第十七話 無駄に過ごしたようで無駄でない2週間
宿に入り、手続きをして部屋に入り、おー広いなんて言ってるそばからベアトリスに押し倒された私は抵抗を試みたが叶わず、気付いた時は夜遅くだったので1人で温泉に入ってふて寝した。
お陰様で寝不足だ。此奴本当いつかぶっ飛ばしてやると思いながらも何も出来ない自分を情けなく思う毎日だ。
何だか寒くて起きてしまった私は、起き上がってから自分の衣服が無いことに気付く。はぁ、とまた溜息が溢れてしまう。隣ではすやすやとベアトリスが私と同じ格好で眠っていた。
「ちっ……『寵愛の鍵』」
あまりにも幸せそうに眠っている様に舌打ちし、昨夜の成果を口にすると私の声と共に淡い光を放つ魔法陣が出現する。ゆっくりと回転し始めたそれに光の粒子が集まり、小さく華美な鍵が2つ生成された。
「よし……」
1週間に2つ。私はロックされたスキルを2つ開放することが出来る。これを繰り返して全てのスキルを開放するには、あと……。
◇ ◇ ◇ ◇
名前:レイヴン=スフィアフィールド
種族:人間
職業:勇者
称号:勇者
LV:16
HP:2689/2689
MP:2148/2148
STR:618 VIT:578
AGI:563 DEX:574
INT:582 LUK:94
所持スキル:女神の寵愛(-),破魔の剣(-),剣術【天】,弓術【天】(-),拳術【天】,状態異常無効(-),環境変化無効(-),飢餓無効(-),限界突破(-),並列思考(-),思考加速(-),神速移動(-),無詠唱(-),未来予測(-),運命収束(-),障壁展開(-),立体機動(-),千里の神眼(-),透過の神眼(-),浄化の神眼(-),読解の神眼(-),超鑑定(-),自動回避(-),自動反撃(-),身体操作,寵愛の鍵(2)
所持魔法:光魔法【天】(-),雷魔法【天】(-),次元魔法【天】,無魔法【天】(-),精霊魔法【天】(-)
装備一覧:頭-なし
体-なし
腕-なし
脚-なし
足-なし
武器-なし
装飾-なし
備考:スキル解除権限(0)
◇ ◇ ◇ ◇
「26個か……てことは?」
1週間に2つずつ取るとして……13週間。今は権限が2つあるから、あと12週間。3ヶ月ってところか。
「長い……いや、これだけのスキルを鍛錬で身に着けると考えれば超早いか……」
しかしスキルを取得する弊害で丸1日を無駄にする。それを週2回と考えると、私の一週間は7日ではなく、5日となる。
「となると……わ、私は人より早く年を取ってることになるのか……!?」
いや、違うのだが。しかし感覚的にはそう感じてしまう。人生を謳歌する時間。それを勇者になった所為で1ヶ月のうちの約1週間をすっ飛ばしてしまうのだから。
「それは嫌過ぎるぞ……!」
「んんぅ……レイ……?」
私が嘆いているとベアトリスが目を覚ました。百年の眠りから目覚めた姫のような気品さを携えた寝起き顔は、悔しいが綺麗だと思った。
「おはよ」
「おはようございます……ふぁぁ……」
まだ眠いのか、朝の挨拶をしながら枕に頭を預けるベアトリス。しょうがない奴だとは思うが、私そうしたい気分だ。
「まだ眠いな……昼頃まで寝ようか」
「賛成ですわ……」
眠気を感じていた私も、ステータスカードと鍵を収納し、ベッドに潜る。
もぞもぞと私にしがみついてくるベアトリスと私の触れ合う素肌の感触にドキリとするが、その衝動は昨夜に消費され、その分増えた眠気に従い、私は瞼を下ろした。
□ □ □ □
日も昇りきった昼頃、漸く私達はベッドから這い出た。浴場で湯を浴びて身支度を整えたら朝食兼昼食を宿の食堂で食べる。
「んっ……! このスープは旨いな……」
「香辛料が効いてて汗を掻いてしまいますわね」
ピリリと辛い風味に舌が喜ぶ。とろとろになるまで煮込まれた肉や野菜が解け、その中から溢れ出た旨味が一陣の風のような清々しさを味わわせてくれる。添えられたパンも香ばしい。流石は麦の町だ。
「温泉街ということで商人が集まるのでしょうね。地方の小さな町としか文献で学ばなかったのは失敗です」
「温泉に浸かり、程よく心地良くなって財布の紐も緩む、と。温泉にも限りがあるから町も拡大しないのだろうな」
それに商人が護衛に雇う冒険者や傭兵なんかも居るから、大規模な防衛機構もない。頼り切りで不安でもあるが、助け合いということだろう。
「温泉の湧く肥沃な土地の小麦。そして心の洗濯に訪れる商人や貴族。麦の買い付けもあるだろうし、なるほど、上手く循環している町なんだな」
「新規参入したくても王都からも離れた場所ですし、費用も掛かるでしょう。古くから営んでいる宿だけで十分ですし、温泉に浸かればそんな欲も消えるというものですわ」
そうして出来上がったのが、麦と温泉の町『ハイデルン』なんだろう。旨い食事と温泉があれば人は幸せになれるということだな。
□ □ □ □
だからと言って2週間は過ごしすぎた。
「そろそろ行かなきゃな……」
「流石に怒られますわ……」
温泉を謳歌し過ぎた。
人間の三大欲求に塗れた生活は此処らで脱出しないと本当に人として終わってしまう。いや、一応は魔物を退治して日銭は稼いでいたが、それだって微々たるものだ。教会からの支援で堕落した生活を送っていたというのは情けない。まぁ飲んだくれていた私が言えたことではないが。
「しかし全てが無駄だった訳ではありませんよ、レイ。お陰様で貴女の成長は著しかったです」
「其処だけが救いだな……」
勿論、無為に過ごしてた訳ではない。この町はスキル強化とスキル確認の都合が良すぎたのだ。人の多い町で防衛力も硬く、食事は旨いし温泉は気持ち良い。町を出て近くの草原に行けば魔物も居るので取得したスキルの確認も出来るし、日銭も稼げる。そうして町に帰ってきたら温泉に浸かって身も心も綺麗にし、夜はベアトリスと鍵の取得だ。
むしろ後もう少し過ごせばスキルを全て取得出来るが、それは流石に人として拙いだろうと、身を切る思いで宿を後にしたのだ。
「しかしお陰様でスキルはかなりのものになったな」
「流石レイですわ。あれだけのスキルを使いこなすなんて、なかなか出来るものではないですよ?」
私がこの2週間で取得したスキルは6個。
《雷魔法【天】》《光魔法【天】》《無詠唱》《弓術【天】》《立体機動》《障壁展開》の6個だ。元から取得した権限2つに加えてこの2週間で得た4つの権限を行使した結果だ。
魔法という技に慣れていない人間だったので、まずは攻撃魔法を身に着けた。これは早い段階で取得を考えていたものだ。お陰様で雷を自在に操ることも出来るようになった。光魔法は特殊な魔法で、攻撃やサポート、回復が可能な魔法だ。傷も癒せる勇者となった訳だ。
そしてそれらを、無詠唱で発動出来るようになった。口を動かす必要がない分、発動時間が短縮出来る。でもまぁ、ベアトリスと2人で戦うのだから魔法名くらいは口にしないと連携が取れない。これはいざという時の為のスキルだ。
《弓術【天】》。これは主に剣で戦う為のサポート用のスキルということで取得した。温泉街に良い武器など無く、最低限として開かれていた店で買った安物だ。まぁそれでも、遠く離れた魔物を一撃で仕留められるのは剣とはまた違った感覚が味わえて新鮮だった。
《立体機動》は何もない空気を踏んで移動が出来るスキルだ。魔力で生成した板のような物を踏んだり蹴ったりして再度、行動が出来る。しかし見えない階段を踏んでるみたいでちょっと気持ち悪くなったり、たまに踏み外したりするが、使えるスキルだ。あまり高いところが好きではないので、敵の攻撃を避けたりするくらいにしか使わないようにしたいと思う。
そして最後に《障壁展開》。これは今後の旅の為に取ったスキルだ。魔力を糧に展開される障壁は強固で、魔物の攻撃を阻む。主に夜に寝る時に使うつもりだ。これで交代で起きて見張りなんてことはしなくても済む。起きた時に魔物に取り囲まれてたらと思うとゾッとするが、其処は取得した魔法で一掃してしまえばいいだけのことだ。
「戦いやすくなったし、旅も楽になった」
「私も戦い以外にスキルを使うことを学ばないといけませんわね。レイを見ていてそう思いました」
「戦う為のスキルだと思い込んでない私ならではの使い方かもしれないな」
柔軟な発想というべきか、間違えた発想というべきか。
『あっ、この《障壁展開》があれば野っ原でもぐっすり眠れるぞ!』
『レイ、それは防御特化スキルですわよ……それも城を守る騎士が何十年も苦労して得るような……』
なんて会話をしたのも記憶に新しい。使える物は何でも使い、楽な旅をする。これが王都生まれ王都育ちの都会っ子の旅なのだ。
亡き父との行商の旅が非常に辛く耐え難いものだったというのも大いにあるが、それはベアトリスには内緒だ。
「ゆくゆくは風呂に入れるようになりたいな」
「私も考えてみますわ……」
そんな会話をしながら私達はまだまだ続く煉瓦路を進む。その先には視界いっぱいに広がる森。この森はかなり広いらしいが、それを分断するように大きな谷がある。其処から先は王国ではない。
私達勇者が属する女神教会の総本山、『メズマドリア=シュレディウム聖法国』だ。




