第十三話 勇者の武器
ミザルゴの店は本当に鍛冶街の外れにあったし、すぐにそれがミザルゴの店だと分かった。
「『ミザルゴ』……ですか。シンプル過ぎて最早何のお店か分かりませんね」
「適当の境地だな」
大きく殴り書きで『ミザルゴ』と書かれた看板を見上げながら感想を述べ合う。鍛冶街にあったとしてもこれが武具屋とは到底思えないだろう。シンプル過ぎて全く情報が無かった。店の名前じゃなくて、これは表札だ。
「ま、とりあえず呼ばれてるんだし、入ろう」
「ですわね」
見上げていても仕方ない。そろそろ約束の時間だ。
ギシリと軋む扉を押し開ける。中は薄暗いが、微かな街の明かりが店内を薄っすらと照らす。店の中はかなり物で溢れかえっていた。人1人が横向きになってギリギリ通れるだけのスペースが奥まで続いている。その道の両側にあるのは武具のようだが、それ以外の物が多い。何かの箱や、壊れた魔道具。用途の分からない棒に、薄汚れた服。
「どう見てもゴミなんだが」
「骨董……という大穴に金貨10枚賭けますわ」
「乗らんぞ」
1人で賭けてるがいいと鼻を鳴らす。勿論、最初からベアトリスも本気で賭けてる訳じゃないだろう。でもそんな軽口を叩きたいくらいには酷い有様だった。こんな店……もう店かどうかも分からないが、此処に勇者に見合う武器なんてあるんだろうか?
「行かないのですか?」
「行きたいと思うか?」
「呼ばれてるのですから、行くのが道理ですわね」
「はぁ……あの看板が本当にただの大きな表札でないことを祈ろう」
外の新鮮な空気で深呼吸して肺の清潔度を高めてから、意を決して私は店の中へと踏み込んだ。
□ □ □ □
「うっ、く……狭いな……」
「胸がつっかえます……」
「ぁあ?」
店の中を横歩きで進む。荷物なんか持ってたら絶対に引っ掛かってこの壁が崩れてくるだろう。それくらいに狭い。ベアトリスもその余計な荷物は捨てた方がいい。
「しかし奥へ進むごとに暗くなるな……足元が見えない」
「あら、此処に照明の魔道具がありますわ」
これ見よがしに置かれた照明の魔道具。ランタン型のそれにベアトリスが手を伸ばそうとしたその時、
「それは壊れてるから触らん方がよいぞ」
「あら、そうですの。ご親切にありがとうございます」
「言ってる場合か……」
暗くて分からなかったが、もう数歩進んだ先に広間があった。と言ってもこの店基準の広間だが。其処にお爺さんが寝転んでいた。
「あんたがミザルゴか?」
「如何にも。この時間に来たということはお主が勇者じゃな?」
「そういうことになっている。レイヴンだ」
「私はベアトリスと申します」
片や狭い通路で横歩き。片や壊れた魔道具に手を伸ばしている最中。片やゴミのないスペースで寝転がっている。何なんだこの空間。
「ワシがミザルゴ。年老いた骨董屋の店主じゃよ」
「あら、レイ。やはり此処は骨董屋でしたわね」
「そうだな……此処、鍛冶屋通りじゃなかったっけ?」
店に入って5分もしてないのにグッタリしてる私が居る。外で蓄えた新鮮な空気を、私は溜息として吐き出した。
ミザルゴがちょっとした掃除(物を壁に積むだけの簡単なもの)をして、空いたスペースに腰を下ろす。それまで横立ちをしていた私は凝り固まった体を解そうと腕を伸ばし、積み上げられた壁に手が当たり、それを断念した。
「……で、私は武器を探してるんだが……此処にあるのか?」
渋面を作りながら薄暗い店内を支配する骨董の山を見上げる。
「あるぞ。昨日の内に引っ張り出しておいた」
「一体何処から出してきたんだ……」
出してきたと言いながら今しがた移動させた骨董の下から長い剣のような物を取り出すミザルゴ。そんなんだからこの有様なんじゃないかと思いながら、差し出されたそれを受け取る。
「……武器、か?」
「うむ。武器じゃな。見たこと無いか?」
「ない。歪んだ棒にしか見えないが」
湾曲した棒だとしか表現出来ない武器だ。武器か? いや、叩けば痛いだろうが、これは……。
「これは刀ですわね」
「かたな?」
「はい。東の国で使われる片刃の剣ですわ」
「そちらのお嬢さんは博識のようじゃの」
「悪かったな、馬鹿で」
ミザルゴを一瞥し、刀と呼ばれた武器に視線を落とす。いい加減暗さに慣れてきた目がその様を捉える。よく見れば剣の鍔のような部分が見える。柄には布が巻かれ、鍔から先は木だ。これは鞘か。
「抜けるのか?」
「手入れはしておるから大丈夫じゃよ」
「なら……」
柄と鞘を握り、グッと力を込める。思った以上に簡単に鞘が抜け、息を呑んだ。恐ろしく滑らかな抜き心地だ。まるで水の中……いや、油の中のような。摩擦力を感じない感覚。その滑らかさの正体は刃にあった。
「恐ろしく滑らかだな……流麗、という言葉がぴったりだ」
「聞けば刀は扱う人間の腕で鉄をも両断してしまうとか。レイなら本当に何でも斬ってしまうかもしれませんね」
「どうだか。所詮はスキルに振り回される無様な勇者でしかない」
今まで使えなかったからと言っていきなり使える訳ではない。と、頭の中で理解出来ている。一朝一夕では取得出来ないような高位のスキル。例えこの刀を使ったとしても扱いは難しいだろう。
「ふむ……どうじゃ? 使うというのなら譲るつもりじゃが」
「買わせてくれ。使えるようになりたい」
扱いが難しいなら使えるまで努力するのみだ。この見事な刃に心を奪われたとも言うが。
「分かった。金貨50枚じゃ」
「高いな……まぁ必要経費だ。教会の資金で支払おう」
「実は同じ物があと2本あるのじゃが」
「商売上手だな!?」
結局私は刀を3本購入することにした。3本セットなら金貨130枚で良いと言われたからではなく、予備としてだ。決してお得感に釣られた訳じゃないからな!
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店を出た私は夜の帳の下りた町を歩く。隣にはベアトリス。腰には2本の刀。
「何故2本ですの?」
「腕は2本しかないだろ」
当たり前のことを聞く奴だ。3本下げたって腕は2本なんだから1本は飾りになってしまうだろう。それなら空間収納で仕舞っておけばいい。これで予備になるな。
「それでしたらその2本も空間収納で仕舞っておけばよろしいのでは?」
「何言ってるんだ。武器は下げてこそだろう?」
「はぁ……レイって結構そういうところありますわね」
「何だよ。別にいいだろ?」
服は着てこそ見せてこそ、だ。武器だってそれと同じ。私にとってはファッションの一部となるのだ。
「レザージャケットにパンツ、ブーツ。動きやすく丈夫な装備に恐ろしく切れ味の鋭い刀。オシャレで強い勇者ってことは、だ。最強ってことだろう?」
「そういう頭の悪いところも好きですわよ」
「言ってろ、バーカ」




