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追放一歩手前なのに追放されない。それどころか好かれてる。  作者: 紙風船


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第十九話 絶対邪教 -アニュス・デイ-

「深いな……」

「この底に大迷宮があります」

「そうか。先を急ごう」


 怖い場所だが行かなければ何の問題もない。出国手続きも完了しているし、あとはこの目の前の吊橋を渡ってメズマドリア=シュレディウム聖法国へ行くだけだ。


「じゃあ下りましょうか」

「何でだよ。やだよ」

「用事があるからわざわざ来たのですが……」

「聞いてない」

「言ってませんでしたっけ? じゃあ今言いました。では行きましょう」

「一人で行って」

「そうもいきません。《絶対邪教(アニュス・デイ)》はたとえ勇者といえども一人では危険ですから」


 ああ言えばこう言う……此奴のことだ。事前に言えば私が絶対反対するからギリギリのタイミングで言ったに決まっている。

 ただでさえ二週間も時間を使ってしまったのに、更に寄り道だなんて、それこそ本当に怒られてしまう。


「その心配は必要ありませんわ。これは教会の指示でもありますから」

「それこそ聞いてないぞ。なんでベアトリスには話がいってて私にはないんだ」

「それはレイが……いえ、何でもありません」


 何か言おうとしたので睨んでやる。ふい、と顔を逸らされたが、私は執念深い女なんだ。絶対忘れないからな。


「しかし……はぁ、教会の指示か。迷宮には何があるんだ?」

「魔神の力の源ですわ」

「そんな物が……この下に?」


 予想よりやばい物が、この谷の底には眠っているらしい。落下防止に設置された柵越しにそっと覗き込むが、暗くてよく見えない。


「あちらに昇降機があるそうなので、それを使いましょう。今の時期なら魔物も少ないでしょうから、それ程気負うことはありませんわ」

「はぁ……分かった。仕方ない、行くとするか」


 行きたくはないが。行きたくはないが、行かなければならないのなら行くしかない。私は溜息一つ、昇降機へと向かうベアトリスの後ろをついていった。



  □   □   □   □



 昇降機は何の問題もなく下へと落ちていく。レバー一つで重力に任せて落下していく様はまるで喜劇だ。


「どどどどどうするんだこれぇ!?」

「んー……此処は風魔法ですかね……」

「ひぃぃ!! 地面見えてきたよぉぉぉ!!」


 こんな時だというのに冷静なベアトリスにしがみつきながら、泣き叫ぶ。実に情けない話だが、きっと誰だってこうなるはずだ。ベアトリスがおかしい。まさかレバーを動かしたらポッキリと折れて、その上ロープが千切れて昇降機ごと下に落ちるなんて誰が予想出来るだろうか。


 頭のおかしいベアトリスは落ち着き払いながらあっさりと魔法を行使する。ベアトリスから放たれた魔力が周囲に風を生み、乗っていた昇降機がふわりと浮かぶ。


「はぁ、はぁ……」

「ほら、もう大丈夫ですわ。私は抱き着かれて嬉しいのですが、ちょっと操作の邪魔になるので離れてもらってもいいですか?」

「べ、別に抱き着きたくて抱き着いた訳じゃない! たまたまお前が其処に居ただけだ!」


 慌てて離れ、照れ隠しに怒ってみせるが、どう見てもただのツンデレだった。慌て過ぎて私も頭がおかしくなっている。


 ベアトリスの魔法に制御された昇降機は漸く本来の働きを果たす。ゆっくりと安全に峡谷の底までやってきた。


「この先ですわ」


 指差す方向は薄暗くて何も見えない。下りる途中から左右の切り立った崖が日差しを遮り、暗くジメジメとした空気が漂ってきていたが、底まで下りるとその空気がずっしりと肩に乗っかってくるような、そんな重苦しさがあった。実際、此処は其処ら中に苔が生えるくらいに湿っている。雨水や地下水なんかが悪さをしてるんだろう。


 ベアトリスについて歩きながらも周囲を警戒出来るくらいには成長した私ではあったが、何事もなく迷宮……《絶対邪教(アニュス・デイ)》の入口へとやってきた。こうして見る分には峡谷の行き止まりに空いた洞窟にしか見えない。


 一度、周囲を目で確認したベアトリスは無言で入っていく。私も見渡してみるが、やはり何も見当たらない。最後に後ろを振り返ってみるが、暗くて何も見えない。それが妙に恐ろしかったが、一人になるのも怖いので、小走りでベアトリスの後を追った。



  □   □   □   □



 薄暗い洞窟内を私の光魔法【天】が照らす。練習がてら、初歩の魔法である『光源(ライト)』を使わされている。パァッと照らされた洞窟内はやはり湿気の所為か苔が生えていたり、或いは水流によって角が削れていたりする。足元も滑りやすくて危険だ。


 だがよく見ると凹凸の少ない削れた部分が見られる。恐らくこれは、人が行き来した跡だ。


「なるほど、確かにこの先には何かあるみたいだな」

「魔神を崇める邪教の神殿と迷宮……正に混沌の坩堝ですわね」


 私は女神教信徒ではないが、だからと言って邪教信徒でもない。普通、神殿というのは人目につく場所に建てるものだと思うのだが、邪教は違うらしい。こんな狭くジメジメした陰気な場所で崇められる魔神は一体どんな奴なんだろうか。ていうか建てるにしても建材とかどうやったんだ?


 そんな疑問を抱きながら奥へと進む。迷宮という話だったが、魔物は一匹も出ない。それが逆に私を不安にさせた。


「何も居ませんわね」

「ちょうど私も思ってたところだ。確かに迷宮なんだよな?」

「そのはずなのですが……」


 ベアトリスも首を傾げる程の状況にますます不安になってくる。ちょっと引き返したい気持ちが強くなってくるが、押し付けられた勇者としての仕事に対するよく分からない責任感が足を前に進ませる。


 そんな足が、何か柔らかい物を踏んだ。


「ひぁああ!?」

「わ、私は何もしてませんわよ!?」

「ち、ちが……っ! え!?」


 『光源(ライト)』が足元を照らしだす。私が踏んだのは大きな芋虫の死体だった。見なきゃよかったと心の底から後悔したが、安心している自分も居た。何故なら魔物は存在していたからだ。ちゃんと此処は迷宮だった。


「……誰が殺したのでしょう?」

「そうだな……これは、斬った後か?」


 ぶつ切りにされ、汚らしい汁を垂れ流す芋虫の断面は汚いけど綺麗にすっぱりと斬られていた。しかし虫は6分割にされている。随分切り刻んだようだが……妙だな。


「こんなに斬っているのに散らかってない……?」


 まるで斬り殺す以外の方法で仕留めてから、横に伸ばして刃物で斬ったような、そんな死体。やった奴はサイコパスか何かか?


「ちょっとよく分かりませんわね……ですが、警戒だけはしておいた方がいいですわ」

「だな……」




 それからは進むごとに魔物の死体が増えていった。どれも切り刻まれた虫だ。此処は虫系の魔物が出てくる迷宮らしい。普段の私であればキャーキャー叫んで逃げ回っていたが、こうも不気味な死に様を見せられれば、気持ち悪さを越えた不安に襲われ、それどころじゃない。


 大きなカマキリの死体を避けて通ると、急に辺りが広くなった。通路を抜けて大広間のような場所に出たみたいだ。広すぎて明かりが全体を照らせていない。


「レイ」

「分かってる。急かすな」


 『光源(ライト)』を展開している左手に魔力を送り込み、明るさを最大にまで上げていく。自分を中心に広がっていく明かりはやがて広間全体を照らし出していく。


「これは……」

「なるほど、これが神殿ですか」


 広間だと思っていた場所は広場で、私達の前には岩壁を削り出して造られた神殿が鎮座していた。確かにこの作り方なら建材は必要ない。岩自体を削れば、其処に神殿が出来るのだから。


 しかし……神殿の前は地獄のような光景だった。先程以上の魔物の死体がバラバラになって積み上がっている。これだけ死体が多いと匂いも酷い。思わず口元を抑えたくなるような言葉では表せない酷い臭気に顔を顰めていると、神殿の入り口に人影が動くのが見えた。

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