩けば指を差される。勇者だからだ。悪い意味でな。女からはゴミを見るような目で、男からは好き者を見る目で見られるんだ! 私は一度だって犯されたことはない!!」

「分かった、分かったから……」

「お前に、何が分かるんだ!!」


 ついにはガン、とグラスをカウンターに叩きつける。まだ中に残っていた酒と氷が勢いよく散らかった。


「私は……勇者になんて、なりたくなかった……」

「……」


 グラスを叩きつけたことも、酒を溢したことも、八つ当たりしたことにも何も言わず、エドは黙ってカウンターの上を布巾で拭いていく。手際良く片付けられ、綺麗になったカウンターを見て酔いは覚めていった。


「悪い……」


 絞り出すように、ポツリと呟く。顔なんて上げられない。


「良いさ。誰だって、頼んでもないのにいきなり重いもん背負わされたら頭に来るさ」


 そう言って静かに笑うエドに私は酒の代金を払って帰り支度を始める。エドに申し訳ない気持ちでいっぱいだったし、酒を飲む資格すらないと思った。支払う金が教会から貰った物ということも情けなかった。

 厚意で出された水を飲み干し、じゃあと店を出ようと椅子から立ち上がったところで店のドアが開いた。誰か入ってきたようだ。其奴が身に纏う空気から、良いことがあったのが分かる。鼻歌も聞こえる。振り返り、顔を見てみると、実に素晴らしい事があったと、顔にも書いてあった。


 其奴は私すら眼中にないらしく、エドを真っ直ぐに見て今あった出来事を、それはそれは嬉しそうに語った。


「おい聞いたか!? 女神様の御告げで新しい勇者候補が、見つかった……らしいぜ……」


 話しているうちに私を視界に捉えたのか、だんだんと小声になっていく。現勇者の前で、その話題は流石にアウトだろうと彼は気付き、顔面蒼白になっていた。

 しかし女神というのも、存外移り気な性格らしい。と、酔ってもいない覚めた頭で思い、そんな女神を鼻で嗤った。

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