第十一話 久しぶり
商工会の人に教えてもらった通りに道を進むと鍛冶街へと出た。此処だけ別の町のようだ。活気ではなく熱気が、呼び込みではなく怒号が飛び交っている。
歩く人間もまた職種が違う。大きな荷車を馬に引かせているのはドワーフだ。荷台には鉱石と……あれは魔物だろうか。バラされた魔物が素材として乗車している。
それらは店に運ばれていくのだろう。その店に通う人間もまた、ネプタルでは見掛けていたが、冒険者や傭兵といった荒くれ者達だ。
大きな剣を背負った男。鋭い槍を担ぐ女。短剣をぶら下げる痩身の男に、大槌を構える巨漢の男……ん?
「何で街中で武器なんて構えてるんだ?」
「喧嘩ですわね。ほら、あの痩せた男性と睨み合ってますわ」
よく見たらまんま、喧嘩だった。理由は分からないが、街中で武器は拙いだろうな。まぁ、だからといって私には関係のない話だが。
「面倒ですが、止めましょうか」
「え、何で。衛兵に任せとけばいいだろ」
畑違いもいいところだ。私達は町の衛兵ではないし、取り締まる理由がない。
「此処で見逃せば、勇者として評判が落ちますわよ?」
「あぁ……そういう」
なるほど、この場に勇者が居て何もしなかったら、確かに評判は悪いかもしれないな……。評判ね。
「ベアトリスが止めてくれよ。私は目立ちたくない」
「あら、まだ気にしてるのですか? もうお強いのに」
「そういう問題じゃないんだよ」
気持ちの問題だ。ステータスの問題じゃない。もうどういう理由であっても街中で目立つのは嫌なのだ。それは誰かが思う以上に深いものだ。
街中で勇者気分で諍いを止める?
勘弁してくれ。
「では少々お待ちを」
「あぁ、悪いな」
「何も悪くありませんわ。誰も悪くないのです」
「……」
……誰も悪くない、か。そうかもしれないな。
私はベアトリスが男両方を背負い投げる姿を見ながら王都での事を思い出していた。
私を指差して下卑た笑みを浮かべた男。悪くないのかもしれない。
私を見ながら隣の女と囁き合った女。悪くないのかもしれない。
私をゴブリンと寝る女と言った店長。悪くないのかもしれない。
誰も悪くないのなら、何故私がこんな目に合わなきゃいけない?
其処まで考えた時、やはりこの原因は女神にあるという結論に至った。
私を辱めた女神。生き恥を晒させた女神。全ての発端である、女神。
やはり女神と私は相容れないのだろう。人々に愛される女神。そんな女神を私はメチャクチャにしてやりたくなる。
「レイ」
「……ッ、ぁ、あぁ、何だ?」
「終わりましたが」
「そ、そうか。じゃあ、行くか」
気付いたら男二人が仲良く地面にめり込んでいた。喧嘩両成敗というやつだろうか。
「顔色が悪いですわ。それに酷い汗」
「……何でもないよ。行こう」
「貴女がそういうのでしたら」
自然と腕を絡めるベアトリスと並んで生えた男の間を通っていく。
突き刺さる視線が実に不愉快だった。
□ □ □ □
とりあえず店に入ろうと、店頭に剣が並んでいる店に飛び込んだ。中は所狭しと抜身の剣が並んでいる。触れれば裂けそうな鋭い刃に渋面を作った私の顔が映り込んでいる。
これじゃあベアトリスに心配されるなと、頭を振って気持ちを入れ替える。
「すみません、武器を探してるのですが」
店の奥のカウンターから此方を見ていた若い男に声を掛ける。呆然とした表情で見ていた男は私の声で飛び上がる。
「……?」
「あっ、は、はい!」
「片手剣が欲しいんですけど」
「しょ、少々お待ちください!」
と、大慌てでカウンターの奥へと逃げ込んだ。
武器が見たいんだが……。
「ベアトリス、どうしたらいい?」
「きっと店に並べられない高価な物を持ってくるのですわ」
「偶々入った店でそんな都合の良い展開があるわけないだろ」
そんなご都合主義で世界が作られていたら私のスキルは最初から解放されているはずだ。
「おい、そんなに押すんじゃねぇって」
「だって店長、勇者、勇者がっ」
「こんな店に勇者が来るわけ……わぉ、マジかよ」
若い男が連れてきたのは若い男だった。最初の男よりかは年上のようだが、彼が店長らしい。特別な武器は持っていないようだが。
「いきなり来てすみません。武器を探してて……」
「此処に勇者様のお眼鏡に適う武器があればいいんだけどな。残念ながら自信作はさっき売れちまったんだ」
私が詳しく話すよりも先に断られてしまう。
「そうですか……」
「お邪魔しました」
「此処にはないけれど、奴の店ならもしかしたら……ちょっと待っててくれ。ジョイス、ミザルゴの店まで走って勇者に合う武器があるか聞いてこい」
「えぇっ、俺がですか!?」
「行かねぇと給料無しな」
「行ってきまっす!!」
そのやり取りを呆然と見ていた。てっきり私には王都での評判の所為で売ってもらえないのだと思っていたからだ。私のような無能勇者に売る武器などないと、そう言われたように感じていた。
「まぁ、茶でも飲んでってくれ。こんな埃臭い店でよかったらだが」
「まぁありがとうございます。行きましょう、レイ」
「う、うん」
ジョイスと呼ばれた青年が帰ってくるまでの間、此処で休憩でもしててくれと、そういう事なのだろうか。
そう思っても良いのだろうか。
「ほら、レイ」
ベアトリスに脇腹を小突かれ、耳元で小さく『お礼』と言われた。
「あっ、えと、ありがとうございます」
「あはは、腰の低い勇者様だな! いや、俺が横柄なのか……? いや、これは性分ってものだから許してもらえると……あれ、もし駄目だったら俺、縛り首じゃね……? やべぇ……!」
ブツブツと呟く姿を見て、その内容を聞いて、彼が本心から私にお茶を勧めてくれているのだと理解出来た。
「ぷっ、あはははは!」
「ぉお!?」
「レイ?」
思わず吹き出してしまうくらいに、私は嬉しかった。久しぶりに私は勇者としてではなく、人として知らない人と接することが出来た。
それがとても、嬉しかった。




