第十二話 約束
彼の名前は『ヨウゼン』というそうだ。生まれは東の方らしい。
「ずっと鍛冶をしながら旅をする親父に付いてきてな。この町に着く前に親父が死んだから此処に居を構えたんだよ」
「それは……」
「あぁ、気にしないでくれ。変な親父でよ、死ぬ瞬間まで剣の話をやめねぇんだよ。まるで俺が後を継ぐって決めつけてるみてぇによ……まぁ、敢えて逆らっても良かったんだけど、親父の背中しか見るもんがなくってな。気付いたら槌握ってたんだよ」
親父さんは息子が、ヨウゼンが遺志を継ぐと分かっていたようだ。困ったように笑うヨウゼンだが、嫌な気持ちは全くないようだった。
「ま、そんな訳で鍛冶師ってやつをやらせてもらってる。って言っても勇者の腕に耐えられる剣を作る程の腕は無いんだ。それは俺が一番理解している。悪ぃな」
「其処は仕方ありませんわ。ヨウゼン様が国一番の鍛冶師になった時に改めて作っていただきましょう」
当然のようにベアトリスが言ってのける。そしてヨウゼンはまた困ったように笑う。
「いやぁ、ハハ、参ったね、こりゃ。頑張るしかないわ」
「ふふ、期待してるぞ、ヨウゼン」
「今だけは他所の武器で戦ってもらうけれど、魔神と戦う前には此処に戻ってきてもらうぜ?」
前のめりになりながら笑うヨウゼン。その言葉に頷く私達。そんな穏やかだが、確かな熱気に満ちた空間に先程店を飛び出したヨウゼンの弟子、『ジョイス』が駆け込んできた。
「はぁっ、ふぅ、げほっげほっ……!」
「おいおい大丈夫かよ?」
本当に大急ぎで行って帰ってきたようで、喋るのも儘ならない程に息を上げていた。立ち上がったヨウゼンが店の奥に行き、水の入ったカップを手に戻ってくる。
「ほら、此奴でも飲んで落ち着け」
「はっ、あ、ごくっ、ごくっ……っぷはぁ!」
水を飲み干し、漸く一息ついたジョイスがヨウゼンに頭をぺしんと叩かれる。
「んで、ミザルゴは何て言ってたんだよ?」
「あいてっ! ぇえっと、明日の夜、勇者様を連れてこいって……」
「連れてこいだぁ? てめぇが来いっての……」
ジョイスの回答にブツブツと文句を垂れるヨウゼンだが、私は全然気にしていない。
「明日の夜だな。店の場所を教えてくれないか?」
「悪ぃな。変わりモンなんだよ。んで、場所はだな……」
腹癒せか、もう一度ジョイスの頭をぺしんと叩いて立ち上がり、店の外まで行って丁寧に道を教えてもらった。ベアトリスも私の後ろに付いてきて一緒に聞いてくれている。これで私がど忘れしても大丈夫だな。
「……まぁ簡単に言やぁ、この鍛冶街の外れの方に居るってことだな」
「なるほど、じゃあ明日の夜に行くとしよう」
「悪かったな。手間取らせちまって」
バツが悪そうにガリガリと後頭部を掻くヨウゼン。結構気にするタイプの男なのかもしれない。
「問題ない。魔神討伐前の予約は取れたしな」
「そうですわね。これは大きな収穫ですわ」
「重いもん背負わされちまったな……ま、あんたらと一緒ってのは悪くない」
悪くない。そう言ってヨウゼンは笑った。魔神討伐に関わるという重大な責任を悪くないと笑ったのだ。私にはそれがとても難しいことだと理解している。だからこの男の度量と責任感の強さは信用出来ると思った。私ですらまだしっかりと背負いきれてないものを、この男はこの数刻で背負ってみせたのだ。
「必ず訪れる。その時はよろしく頼む」
「あぁ、頼まれた!」
よく笑う男、ヨウゼンに勇者人生最大の壁を共に戦う事を約束し、その日は宿へと戻った。
□ □ □ □
「ではレイ、今夜は剣術【天】を取得しましょう」
「あぁ、私もそのつもりだ」
都合の良い事に明日の夜に会う約束となった。現在は日が暮れる直前。ならば、此処でスキル取得権限を行使して《剣術【天】》を手に入れれば……明日の今頃には私は剣の達人となっているはずだ。
「では早速……」
ポケットからステータスカードを取り出し、表面をタッチする。
『スキル解除権限を使用しますか? 現在の権限数:1 はい いいえ』
《拳術【天】》、《次元魔法【天】》のロックを解除したので取得権限数は残り1だ。操作を進め、スキル一覧から剣術【天】を選択する。
『《剣術【天】》のロックを解除しますか? はい いいえ』
「よし……じゃあまた明日」
「えぇ、おやすみなさい、レイ」
また唇を押し付けてくるので適当に相手してやり、『はい』を選択した。
『スキル《剣術【天】》が解除されました。スキル情報を書き換えます』
そしていつも通り、私は強制的におやすみなさいをさせられた。
□ □ □ □
「ふぁ……」
意識が暗転して一瞬のような感覚はまだ慣れない。そして体の中……脳が書き換わっている感覚もだ。
「ふむ……今なら何でも斬れそうだ」
「物騒なことを言ってないでシャワーでも浴びてきたらどうですか?」
「あぁ、ベアトリスか。そうだな……約束の時間はまだだよな?」
振り返ると何かの本を読んでいたベアトリスと目が合う。
「まだまだ大丈夫ですわ。ごゆっくりどうぞ」
「分かった。ちょっと待っててくれ」
着替えを持っていかなくて済むというのも次元魔法の恩恵だな。私は手ぶらで浴室へと向かう。服を脱ぎ《空間収納》で脱いだ服を仕舞ってから魔道具であるシャワーを起動させて温かい湯を浴びていく。
「ふぅ……寝起きのシャワーは格別だな……」
滴り垂れ下がってきた前髪を掻き上げ、まだ傷のない肌を撫で清めていく。勇者として戦っていけば、この腕や足も生傷の絶えない状態になってしまうのかもしれないと思うと少し憂鬱になる。
「はぁ……」
「溜息なんてついて、どうしたのですか?」
「は? うわぁ!?」
ボーっとしてたらいきなり声を掛けられた。振り向けば私と同じ格好になったベアトリスが立っていた。
「なん、なんだお前、出てろよ!」
「あら、連れないのですね。洗って差し上げようと思いましたのに」
「良いってそんなの……! ちょ、馬鹿っ……いきなり前から洗うな……っ!」
「あらあら、うふふ。レイは後ろから順番に洗ってほしいのですね? 承りましたわ」
「ちがっ……あっ……!」
そのまま私はベアトリスに好き放題洗われ、綺麗にされていく。しかし心と身体は汚されてしまった気分だ。何を言ってる分からないと思うが、私も分からない……。
抵抗したが良い様にされてしまって40分後。やっとのことで浴室から出てきた私はさっさと服を着て出掛ける準備をし、ベアトリスを待たずにネプタルへと繰り出した。
「ったく、あのバカ……あんなにしなくても良いだろうが……」
悪態を吐きながら大通りを進む。不機嫌な顔の所為か、街を行く人々がチラチラと私を見るのが鬱陶しい。
まったく、何でこんな事になるのか。私の意思が弱いからだろうか……そうなると自分に自信を持てなくなる。こんなにも弱い人間だったかと思うと、なんだかなぁ。服屋の時だってこんなに流されるような人間じゃなかった気がする。
「それもこれも勇者にさせられた所為だ……そうに違いない……」
ポケットに手を突っ込み、ガツガツと地面に八つ当たりしながらヨウゼンから教えてもらった鍛冶街の外れを目指した。
□ □ □ □
カンカンと金属を叩く音は昼間より少なく、逆に人々の声が大きくなる時間。仕事を終えて夜の酒場へ繰り出す時間だ。
鍛冶街から繁華街へと向かう人々の流れに逆らい、私は鍛冶街を進む。
「レイ、ちょっと……!」
「……ふん」
「ちょっとお待ちなさいな……!」
鍛冶街の半分を過ぎた所でベアトリスが追いついてきた。ちょっと息切れしてるが、悪いとは思わない。
「はぁ、はぁ、ふぅ……やっと追い付きましたわ……」
「お前がだらだらしてるからだろう」
「ですからって置いて行くなんてあんまりですわ。力が抜けて立てなかったのですから、助けてくれても良いでしょうに」
「それはお前、自業自得って言うんだよ。私が反撃しないなんて言ったことあるか?」
「それは……とても、魅力的でした……」
頬を染めて腰をくねらすベアトリスに溜息しか出ない。
「もう良いから早く行こうよ」
「そうですわね。ミザルゴ様でしたか。どんなお方なのでしょう?」
ポケットに突っ込んだ私の腕に自身の腕を絡めて空想するベアトリス。この切り替えの早さと反省の無さはきっと比例している。それが勇者の資質でないことを祈りたいね。




