第十五話 初めてのスキル
久しぶりに更新します。ちょいちょい更新出来たらなと思います。
「ご武運を!!」
「えぇ、ありがとう」
「どうも」
全ての準備を終えて宿を引き払い、門番の衛兵に見送られてネプタル南門より出発したのは1週間ほど前の事だ。
南の精霊の住む地を目指す旅はとても幸先の良い旅だった。道も煉瓦で舗装されていて歩きやすい。
今思い出したけど王都からネプタルまでも煉瓦路だったっけ。当然のように歩いていたが、まさかネプタルから王都以外の場所へ続く道まで煉瓦が敷かれているとは……舗装してくれた人に感謝だな。
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まず初日。町を出て最初の日は長閑で平凡な始まりだった。小鳥さんがピーチクパーチク鳴きながら晴れ渡った空を飛ぶだけの退屈な旅だ。いや、平和なのはとても良いことかもしれないが、変化のない景色をただ歩くというのは些か退屈だった。
夜になり、店の主人に教わった手順で天幕を張り、火を熾してベアトリスが調理を始める。驚いた事に、此奴は本当にこの1週間、毎晩毎晩料理を作っている。よくもまぁ飽きもせずにと思うが口にはしない。思うだけならまだ良いが、口にしたら戦争だ。私はベアトリスの料理を口にしているのだから不平不満など何もないのである。それに美味しいので文句などないのだ。
寝ずの番かと身構えていた旅ではあるが、大まかな交代時間を決めてちゃんと眠れたことは有り難かった。でもまぁ、王都で暮らしていた事を思い出すとやはり辛いものはある。
そんな風に無難な初日を終え、翌日。
ゴブリンに襲われた。
「わっ、わっ、わぁっ!」
「レイ! しっかり目を開いて相手を観察しなさい!」
珍しくベアトリスにきつく言われるくらいに私は無様だった。《剣術【天】》を身に着け、刀を手にしたところで意識が追いついてこなかった。
あれだけこっ酷く逃げ回ったのはレベルアップの為に教会騎士達と一緒に森に行った時ぐらいだろう。初日ははっ倒されて逃げられなかったが、はっ倒されると理解した二日目からはそれはもう逃げ回ったものだ。
「う、くぅッ!」
逃げて逃げて距離を取って、漸く腰の刀を抜いて構える。接近してくるゴブリンを見据えながら何度も何度も浅く呼吸を繰り返して、刀を振り上げる。
「や、やぁあ!!」
情けない声と共に一閃。流石に剣を振る様だけはスキルのお陰で良かったと思う。
ゴブリンの肩口から足の付根に向けて刀を振り切る。その線上にプツプツと血が浮き出た後、ズルリと断面がずれ落ちた。何が起きたか分からないという顔で死んだゴブリン。その体からは青い鮮血が吹き出し、立ったままだった体も草の上へと倒れた。
この日、私は初めて1人でゴブリンを倒した。
「流石ですわ、レイ」
「あ、あぁ……ありがとう……」
ギュッと刀を握りしめていた指を、ベアトリスが一本一本丁寧に解き、刀を手に取る。それを力強く振るい、刃に付着していた血を払った。
「血は錆の原因になりますわ。魔物を斬ったら、必ず綺麗にすること。いいですわね?」
「分かった……」
「もう、何時まで放心してるのですか? 行きますわよ!」
今まで相手してきたゴブリンは教会騎士が丁寧に四肢を落として虫の息のゴブリンだった。殺すことは流石に慣れていたが、何分、1人での戦闘というのは初めてだったので此方もいっぱいいっぱいだったが、慣れきったベアトリスは私を急かす。そんなに急がせても私の心は追いつかない。
その日は丸一日、心此処に在らずで過ごした。
三日目からは流石に放心せずに戦うことが出来た。
《剣術》というスキルには様々な技が内包されている。昔はそうじゃなかったらしいけど、使い手が増え、派閥が分かれていく中で流派同士の小競り合いもあって統一されたのだとか。
こうしてあまりにも広く、奥が深いスキルの全てを内包しているのが、《剣術【天】》というスキルだ。その中から私は《刀》の為の技を引き出し、扱う。
「『刀華一閃』!」
神速の剣閃は一振りで敵を6つに捌く。斬り開かれた体はまるで咲いた花のようだ。
簡単に言えば、めちゃくちゃグロテスクで、スプラッタで、気持ち悪い光景だった。
「うぇぇぇ……」
「自分で斬っておきながらその反応ですの?」
「だって、私はスキルを選んで発動させただけだし……」
こうなるとは思ってなかった。いやはや、使ってみないと分からないというのは厄介なものだ。普通であれば、その技を何度も繰り返して漸く身につけるものだ。それを一夜で頭に叩き込まれたとあっては、知っていても知らないという矛盾が発生する。
それを解消するには、こうして実際に使って身につけなければならない。結果だけを得て、過程を歩むというのは気持ちの悪いものだった。
そうやって魔物に遭う度にスキルを使い、戦う。夜はベアトリスの温かい飯を食べて交代で見張り。
そんな旅に慣れるまで1週間掛かった。
「じゃあ今日は私が先に寝るから……眠たくなったら起こしてくれ」
「あら、今日はネプタルを出て一週間ですわよ?」
「だから何だよ……」
「『鍵』を得ておかないといけませんわ」
お腹いっぱいで重くなった瞼を擦りながらだったからベアトリスが何を言ってるのか、理解するまで5秒掛かった。
「……はぁ!? 馬鹿じゃないの、我慢しろよ!」
「我慢? おかしなことを言いますね。これはしなければならないことですのよ?」
「町までもう少しだろ! 宿でしようよ!」
「あら……積極的ですのね?」
「……ち、ちがっ、そういう意味じゃない! 馬鹿ッ!」
上手く口車に乗せられた私は子供のような悪口を捨て台詞に天幕に潜り込んだ。クスクスと笑うベアトリスの小さな笑い声にむかっ腹を立てながら横になるも、怒りからか、なかなか寝付けなかった。
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朝方、ボーッと焚き火を見つめながら座っているとベアトリスが天幕から出てきた。
「ふぁぁ……おはようございます、レイ」
「おはよ」
「魔物は来ませんでしたか?」
「大丈夫だったよ。ほら、朝飯作ったから顔洗いなよ」
「あら、レイのお手製ですの? 嬉しいですわ!」
焚き火の上にぶら下げられた鍋の中では野菜と肉を適当に入れて塩で味付けした貧相なスープが温められている。あまりにも暇だったので手遊びに作ったものだ。そんなに喜ばれるような代物でもない。
「ただのスープだよ」
「レイが作ってくれたという事が嬉しいのです!」
「あっそ……朝から元気だな……」
寝起きで5分も経ってないのにるんるん気分で天幕の横に置いた木桶に張った水で顔を洗うベアトリス。
そんなに喜んで貰えるんなら、たまには作ってやってもいいかな……。
平々凡々な一般市民が作ったスープをベアトリスは美味しそうに食べ、3回もおかわりをした。
少し嬉しかった朝食を終え、野営を片付けて南へ向かって歩き出す。
「今日の昼頃には着くんだろ?」
「えぇ。小さな町ですわ」
地図を広げながらベアトリスは言う。確か町の名前は『ハイデルン』だったか。ベアトリスが言うには特産も名産もない普通の町らしいが、さて、どんな町か少し楽しみである。




